第12話

 だがそんな話は両親を心配させるだけ。あえてしようとは思わない。


「ところで、マジュの町に変わりはない?」


 自身のことから質問を逸らすためと、純粋に気になっているため。両方の理由からコーデリアは話を変えた。


「うーん。少し不景気になった気はするかな。商人の足が遠のいてしまった気配もあるし」

「魔物の活性化のせいね」


 少しずつ、日々の生活への影響も出始めているようだ。


「魔物もそうなんだが、最近の目立った脅威は野党の類らしい」

「え……っ。野盗? マジュの近くで?」


 王都を見てきたからこそ断言できるが、マジュの人口は多くない。人が少ないということは、野党にしたところで襲っても実入りが少ないということだ。


「そう。マジュの近くで」


 コーデリアよりもずっと長くマジュの町で生きてきているマリウスにとっても、初めての状況らしい。

 コーデリアの戸惑いを理解したうえで、はっきりうなずく。


「もしかしてその野盗、本を探してるとか?」

「良く知ってるな。もしかして、都会では騒ぎになっているのかい?」

「どうだろう。でもわたしの目にもふと入ったぐらいだから、知ってる人は知ってるのかも」


 マリウスに答えつつ、コーデリアは内心で首を捻る。


(どうも、魔書を運びたがっている人と、奪おうとしてる人がいるみたい……?)


 しかし奇妙なのは、本を運びたがっている方と思われるフレイネルには、随分と余裕があった事だ。


(盗られる心配なんか全然してない、みたいな)


 そもそも作り手が限られるという魔書が、町の依頼板でぱっと目に入るほと溢れているとは思い難い。


(もしかして、全部偽物? でもあの山賊二人組が持っていた本には魔力を感じたのよね)


 彼らがたまたま本物を引き当てた可能性はあるが、限りなく低い気がする。

 そうコーデリアが考えを巡らせている途中で、不意に鐘の音が夜の空気の中で響き渡った。

 音と音の間隔が短い。警鐘だ。


「!?」


 すぐさまコーデリアは立ち上がり、外へ向けて感覚を研ぎ澄ます。

 探索範囲は養蜂の森よりも狭いはずだが、大きな生き物の数が比べ物にならず、分かり難い。


「コーデリア……」

「外を見てくるわ。危ないかもしれないから、二人は家にいてね!」


 建物の中にいては埒が明かないと、コーデリアは動き出す。


「コーデリア!」


 自分の名前を呼ぶ両親の心配そうな声に、片手を上げて返事の代わりにしてから外に出る。


(魔物の気配ではないみたい。じゃあ、人間が起こしている事件ってこと?)


 異常を探してコーデリアは周囲へと首を巡らせる。その最中に、通りの先から全力で駆けてくる人影が見えた。


「!?」


 そしてほぼ同時に、互いを認識する。


「どけえ! 女ぁ!」

「会った直後に人を恫喝するなんて、まともじゃないわね!」


 会話になる気配は皆無。男の怒鳴り声を無視して、コーデリアは進路に立ち塞がる位置で身構えた。

 顔は目元以外すべてを覆った覆面で隠し、服は夜の闇に紛れることを想定した黒装束。準備を行ってから実行した計画性を感じる。

 男は夜戦用に刀身を黒く塗ったナイフを取り出し、月明りと家々から零れ出る光に隠しきれない金属の輝きを反射させる。


(あの刃渡り、薄さ。正面から戦うには向かないわ。変な魔力も感じない)


 腕を払って、捩じ伏せる。

 そう判断して、コーデリアは自らも男に向かって駆けた。互いの距離が縮まるなか、コーデリアは己の思い違いに気付く。

 男はナイフを振り抜く素振りを見せている。横に薙ごうとしていると教えるかのような、早すぎる構えだ。


 左右どちらに避けてもかわすのは容易だろう。しかしコーデリアはあえて、男がしていないだろう第三の選択をする。

 自らも次の行動の幅が限られる、姿勢を思い切り低くするという賭けに出て。


「やっ!」


 足払いを掛けた。


「うおっ!?」


 下手をすればコーデリアにとっても隙になりかねない一撃を選択したのが、男にとっては予想外だったらしい。

 驚いたときそのままの声を上げて、見事にバランスを崩す。


「くそっ、ふざけた真似――うぉっ!?」


 悪態を突きつつ、どうにか踏み止まった足を前に進めようとする。今まさに立ち上がったコーデリアには目もくれない。


(やっぱり始めからただ逃げるつもりだったわね)


 だがその機会が男に訪れることはなかった。後方から放たれた矢に服の裾を縫い留められて、動きを封じらてしまったので。


「はいそこまでー。大人しくしろ、不審者―」


 矢を放った人物、ロジュスが近付きつつそんな警告を行う。

 合流の速さに最早驚きはない。コーデリアがいるべき場所から動いたら、ロジュスにはすぐ分かるのだから。


「大丈夫か」

「うん、平気」

「だったらいい。で、見るからに不審なこいつは一体なんだ?」

「さあ。出合い頭に怒鳴られて、ナイフ振りかざされただけだから」


 どんな立場で、何をした者かもさっぱりだ。訊くのはこれからである。


「警鐘は貴方のせいなの? そうじゃなくてもまともじゃないから、警備隊の詰め所に入ってもらうけど」

「ま、捕まっちゃ仕方ねえな。ほらよ」

「わっ」


 懐をまさぐったかと思うと、男はコーデリアへと本を一冊投げ渡してきた。

 受け取りつつ、気持ち悪さを感じずにはいられない。


(また本なの?)


 自然と顔をしかめつつ、受け取った本に視線を落とす。


(けどこれ、山賊の二人組が運んでいた魔書とはずいぶん違うわ)


 装丁はもちろん、魔力の気配もほとんどない。


「これは一体何なの? どうして大勢で本の奪い合いをしているのよ」

「さあな、知らんよ。こっちはいい迷惑だ。頭領の所に盗みに入った馬鹿野郎のせいで、こっちは本を探して駆けずり回る羽目になってんだ」


 肩を竦めつつ、うんざりした様子で男は言う。


「頭領って……」

「聞かない方があんたのためだよ、お嬢さん。そんなことより、そいつはどうも頭から盗まれた本ではなさそうだから、あんたに返しておく。代わりにこのまま俺を逃がしてくれ」

「捕まってるのに強気ね」


 本もすでにコーデリアの手の中にあり、交渉する理由がない。

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