第15話

「――え?」

「え、って?」


 瞬間、驚いたように目を見開き、頬に僅かながら血を上らせたラースディアンにコーデリアは首を傾げる。


「だって、そのほうがいいでしょ? 何に、したって……」


 言いながら、ふと気が付いてしまった。

 好意の形が、もし友や仲間ではない、唯一の相手へと向けるものであったとしたら。

 想いが通じ合った方が良い。それが互いにとっても幸せだろう。

 だがそれは、可能性を想像して、認めたということ。

 話の流れ上おかしなことはないはずなのに、まるで望んだかのように気恥ずかしい。

 そしてふと、思ってしまった。


(だってつまり、ラスが最初に想像したのは)


 一番に過った考え、想い。それを答えとするのは、さすがに浅はかだろうか?

 次の言葉を発せなくて、しかしそれがより互いの認識が一致しているのだと思い知らされて、見合ったままコーデリアとラースディアンは赤面する。


「ええと、その」

「う、うん」

「――帰りま、しょうか」

「そ、そうねっ」


 いつの間にか止めてしまっていた足を、ぎこちなく動かし出す。


(今はその方がいい気がする!)


 どのような答えに辿り着いたとしても、事実でも、『時』ではない。そんな関係もある気がした。

 幸いにして自宅はもう近く、長々と気まずさに耐えなくても済んだ。


「それでは、コーデリアさん。おやすみなさい」

「ありがとう。ラスも気を付けて帰ってね。――また、明日」

「はい」


 明日はきっと、何事もなかったようにしていつも通りに振舞うのだろう。

 確信を持ってコーデリアは背を向け、ラースディアンの視線を感じながら扉に手を掛ける。境界を潜る少し前に視線が外れたのを察しながら、コーデリアは家の中に入って扉を閉めた。

 まだ少し、落ち着かない。


(物騒なことがあったばかりなのに、印象が強いのは最後のラスとの会話だなんて。わたしも物騒慣れしてきたみたい)


 つい苦笑をしつつ、コーデリアは家の奥へと進む。

 家族に安全を告げるために。




 ――久しぶりの自室での睡眠は、至福だった。


(うぅ。まだ起きたくない……)


 とっくに朝日が昇っていると分かっていても、往生際悪く意識を微睡みの中に置き続ける。


「――コーデリア? まだ寝てるの?」


 扉を叩きつつ声を掛けてきたメリッサは、大分控えめな声量だった。娘が疲れて寝ていたらそっとしておこうという心遣いを感じる。

 一瞬、自堕落に甘えてしまおうかという考えが頭を過ったが。


(だ、駄目駄目!)


 これからラースディアンとロジュスが来ることを思い出して、跳ね起きた。


「コーデリア? 起きてる?」


 部屋の中でコーデリアが動いた気配を察してか、再び問いかけられた。


「起きてる!」


 それにはっきりと返事をして、実際にもベッドの中から動き出す。


「そう? なら降りていらっしゃい。ご飯できてるから」

「分かった。ありがとうー」


 メリッサが階下に降りていく足音を聞きつつ、急いで着替える。まもなく、家族と合流して席に着いた。


「おはよう、コーデリア」

「おはよう、お父さん、お母さん。――いただきます」

「はい、召し上がれ」


 テーブルに並んだパンに早速手を伸ばす。


「今日、一緒に旅をしている人が来るのよね? 何人ぐらいかしら。苦手な物とか、コーデリアは分かる?」

「人数は二人よ。一人はお母さんたちも知ってる神官の人。もう一人、ロジュスっていう……国の……諜報員的な人なのかなあ。が、来るわ」


 嘘だとすでに知っているから、ロジュスに関しては紹介の仕方に迷った。

 コーデリアが口にした所属が所属だけに、曖昧になった点においては両親ともに然程不思議には感じなかったようだ。

 代わりに、別の点に引っかかった様子で表情を曇らせる。


「二人だけ?」


 巨大な魔物と戦うのに、心細さを覚えたらしい。確認するメリッサの声は不安そうだ。


「あと、王都に騎士様がいるけど。軍隊とかって人数にならないのはそう」


 伝記や史書でも、禍刻の英雄たちはどの時代も両手の指で収まる人数で討伐に向かっている。だからだろう、コーデリアは自分たちが少人数であるという気はしていなかった。


(そういえば、才識者の人も時が来れば一緒に、って手紙が来たけど。時っていうのがいつ来るかも分からないし)


 こちらはまだ、協力者として挙げるべきではないだろう。


「そうなの。王都の騎士様が」


 コーデリアが口にした肩書に、メリッサとマリウスは少しだけ安心した顔をした。


(あんまり、実戦はしていなさそうだし一緒に戦うわけじゃないってことは伏せておこう、うん)


 出会った当初はともかく、今はコーデリアにもアルディオの実力は察せられている。

 肩書に過剰な信頼を寄せる両親に、懐かしいものを感じる。とはいえ、それは一般的には正しい。


 アルディオとて、武器など触ったこともない一般市民からすれば太刀打ちできない十分な実力者なのだから。

 何より心配させたくなかったので、コーデリアは訂正しなかった。騎士の名誉のためにも。治安のためにも。


「そうだ、それでね。二人が来たらトライフルを作ろうと思うの。調理場、使ってもいいかな」

「大丈夫だが、もてなす客人と一緒に作るのか?」

「あ、二人にじゃなくて」


 二人と長く旅をしていたせいだろうか。家に招くというのに、客になるという考えがすっぱり抜け落ちていた。


 コーデリアにとっては、少し離れているだけでずっと同行者だったのだ。


「違うの?」

「うーん。皆でも食べると思うけど」


 せっかく作るのだ。自分でだって食べたい。


「けど?」

「目的の達成を願って、レフェルトカパス神に奉納しようかなって」


 実情はもっと切実だし本気で加護を得ようと考えているが、コーデリアは意識して軽い調子で言った。

 日常の中で感謝をするのと大差ない、という雰囲気で。

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