4
学校から徒歩3分の俊のアパートで、倫太郎は後ろ手でドアを閉めながら俊に口づけた。
狭い靴脱で、痩せた身体が2つ絡まり合う。
「越前は?」
キスの合間に俊が問うた。
倫太郎はそれには応えず、軽く背伸びして俊の唇を塞いだ。
越前は、あんなろうそくを買ってきたという越前は、多分倫太郎が俊と寝ていることを知っている。俊と、というよりは、手帳につけた男たちと。
それでも、あの絶望的な顔をした越前が倫太郎を呼び止めなかったのは……。
「寝てないんだろ、越前とは。」
更に重ねた問い。俊は倫太郎の肩を掴み、自分の体から遠ざけた。
答えろよ、と目線で促すと、倫太郎が渋々と言った様子で口を開いた。
「寝てないよ。」
やっぱり、と俊は胸の深いところから溜息を1つついた。
やっぱり倫太郎は、自分が越前以外の男を消耗品にしている事自体に、気がついていない。
「どうして。」
本当はそんな問いかけなどしたくなかった。
倫太郎に越前の特別さを気が付かせてしまう問いかけ。
それでも俊が問を重ねたのは、どうしても、あのろうそくを見つめていた越前の様子が忘れられないからだ。
「どうして?」
俊の言葉を浅く繰り返した倫太郎は、俊の目を真っ直ぐ見たまま淡々と言った。
「越前は男を抱けないからだよ。」
想像していた通りの回答に、俊は唇を噛んだ。
分かっていた。自分は他の男たちと同じ、ただの消耗品。越前の代わりでしかない。
例えばここで、俊が倫太郎に恋心をぶつけてみたとしても、そこに意味は生じない。どうせ倫太郎には越前しかいないのだ。男を抱けない越前しか。
「惚れてるんだろ。」
問いかけにすらならない、ただの確認。
倫太郎はそれでも首を左右に振った。
「俺は俊が好きだよ。」
嘘だと分かってた。
俊は、たまたまあの夏倫太郎を見つけただけ。裏庭で水を浴びる彼を見つけたのが他の誰かだとしたら、倫太郎は今その男の家にいるのだろう。
好きだなんて嘘をつかれるくらいなら、お前じゃなくても良かったと、そう突き放されたほうがましだった。そうしたら俊は、倫太郎を諦めきれる。
諦めきれなにしても、諦めたふりくらいはできる。きっと。
それなのに倫太郎は、俊の首に手を回して、同じ言葉を繰り返した。
「俺は俊が好きだよ。」
それは、俊の自由や思考を奪う呪文みたいに。
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