2
久しぶりにビールでも飲もうか、とか、あの池で金魚すくいでもしよう、とか、いくつかのセリフが俊の頭の中をくるくる巡った。
倫太郎は平気な顔で俊の前に立っていて、夏休みの間中交わした情事など、まったくなかったことみたいに、言葉を探す素振りさえ見せない。
「……越前は?」
そのセリフは勝手に口からこぼれ落ちていた。
倫太郎は怪訝そうに首をかしげ、越前? とちょっと笑った。
「越前ならバイト行ったけど。なんか用でもあった?」
いや、と、俊は慌てて首を振る。これまで一言も話したことがない越前に、用事なんかあるはずがない。
だから、訊きたいのは、越前が今どうしているのかではなくて、倫太郎と越前の関係性だ。けれど俊は、そのことを認められずに倫太郎から目をそらした。
「俺、次講義なくて暇なんだよな。俊も暇なら金魚すくいでもしようぜ。」
そう言いながら、倫太郎は背負っていたリュックサックを前に背負い直し、中から薄紙でできた金魚すくいのポイを束にして取り出した。
「なんでそんなの持ってんだよ。」
「買ったんだよ。ネットで。」
けらけら笑う倫太郎に、俊はそれ以上越前との関係など問いただせない。
次の講義は必修だったし、裕一から代返を頼まれてもいた。それでも俊は、倫太郎について行った。なぜだかは自分でも分からなかった。惨めなくらい。
校舎を出、裏庭に回っていく途中、何人かの男が倫太郎に声をかけようとした。
けれどその男たちは、俊の存在に気がつくと、すぐに口をつぐみ、倫太郎から目をそらした。
自分と同じなのかもしれない、と、俊は思った。
セックスが終わるとすぐに帰っていった倫太郎。
その後彼は、あの男たちと寝ていたのかもしれない。
そのことをやはり、俊は倫太郎に問い詰めたりはできない。
自分から倫太郎に向いている感情に名前がついていないから、どうしても。
「俊? なんだよ、怖い顔して。」
ヘラヘラと笑ったまま、半歩前を歩く倫太郎が俊を振り返った。
怖い顔。
自分がどんな顔をしているのか分からない俊は、別になんでもない、とだけ応じた。 へーそう、とどうでも良さそうに返した倫太郎は、くるりと前に向き直った。
そのまま二人は、裏庭の池に到着した。裏庭は秋の初めとは思えないほど土が冷たく冷えていて、二人の他に人影はなかった。
倫太郎は屈託なく池の端に座り込むと、リュックサックからポイと赤いバケツを取り出した。俊は、一瞬の逡巡の後、倫太郎の隣に腰を下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます