第13話

「俺が捕まって本が戻ってこなければ、別の奴が来るだろう。そして仲間を捕らえた奴には報復が待ってる。ああ、仲間意識とかじゃないぜ。舐められないようにするためだ」

「……」


 淡々とした男の言い様には、真実味があった。体面を護るため、という理由を含めて。


「だが俺が無事に帰ったら、マジュの情報は間違いだったと仲間に伝える。次の奴が来ることもない。効率的だろう?」


 男を捕まえても更なる戦いをマジュに呼び込みかねないだけ――というのは、事実なのだろう。

 一瞬、悪くない選択のように思えた。しかしコーデリアが出した答えは否だ。はっきりと首を横に振る。


「貴方の言い分が法の中でも通じるなら、そうしたらいいわ。警備隊の詰所の中でね」


 法が許していないことをするつもりはコーデリアにはなかった。する必要も感じなかった。


「おっと」


 迷いのないコーデリアの答えに、男から意外そうな声が上がる。


「そんなわけで貴方との交渉はしないから、答えを引き出す手段もわたしにはないんだけど。盗まれたのは魔書なのね?」

「ああ、そうさ。頭のコレクションだよ。噂で聞いて、依頼の魔書だと勘違いした奴がいたんだろうな。ま、それで盗み出したんだから実力は大したもんだが」

「教えてくれるんだ」


 コーデリアに話したところで、男に利はない。だからつい、自分で訊ねておきながら意外な気持ちそのままの声が出てしまった。


「あんたに話しても損があるわけじゃないからな。ついでに俺は、あんたのことがちょっと気に入った」

「嬉しくないわね」


 厄介ごとを引き連れてくるだけのような気がする。

 男はコーデリアからの否定的な感情を気にする風もなく目を細めた。おそらく笑ったのだろうと雰囲気で分かる。


「下を締め上げて上にはガバガバな、国の法なんぞに従うあんたの考え方は共感できんが、筋が通った奴は嫌いじゃない」

「筋についての談義はしないわよ」

「構わんよ。俺が勝手に気に入っただけだからな」


 男の口調は実にあっさりしている。相手から何かしらの感情が返ってくることを、とうに諦めた者の淡白さだ。


「俺が思うに、この騒ぎは相応に金を持っている誰かが『誰か』をどこかに誘うために起こしているんだろう。本物の魔書を作るのは大変だが、それっぽい物を作るのは難しくない。魔力を帯びた髪でも使えば、真贋を見極めるのは難しい」


 ましてそれが複数に分かれていて、手にした一冊では効果がないのが前提となればなおさらだ。


「何にしても、相当の執心だ。たとえ目に入って一見美味しい仕事に思えても、しばらく本に関わる仕事からは距離を置くのをお勧めするね」

「覚えておくわ」


 聞き入れることはできないが。


「じゃ、そろそろ警備隊の詰所に行くとするか」

「へいへい。暴れないから、丁重に頼むぜ、お二人さん」


 言葉通り暴れる気配はないが、油断はできない。何しろ彼は直前の素振りを切り替えて別の動きをするのが上手かった。

 後ろ手に布で縛って、警備隊の詰所へと行く。


(場所は知ってたけど、入るのは初めてだわ)


 自分が捕まる側でもないというのに、妙に緊張する。実際に捕まろうという男の方が、いっそ平然としていた。


「すまない。さっき不審者を捕まえたんだが、対応してもらえないか」

「不審者だと? まったく、なんて日だ」


 事件が重なって起きたと思ったのか、警備隊員は目元を覆って天井を仰ぐ。


「ともかく、協力に感謝するよ」

「あと、これ。どこかから盗まれた本らしいです」

「何!?」


 コーデリアが取り返した本を差し出すと、重なった面倒ごとに疲労を感じていたらしい警備隊員の瞳が活力を取り戻した。


「ちょ――、ちょっと待っててくれ。確認してくる!」


 隊員はコーデリアから本を受け取ると、奥の扉へと消えていった。入れ替わりのように、見知った人物がすれ違った警備隊員の後姿を見送りつつ出てくる。


「お、ラス」

「ラスの方でも事件? 大丈夫?」


 今頃は神殿で休んでいるはずのラースディアンがそこにいた。


「ええ、私は問題ありません。盗みに入られた家の方が怪我をして、そのまま詰め所にいらしたということで神官が呼ばれただけですので」

「おっと。長旅から帰って来たばかりの同僚を行かせるとは。さてはラス、お前、嫌われてるな?」

「その言葉は全方面に対して侮辱的ですよ。冗談にはなりません」


 ラースディアンが人間関係をうまく構築できていないにしろ、嫌っているからといって人に対する配慮を怠ったと評したにせよ、どちらにも失礼である。


「じゃ、冗談じゃなく訊こう」

「ならば答えましょう。自発的です。それに、貴方もコーデリアさんも事件を見過ごすとは思えなかったので」

「そーか。だったらいい」


 ロジュスが自分の居場所を心配しているだけなのを理解して、ラースディアンは困ったような苦笑いを浮かべる。


「実際、正しかったでしょう?」

「自分の町で事件が起こったら、気にするなって方が無理よ」

「ええ、そう思います」


 だからラースディアンもこの場にいるのだ。


「いやー、助かったよ。町長さんの所から盗まれた本に間違いないそうだ。君たちが捕まえた男も盗みに入ったと認めている。万事解決だ!」

(盗みに入られたお家って、町長さんのお宅だったのね)


 男が狙った本でもなかったというから、とんだ災難だ。


「あとお嬢さん。盗人が君にこれを頼みたいと言っているんだが」

「わたしに? 何だろう」


 警備兵が差し出したのは手紙だった。文字は走り書きで汚い。しかしどうにか読めはする。


「『マジュの情報は間違いだった。ロブ』。これって……」

「そいつを白狼砦の盗賊団に届けてほしいとさ。無視してもいいと思うが……」


 自分の安全だけを考えるなら、無視した方が無難だろう。

 この手紙はマジュへ新たな人員を呼び込むのを止めるものではあるが、同時に報復を受けかねない危険も含んでいる。

 警備隊もどう扱うか迷っている様子だった。

 だがコーデリアの答えは決まっている。


「行くわ」


 自分の留守中にマジュが何度も襲われたらと思うと、落ち着いて旅もできない。


(ロブがなぜ帰ってこないかは、話次第にするべきでしょうけど)


 コーデリアとて報復だ何だと盗賊に付け回されたくはないし、一番怖いのは両親や友人知人に飛び火することだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る