恋に似ていた
美里
金魚の庭
その日、俊が大学にいたのは、ただの気まぐれだった。大学自体は夏休みで講義はない。ただ、暇だったから家から徒歩3分の大学にふらりと足が向いただけだ。
暑い夏の日だった。俊はすぐにエアコンの効いたアパートの部屋から出たことを後悔した。
少しでも涼しい場所を求め、足を踏み入れたのは校舎の裏庭。常に日陰になっていて、じわりと湿った風の吹く場所だった。
校舎の裏庭は、芝生になっていて、その真中に池がある。池というよりは、地面にポカリと空いた穴ポコに雨水がたまりました、とでも言ったようなごく小さな池だ。
その池にはいつでも、ひらひらと赤や黒の尾を翻して金魚たちが泳いでいる。その姿を一人静かに眺めれば、少しは涼しくなるのではないかと思ったのだ。
けれど、裏庭には先客がいた。
少し長めの黒髪と、黒いシャツ。細身の男が池の端に座り込んでいた。
なにをしているのだろうか、と、俊は内心首を傾げた。
すると、男は池に突っ込んでいた右手をざばりと持ち上げた。その手には、おもちゃの赤いバケツが握られていた。
男はそのバケツの水を頭からかぶった。
ばしゃり、と、耳にも涼しい音が鳴る。
そこでようやく俊は、男が来ているシャツが、黒色ではないことに気がついた。青色のシャツが、たっぷりと水を含んで黒く変色しているのだ。
「俺にも貸して。」
口に出した言葉は興味本位だった。
なんだか面白そうなやつがいるな、と思っただけだ。
水びたしの男は振り返ると、白い歯を見せてにっと笑った。
同士を見つけた。
そんな表情だったのかもしれない。
その証拠に、男はすぐに赤いプラスチックのバケツを俊に渡してくれた。
俊も男の隣に腰を落ち着け、池の水を頭から被った。
日陰で冷やされた池の水は冷たく、全身からじわじわとにじみ出ていた俊の汗を一気に洗い流してくれた。
それから男と俊は、交代でバケツの水を被り続けた。時々一緒にすくってしまう金魚は、そのたびに掴んで池に戻した。
そんなことをしばらく続けていると、だんだん日が暮れてきた。
「そろそろ帰るか。」
男が言った。それは、小学生が遊び仲間に言うみたいに、気安くさっぱりとした物言いだった。
「そうだな。」
俊が返した言葉も、なぜかしら子供時代の響きを宿していた。
男はバケツを下げ、すっくと立ち上がった。俊もそれに倣った。
男と俊は、並んで上半身裸になり、ビショビショのシャツを絞った。
男はシャツの下に、乾きがいかにも早そうな薄いハーフパンツを身に着け、ビーチサンダルを履いていた。
俊は、水を吸って足にへばりつくジーンズと、歩くとびしゃびしゃ音をたてるスニーカー姿だった。
「明日も来るか?」
俊がそう訊くと、男は軽く頷いた。
そして、帰ろうぜ、と、これまた幼馴染にでも言うような調子で言い、ビーチサンダルでスラスラ歩き出した。
そして彼は、スニーカーの足を不本意そうに引きずる俊を見て、脱いじまえよ、と言った。
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