第14話

「分かった。止めはしないが、気を付けろよ」


 ロブを捕らえて連れてきたコーデリアたちの様子から、荒事へのある程度の慣れを感じ取ったのだろう。

 警備兵は注意を促したが、それだけだった。


「さて、と。じゃあ今日は戻るかー」

「とんだ一日になったわね」


 帰ってきたその夜に騒ぎが起こるとは、中々だ。


(運が良かったというべきかしら。それとも悪かったというべきかしら)


 もしもロブかコーデリアの行動が一日ずれていたら、今、手元に手紙はない。


「送りましょう」

「え、大丈夫よ?」

「はい。知ってはいますが、それとは別ということで」

(必要のあるなしではない理由……。安心、かしら)


 大切な相手が、間違いなく安全な場所まで辿り着いた。それを見届けたいのかもしれない。


(何ならわたしがラスを送り届けたい気持ちもあるものね。きりがないからやめておくけど)


 そして思い出す。

 殺伐とした経験ばかりして毒され過ぎていたが、マジュは基本、穏やかで平和な町だった。


「じゃあ、お願い」

「はい」

「俺は別方向だから、ここでな。二人とも、また明日」

「ええ」


 ひらりと手を振って去って行くロジュスを見送って、コーデリアとラースディアンは並んで歩き出す。

 その途中で鐘の音が町に響いた。少し感覚を空けた、ゆったりとした拍子。解決の合図だ。

 それを聞いた街から、どことなくほっとした空気が流れるのを感じる。


「みんなが寝静まる前に片付いて良かったわ」

「はい」


 物騒な出来事が現在進行形で起こっているとなれば、睡眠を取るどころか夜を安心して過ごすのも難しいだろう。

 月と星が輝く夜空を見上げながら、しばし無言で歩く。気まずいという程ではないが、互いの間に流れる空気を少し持て余している気分ではあった。


「なんだか、奇妙な感覚ですね」

「あ、やっぱりラスもそう?」

「はい。コーデリアさんと――ロジュスとは、ずっと目的を持って一緒に行動してきましたから」


 必要がなく隣にいる、というのが不思議な気持ちだ。


(……いえ)


 それも少し違う、とコーデリアは自分が抱いた感覚に付けた理由を否定した。


「一緒にいたいから、いる。そういう気持ちになれるようになったことが、まだちょっと気恥ずかしいのかも」

「成程。そうかもしれません」


 認めて顔を見合わせて、互いに苦笑する。


「けれど私は、嬉しく思います」

「うん。わたしも」


 迷いなく応じたコーデリアから目線を外し、ラースディアンは空を見上げた。つられてコーデリアも夜空を眺める。

 子どもの頃から見知った景色のままだ。眺めていると心が安らぐ。

 だがラースディアンにとっては違ったらしい。


「私を庇ったことを。後悔してはいませんか」


 ラースディアンが見ていた空は夜空ではなく、禍刻の主が襲来した日の青空のようだった。


「してないわ。でも、余計なことをしたのか元は思う。まだ、やっぱりね」


 あの日行動してしまった以上、もし見送っていたらの未来は消えている。だからこそ、思考から離れないのだ。

 おそらくはいつまでも。


「ラスは多分、気にして付いてきてくれたんだとも思っているし。他人に押し付けるより、自分で背負った方が気楽な事ってあるわよね」


 ラースディアンの性格であれば尚更だろう。


「正直に言って、その気持ちがなかったわけではありません」

「やっぱり」

「けれど今は同時に思うのです。結局私は選ばれなかったのだから、ただの思い込みに過ぎないのだと。そして何にせよ、私が選んだ道も変わらないだろうと」

「ラスは完璧にそうね。だって、今ここにいるんだもの」


 魔物が憎いのも、禍刻の主に選ばれた誰かを心配するのも、おそらく今と変わりない。


「ええ。けれど一つ、変わったかもしれないと思うこともあります」

「何?」


 深くは考えず、話の流れのままにコーデリアは聞き返す。そのコーデリアへと、ラースディアンは柔らかく微笑んだ。


「貴女に、私を庇ったことを後悔させたくない」

「……んん?」


 先程までの話と然程違うように思えず、コーデリアは僅かに首を傾けた。


「さっきまでの話は、義務感の話です。私自身の罪悪感を緩和させるためとも言えます」

「別にラスが気にすることじゃないと思うけど、気持ちは分かるわ」


 悪いのは元凶である禍刻の主のみである。


「そういった私自身の感情ではなく。純粋に、貴女に後悔してほしくなくなっています。禍刻の主の件だけではなく、全てにおいて」

「それって……」


 どう受け取るべきか、コーデリアは困った。そしてもっと困ったことに、言ったラースディアンの方もコーデリアと似た表情をしているのだ。


「貴女のことを、知人以上に好ましく思っています。仲間だとも思っている。だから少し、戸惑っているんです。私が今貴女に思うこの気持ちに、どの名前を付けたらいいか」


 言われてコーデリアも考えてみた。


「……成程。困るわね」


 好意の形を、自分の中で整理できなかった。

 それはコーデリアもラースディアンも、経験したことのない気持ちだったからかもしれない。

 あるいは、特殊な状況が感情に素直になることを邪魔しているのか。


「安心しました」

「困ってるのに? ラスもでしょ?」

「はい。けれど今答えを突き付けられたら、どのようなものにしろ受け入れられないような気がしまして」

「うーん。確かに」


 心が納得しないような気はする。

 コーデリアが抱いている感覚は、ラースディアンとも近いのかもしれない。

 そう思ったら、急におかしくなってしまった。堪え切れずに小さく笑う。

 訝しがられることはなかった。ラースディアンも似たような反応を見せていたからだ。


「私とコーデリアさんは、歩く速度が似ているのかもしれません」

「そうね。できれば、答えも同じものを出せるといいわよね」

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