いつものようにもつれ込んだベッドの上で、最後だ、と、自分に言い聞かせた。

 最後。倫太郎と寝るのはこれで最後。水浴びも金魚すくいも花火ももうしない。

 最後。

 頭の中で念じていたはずの言葉は、いつの間にか口に出ていたらしい。

 「最後?」

 と倫太郎は首を傾げた。

 俊は黙って頷き、組み敷いた倫太郎の首筋に顔を埋める。

 馴染んだ倫太郎の匂いがした。石鹸と柔軟剤が混じった匂いの奥に、確かに倫太郎の肌の匂いが感じられる。

 「最後ってなんで?」

 問いながら、倫太郎は俊の背中に腕を回した。

 いつもの仕草に、目眩がした。

 これで最後。もうこの男の腕が自分の背中を抱くことはない

 「越前のところに帰れよ。」

 なんとか絞り出した言葉だった。

 倫太郎が唯一消耗品にしなかった男。

 例えばはじめての夜、俊が倫太郎を抱かなければ、消耗品にならずにすんだのだろうか。

 考えても答えは出ない。現に俊は、初対面の倫太郎を抱いた。その後だって、彼の手帳の書き込みに沿って倫太郎を抱いている。

 帰らない。

 倫太郎が俊の耳元に吹き込むように囁いた。

 「もう帰れないよ。遠くまで来すぎた。」

 そんなことないよ。

 俊は囁き返した。

 「越前は、まだあのろうそくを買ったときから気持ちは変わってない。遠くまで来ちゃったのかもしれないけど、遠すぎるってことはないよ。」

 「ろうそくを買ったとき?」

 「さっき、越前の顔、見なかったのか。」

 「見てないよ。見れないようなことばっかりしてきた。」

 見れないようなこと。

 そこに自分とのセックスも含まれているのだと思うと、俊は感情の行き場をなくす。どんな顔をしていいのかも分からなくなって、自分の頬に指先で触れてみる。

 表情筋は、なんの動きもしていなかった。

 「俊。」

 倫太郎が両腕を伸ばし、俊の頬を両手で包んだ。

 短いキス。

 「越前のことなんか忘れて、気持ちいいことだけしよう?」

 わかりやすい誘惑。

 俊は倫太郎から目をそらした。

 これがきっと、最後の誘惑。

 この男は、結局越前のもとに戻って行くのだから。

 「俺なんて消耗品なんだろう、ただの。」

 振り絞った言葉だった。

 倫太郎は、言葉の意味が飲み込めなかったらしく、きょとんと首を傾げた。

 「消耗品?」

 問い返されても、説明する気にはなれなかった。惨めすぎて。

 「越前以外はみんなそうだろう。……越前とお前は、気がついてないみたいだけど。」




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