第11話
もやもやとした考えはとりあえず脇に追いやって、コーデリアは辿り着いた実家の扉を開ける。焼き菓子店として通常営業を行っている店は、抵抗なくコーデリアを迎え入れた。
「いらっしゃいまー……!」
「ただいま、お母さん」
入ってきた客へと声を掛けようとしていた母は、娘の姿を見て言葉を途切れさせる。
「コーデリア!」
「何、コーデリア?」
メリッサの呼んだ名前に反応して、奥の調理場からマリウスも姿を見せた。
「お父さんも。今戻ったわ」
「ああ、コーデリア! 無事でよか……」
「ストップ!」
両手を広げて駆け寄って来たマリウスを、コーデリアは開いた手の平を前に突き出して制止する。
「ど、どうした?」
「わたし、旅してきたままだから。汚れてるから。特に厨房で作業してるお父さんは絶対駄目」
衛生的に。
「うん……。そう、そうだな……。お前が正しいよ、うん……」
行き場のなくなった両腕を下ろし、一定の距離を保って立ち止まったマリウスは寂しげにうなずく。
納得していても、感情が寂しくなるときはある。
「でも、ありがとう。嬉しかった」
コーデリアに衛生の概念を教えた父が、それを忘れるほど帰宅を喜んでくれたこと。
自分は寂しがらせることを言ったのにと若干の罪悪感は生まれているが、やはり嬉しかった。
「娘の無事な姿を見て、喜ばない親などいないとも。とにかく、お帰り」
「わたしたちはお店があるけど、貴女はゆっくりしていなさい」
「うん、そうさせてもらうね。上で休んでるから」
手伝いたい気持ちもあるが、旅で疲れているのは間違いない。意地を張るのはやめて、勧めに従うことにした。
「ええ、あとでね」
「うん」
うなずき、コーデリアは住居として使っている二階に上がっていく。
(少しぐらい長く離れていても、やっぱり家は落ち着くわ……)
アルディオの屋敷にも少しは慣れたと思うが、やはり実家が一番だとしみじみする。
それは、この家に父と母がいるからだ。それも強く感じている。
私室に着き、少ないながらも旅のために常時携帯している荷物を置くと、コーデリアは風呂場へと向かった。
汗と汚れを落としてさっぱりすると、部屋着に着替える。
動きやすさも丈夫さもそれなり以上には不必要な、町という安全な場所で生活するためだけの服だ。
(こういうのって久し振り)
可愛らしさを足すためだけの飾りリボンが、動きに合わせてひらひらと泳ぐ。かつては見慣れていたそれを、不思議な気分になって目で追ってしまった。
若干注意を疎かにしながら、部屋に戻る。しかし問題はなかった。今のコーデリアの空間認識能力で、動かない物にぶつかることなどなかったから。
「あぁー、つっかれたー」
口に出して自分を労いつつ、ベッドに仰向けに寝転がった。
久し振りの部屋だが、埃が積もっていたりということもない。コーデリアがいつ帰ってきてもいいようにと、手入れをしてくれていたのだと分かる。
(ぱぱっと王都に行って、協力者を見つけて帰ってくる予定だったんだもんね)
メリッサやマリウスが考えていたより、コーデリアの帰郷は遅かっただろう。心配もさせてしまったかもしれない。
柔らかい枕を抱き締めて、コーデリアは目を閉じる。
まだほんの少しだけ、太陽の香りも残っているような気がした。
(…………。はっ!?)
次にコーデリアが意識を覚醒させたとき、外はすっかり暗くなっていた。
(わ、わ! 今何時!?)
明日が来る前に、両親には話しておきたいことがある。慌てて飛び起きると、コーデリアは扉を開いて廊下に出た。
と、階下から上がってきたメリッサと目が合う。
「あら、コーデリア。よく休めた?」
「ぐっすり。ね、今って何時?」
「八時よ。丁度いいから降りていらっしゃい。ご飯にしましょう」
「うん」
コーデリアがうなずくと、メリッサも応じてうなずき返す。そして背を向けて引き返していった。コーデリアもその後を追う。
店として構えている表の奥に、少しだけ手狭なダイニングがある。導線状、一階にあった方が便利だったのだ。
「お。来たか、コーデリア」
「お待たせ。じゃあ、早速いただいていい?」
「もちろん。どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
にこやかにメリッサから許可が出て、三人は揃って挨拶をしてからそれぞれの食器に手を伸ばした。
コーデリアはまずスプーンを手にスープを掬う。
(ああ、とてもほっとする……)
旅先で口にした物も、それぞれ美味しかった。しかしコーデリアが一番好きなのは、やはりマリウスやメリッサが作る家の味だ。
きっと味覚以上に、心が喜んでいるのだろう。
「旅はどうだった、コーデリア」
「色々あったけど、何とかなったわ。こんな状況じゃなければ、いい経験だったって報告できることも」
目的が目的なので、経験できただけで良かったとも言えない。言うには、結果が必要だ。
「そして、何とかできるとも思った」
禍刻の主の元へ本当に辿り着けるかは、まだ確信を持っているわけではない。それでも二人に言った言葉に嘘はなかった。
いずれは、辿り着けるだろう。
そんな予感がコーデリアの中にはある。
「目的だった仲間も見付けたわ。騎士や兵士じゃないけど、国の仕事で戦ってる人。明日紹介するね」
「そうか。その人は頼りになりそうかい?」
「とても頼りにさせてもらってる」
迷いのないコーデリアの断言に、両親はほっとした顔と不安な顔を交互に繰り返した。
「禍刻の主に狙われた以上、逃げられないのは分かっている。だがお前が覚悟を決めてしまったことが、父さんは恐ろしいよ。コーデリア、頼むから、絶対に無茶はするな」
「うん。気を付ける」
選ばれた以上、コーデリアに力があるのは間違いない。コーデリアにももう自覚がある。
だが気楽に構えすぎていては、どうにかなるものもどうにもなるまい。
(実際、禍刻の主が来なかったら、わたしはマジュに着く前に死んでいた。二人にも会えなかったんだわ)
今後も似たようなことが多々あると思わざるを得ない。
少なくとも、明確に敵であるフレイネルは襲って来る。生き残るためには、まずは彼に勝る力を得る必要があった。
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