風の冷たかった夜

ページの端は折れ曲がっていて、どうやら途中で眠ってしまったらしいことがわかる。

ベッドの上は乱れたままになっていて、布団もシーツもぐちゃぐちゃになっていた。

それに気づいたのは初めてのことではないけれど僕はその惨状を片づけることにする。

簡単な仕事で時間は長くはかからなかった。

一息ついて僕は帰る、適当に上から二冊目の本を借りていくことにして。

タイトルはかすれて読めなかった。ねじくれた大樹が僕を笑っているような気がした。

部屋を出るときに振り返ると、窓から差し込む日を浴びて机の上で埃が小さく舞っていた。

外に出ると風が強く吹いていた。木々の葉が揺れてざわめいていた。

「……お久しぶりです」

しばらく歩くと、後ろから声をかけられた。

振り向くことはせずに「さようなら」とだけ僕はつぶやいた。

そのまま歩いて行った僕には彼女の返事はよく聞き取れなかった。

きっと風が吹いていたせいだろう。冷たい風だった。

草原を駆け抜けていく。その形がはっきりと見て取れる。

青い色をしていた。空の色と同じだった。

僕は彼女のことがとても好きだった。その瞳も青い色をしていた。

僕たちは手をつないでどこまででも行けると思った。

その先にある未来へ、どこへ行こうとふたりなら怖くないと本気で信じていた。

だから、いつまでも一緒にいられると思っていた。

だけど、そうはならなかった。

彼女はどこか遠くへと行ってしまうことになったのだ。

僕はそのことを知っていた。だから――旅にでようと思った。

このまま帰らずに。

理由はわからなかった。けれどもそれで今までのすべてがぴたりと収まるような気がした。

どこへ行けばいいのだろうか?

どこへ行ったところでかわりはしないだろう。

足の向いている方へ進む。終わりはない。

けれどもどこかで足が疲れたら休むことにしよう。

その時には彼女から借りた文庫本を開いてゆっくりとそれを読んでいくのだ。

そうすれば少しくらいはこの寂しさが紛れてくれるに違いない。

そう思いながら歩いた。

そして今、僕はひとりで歩いている。

もう彼女と会うことはない。それでもかまわない。

これから何度でも出会うことができるのだから。

「……」

目の前で眠る彼女を見て、私はその幻影を力を入れず優しく消していった。

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