俊は、男の言うとおりに靴を脱いだ。靴は池の水を吸い込んでかなりの重さになっていた。

 アスファルトにはまだ昼間の熱気の残りが染み込んでおり、足の裏をじわじわと温めた。

 「暑いな。」

 俊が言うと、男は笑いながら頷いた。その笑顔も、あまりに気安かった。

 「熱帯夜だ。」

 俊は両手にスニーカーをぶら下げ、男は右手におもちゃの赤いバケツをぶら下げ、二人は校門まで来たところで足を止めた。

 「俺んちはあっち。」

 俊が右手を指さして言うと、男はそんなこと元から知っていたみたいな顔で頷いた。

 「俺は駅まで。」

 「駅?」

 まさかこのずぶ濡れ状態で電車に乗るのか、と俊が驚いて男を見やると、彼は平然と頷いた。

 「うち来いよ。服貸す。」

 誘ったのも興味本位だった。このちょっと変わった男が、自分の家でどんなふうに振る舞うのかが知りたかった。

 男はどうでも良さそうに赤いバケツを振り回していたが、行く、と応じた。やはりそれは、昔からの知り合いのうちに行くみたいな軽い調子だった。

 裸足の俊と、ビーチサンダルの男は、そのままてくてくと3分間の道程を歩いた。会話はなかったが、気まずい沈黙でもなかった。

 「ここ。」

 アパートの一階角部屋の鍵を開けながら俊が言うと、男はそんな事ずっと前から知っていたとでも言いたげな調子で、俊に続いて部屋に入った。

 俊の部屋は狭い。狭いが、ものがないので広くは見える。ほんの少しの洋服は全部押入れに入れてあるし、教科書類はまとめてカラーボックスに詰め込んでこれまた押し入れの中だ。そして、それ以外の家具は特にない。ベッドが奥の壁にくっつけて置かれているだけだ。

 男はなにも言われもしないうちに、俊の隣に立って、一緒に押入れの中を覗き込んだ。

 男は俊より幾分細身だったが、服のサイズが変わるほどでもない。

 俊は半袖のTシャツとハーフパンツを取り出して男に渡した。

 そして、下着の予備はないな、コンビニにでも買いに行くか、と、考えているうちに、男がわずかばかりのためらいも見せずにするりと全裸になった。

 そしてその身体に乾いた衣服を身につける。

 「ノーパンでいいのか?」

 訊けば男は、どうでも良さそうに肩をすくめてみせた。

 「こんなに暑いんだからいいだろ。なんならフルチンで歩いてても文句言わないでほしい。」

 確かに、と、俊は笑った。男もシャツを被りながらけらけらと笑った。


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