学校から徒歩3分の俊のアパートで、倫太郎は後ろ手でドアを閉めながら俊に口づけた。

 狭い靴脱で、痩せた身体が2つ絡まり合う。

 「越前は?」

 キスの合間に俊が問うた。

 倫太郎はそれには応えず、軽く背伸びして俊の唇を塞いだ。

 越前は、あんなろうそくを買ってきたという越前は、多分倫太郎が俊と寝ていることを知っている。俊と、というよりは、手帳につけた男たちと。

 それでも、あの絶望的な顔をした越前が倫太郎を呼び止めなかったのは……。

 「寝てないんだろ、越前とは。」

 更に重ねた問い。俊は倫太郎の肩を掴み、自分の体から遠ざけた。

 答えろよ、と目線で促すと、倫太郎が渋々と言った様子で口を開いた。

 「寝てないよ。」

 やっぱり、と俊は胸の深いところから溜息を1つついた。

 やっぱり倫太郎は、自分が越前以外の男を消耗品にしている事自体に、気がついていない。

 「どうして。」

 本当はそんな問いかけなどしたくなかった。

 倫太郎に越前の特別さを気が付かせてしまう問いかけ。

 それでも俊が問を重ねたのは、どうしても、あのろうそくを見つめていた越前の様子が忘れられないからだ。

 「どうして?」

 俊の言葉を浅く繰り返した倫太郎は、俊の目を真っ直ぐ見たまま淡々と言った。

 「越前は男を抱けないからだよ。」

 想像していた通りの回答に、俊は唇を噛んだ。

 分かっていた。自分は他の男たちと同じ、ただの消耗品。越前の代わりでしかない。

 例えばここで、俊が倫太郎に恋心をぶつけてみたとしても、そこに意味は生じない。どうせ倫太郎には越前しかいないのだ。男を抱けない越前しか。

 「惚れてるんだろ。」

 問いかけにすらならない、ただの確認。

 倫太郎はそれでも首を左右に振った。

 「俺は俊が好きだよ。」

 嘘だと分かってた。

 俊は、たまたまあの夏倫太郎を見つけただけ。裏庭で水を浴びる彼を見つけたのが他の誰かだとしたら、倫太郎は今その男の家にいるのだろう。

 好きだなんて嘘をつかれるくらいなら、お前じゃなくても良かったと、そう突き放されたほうがましだった。そうしたら俊は、倫太郎を諦めきれる。

 諦めきれなにしても、諦めたふりくらいはできる。きっと。

 それなのに倫太郎は、俊の首に手を回して、同じ言葉を繰り返した。

 「俺は俊が好きだよ。」

 それは、俊の自由や思考を奪う呪文みたいに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る