虹眼

世界の隅っこにある村に少年がいてその左眼は覗き込むと虹みたいに光っていた。

虹眼の父は彼に太陽がてっぺんに登る時に外にでてはいけないよと強く強く言っていた。

けれどもある時村に笛吹き男がやってきてあんまり楽しそうに音楽をやるものだから虹眼は正午の時間に家の外にでてしまった。

すると不思議なことに外の世界には雨も風もなかった。まるで時間そのものが止まってしまったようだった。

村人たちはみんな寝ているのか静かだったが、やがてどこからか声が聞こえてきた。

「虹色の瞳を持つ子よ」

それはおそろしいほど美しい声で虹眼もまたぴたりと止まって動けなくなった。

現れたのは右の人差し指の爪が非常に長い女でその爪は立ったまま地面にまで届きそうなほどだった。

彼女は虹眼の左眼にそっとその爪の先をあてるとくるりとそれをそっくりそのまま抉り取った。

痛みはまったくなかった、けれども虹眼には絶対に失ってはいけない大切な大切なものを失ったという虚無感が残された。

その感覚はずっとずっとずっと後になっても消えずに虹眼の中で渦巻くことになる。

虹眼は泣き叫んだ、けれど誰も助けてくれず村の人たちも眠っているように見えて動くことはなかった。

父は虹眼にお前はもうこの村にはいられないよと言った。

よく磨き抜かれた小さなナイフを少年の手にすっぽり収まってしまうような小さなナイフをその一本を持たせると父は息子を外の世界へ追い出した。

虹眼は泣くことをしなかった、すっぽりと抜け落ちてしまったもののことが気になってそれどころではなかったから。

彼は歩き出すことにした、目指すべき場はなかったがこの場にとどまっていることはできないとわかっていたから。

森を抜けて丘を越えて川を渡り野を越え山を越える、途中何度か動物に出会った。

彼らはどれもみな虹眼を見ると逃げていった。

虹眼はなぜ彼らが逃げるのか分からなくて首を傾げた。

夜になると月明かりの下で彼は自分の左眼がないことを思い出して泣いた。

ある日森の中で腰の捻じれた老人に出会った。

二人は互いに互いの存在に気づいたがそれ以上に近づくことはせず一定の距離を保って静止した。

老人は虹眼にほほえみかけてきてくれてそれなのに奇妙なことに虹眼はそれが悲しいことだと感じた。

節くれだった短い杖の先で老人は沈んでゆく大きな太陽を指し示した。

それだけのことで虹眼には彼の言いたいことがなんであるか十分に理解することができた。

ありがとうございますと言うと老人はうなずいてそしてゆっくりと消えていった。

それからもたくさんの人に会った。

ある人は馬に乗っており、また別の人は空に浮かんでいた。

またある人は馬車を引いていてその横では小人がせっせと何かをしていた。

虹眼は歩いて歩いて歩いてようやく世界の隅っこからその中心へとたどり着いた。

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