流れついて双州
黒儀根越えて編睨川の行きつく先双州あり。光瀬はようやくそこにたどり着いた安堵とそれからこれからが本当の始まりなのだという興奮とが入り混じって疲れが吹き飛んだ。
早速その足で紹介された下宿に向かったところで迎えてくれたのは目つきの悪いババアで紹介状を数度見返してから二階の奥とだけつぶやいた。ひとまず少ない荷物を降ろしてその部屋にごろんと寝転がってみればやはり疲れは底にたまっていたのだろうそのままぐっすり眠ってしまった。
そして目が覚めてから改めて部屋を見回してみれば部屋の隅には古い箪笥があり、その上には小汚いラジオが置かれている。どうにも生活感がないと思っていたらなるほどそういうことかと納得したついでに腹が減っていることに気づいた。
あるいはそれに気づいたのは漂ってきたうまそうな匂いのせいかもしれなくて光瀬はそれに誘われて階下へと降りていった。広間にはババアのほかに光瀬よりいくつか年上らしい男が二人いてどうやらちょうど飯時だったらしくババアは顎をしゃくると座るようにうながした。
大鍋には模擬肉やら鉄魚やら小葉祭やらなんでもかんでもつめこまれていてそれが全部濃辛味噌でいっしょくたに煮込まれていた。それを見て光瀬はああ自分は双州までやってきたのだなと実感がわいて、なぜかと言えば双州はすべてのものが流れ着く場所だと言われているのを思い出したからだった。男二人は横目と頑錠と名乗って横目の方はその名の通りに若干横に目がついていたが頑錠の方は手足が細長くてどうもその名前に似合っていなかった。
「すべてについて自分で責任を持たなければならないのはそれは窮屈で息苦しくてつまらないことだな」と頑錠が言ってその言葉は確かに唐突だったのだが、長年の付き合いのあるらしい横目はともかく光瀬がそれをすんなり受け入れられたのはゆるりと地に流れる穂積のぬる燗の効能だった。
「だがしかしそれでも俺はこの国が好きだよ。いいところじゃないかここは」と続けた横目に光瀬は同意してみせた。「僕もそう思いますよ。だからここに来たんですしね」光瀬の言葉に横目は満足げに笑った。
横目が言葉をつづけた。「窮屈であるとはつまりどこにも行き場所がないということで一か所に無理やりにとどまらざるを得ないということだ。その無理やりの力というのは外部から働いていることもあれば内部から働いていることもある。いや外部から働いていることはあっても必ず内部からの力を伴うだろう。窮屈なところに身を置くにはどうやっても自分からの協力が必要だ」
「確かにそうかもしれない」頑錠はぐいと勢いよく杯を煽った。光瀬はそこで交わされている言葉をひとつひとつ自分の中で繰り返してみてそれからどこかに反例がないものだろうかと探してみたが酔った頭ではその答えを見つけることはできなかった。それにかまわず言葉は光瀬へとごちゃごちゃと流れ着いてきてああ自分は川になったのだと光瀬は思いながらなおも杯を傾けてぬるい液体が喉を通るたびにふんわりとタガが外れていってつまりはだいたいのことはどうでもいいことだとわかっていくのだった。
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