第16話

「それはいいわね」

「喜んでいただけるといいな」


 コーデリアが狙った通りの印象に留まって、両親はにこやかにうなずいてくれた。


「うん。喜んでもらえるよう頑張って作るわ」

(そして、力を貸してもらえるようにね!)


 お返しを期待しての奉納とはいささか邪だが、きっと理解はしてもらえると信じておく。信心もまったくの無ではない。

 そうして食事を終え、お茶を飲み、休憩をして。

 昼のやや前ぐらいの時間になって、戸が叩かれた。

 気配は二人分。間違いなくラースディアンとロジュスだ。立ち上がり、コーデリアが迎えに出る。

 二人が叩いた戸は、目立つ店舗の入り口の方だった。


「はーい」


 返事をしてから扉を開ける。


「よ、悪いな。休業中の店を開けさせて」

「大丈夫よ。こっちからの方が訪ねやすいものね」


 目につきやすいのもそうであるし、他人を迎え入れるのが前提の入り口だ。

 実は昨日、ラースディアンに送ってもらった入り口もこちらだった。


「今日は定休日ですか?」

「ううん。わたしが帰って来たからって、一日休みにしてくれただけ」

「そうでしたか」


 久し振りの再会であり、滞在できる時間は長くない。そうと分かっているので、ラースディアンは少し気が咎めたような表情をした。


「来てもらってるのはわたしが二人に安心して欲しいのが理由なんだから、気にしないで」

「安心して……もらえるかねえ。頼もしく見えるように頑張るけどさ」


 一見して強くは見えない自覚がロジュスにはあるらしい。

 穏やかな印象の強いラースディアンも同じだろう。むしろロジュスよりもさらに弱く見えるかもしれない。


「一番は王都の騎士様が信頼されてるから、そっちも大丈夫だと思う」

「あー、うん。騎士な。副隊長だもんな、アルディオ様は」


 コーデリアの説明に納得した様子でロジュスはうなずく。


「ということで、紹介するわ。入って」

「お邪魔します」


 二人を招き入れ、カウンターを抜ける。そうして普段は家人以外が使うことのない住居部分へと案内した。

 私的な応接室やリビングは二階なのだが、今回はお菓子作りも待っている。そのため、一階のダイニングに集まった。


「お父さん、お母さん。紹介するわ。ラースディアンとロジュスよ」

「お久し振りです」

「初めまして」


 ラースディアンは神官の見本のような物腰で。ロジュスも丁重に、しかし慣れた様子で挨拶をする。


「いつも娘がお世話になっております」

「大変なお役目かと思いますが、どうか娘をよろしくお願いします」


 メリッサとマリウスも腰を折り、真剣にコーデリアのことを頼んでいる。

 予想通りと言えばそうなのだが、双方に気安さを持っているコーデリアからするとどうにもむず痒い。


「と、いうことで! 厨房借りるわね」

「分かった。じゃあ、父さんたちは上にいるから」

「うん」


 ラースディアン達に気を遣ってだろう。両親は場所を離れ、意識しないでも済む距離へと移動していく。


「何か、悪いな」

「大丈夫よ。たまの休日だと思って、のんびりしてくれるといいんだけど」

「のんびりはどうでしょうか」


 マリウスたちからすれば、色々聞きたいことがあるだろう。同時に、聞いたところで変わることなどないとも分かっている。

 諸々含めて、階下の様子が気になって仕方あるまい。


「そうなんだけど。こればっかりはね」


 禍刻の主を討伐できる確証など誰も持っていないので、何を言ったところで安心は与えられない。


「じゃあ、始めましょ」

「トライフルでしたね。何をすればいいでしょうか」

「実はね、前提としてスポンジケーキが必要なの。手早くできる人なら、朝作って夜完成もできると思うけど」


 コーデリアが前日に作っていても良かったが、やはりここは全員の気持ちを込めたいところだ。


「無理ですね」

「無理だな」


 そして男性陣二名は、即座に諦める。

 潔い反応にコーデリアは笑って、材料と器具を揃えていく。


「わたしもね、二日三日ぐらいなら滞在しても許されるかなあと思って。せっかくだもの」


 色々な意味での『折角』だ。

 一番の目的はマジュの安全をより高めてもらうことだが、自分たちの無事だって加護があるに越したことはない。


(助力してもらえるなら、いくらでもお願いしたいんだから)

「よしっと」


 台の上に材料を並べ終えて、コーデリアはうなずく。

 小麦粉、膨張剤、卵、砂糖、香料。


「では、何からしましょう」

「毎度おなじみ、小麦粉を篩います。そして卵を溶いて砂糖を加えるわ。わたしが半分やるから、残りを二人がお願い」

「分かりました」

「了解ー」

「神力を注ぐのを忘れずにね」


 言うコーデリア自身も、体内を巡るマナを意識して活性化させた。

 そして早速、篩に取りかかる。一粒一粒――はさすがに無理だが、全体に行き渡るのを目指して神力を触れさせていく。

 相性がいいのだろう。コーデリアの神力は自然と小麦粉に馴染み、その力をより輝かせる。


(うん。綺麗)


 何となくやっていたころとは違う。力が行き渡り、呼応した素材が本来持つ力を高め、またコーデリアの力と混ざって新たな力を得ていくのが分かる。


「じゃ、後よろしく」


 と、言った通り半分ほど通したところでロジュスに渡す。そして卵を割り、砂糖を加える。こちらも同様に混ぜ合わせ、適当な所でラースディアンに回した。

 二人は真剣な表情で素材と向き合う、が。


「くっ……。浸透しない……!」

「地属性はあんまり相性良くないんだよなー。ラス、変わらねえ? 卵は火属性だから、俺そっちのが上手くできそう。どーよ、コーデリア」

「え、やり難いとかあるの……。分かった、どっちでも二人が力を注ぎやすい方でお願い」


 答えつつ、コーデリアは首を傾げる。

 ラースディアンとロジュスに作業の分担を割り振るとき、コーデリアは迷わなかった。

 何となくと言ってしまえばそれまでだが、確信があった気もして不思議に思う。

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