第10話
「考えなくていいからな!」
これまでのことから答えが導き出せるのかと、コーデリアは考え始めた。それを邪魔しようと制止が入る。
「……まあ、そうね」
「止めてあげるのですか? もう少し揺さぶればさらに情報を引き出せそうですが」
「ラスお前、覚えとけ」
残念そうに言うラースディアンに、ロジュスが低く抑えた声で脅しに掛かった。言われた方は涼しい顔をしたままなので、おそらく効果はない。
「気にはなるんだけど。でも、ロジュスはわたしの味方であることだけは本当だって言ってたから」
「っ」
「正体だけなら、今はいいかなって」
今のコーデリアに必要なのは協力者の隠し事を暴くことではなく、道を切り拓く力だ。
コーデリアが割と未練なく言い切ったのに、ロジュスの方が驚いた顔をする。それから真剣な表情になってうなずいた。
「ああ。それだけは信じてくれていい。もう迷ってもない。コーデリア、君の覚悟と思いを俺は信じる。世界を変えるために、最後まで君と行く」
「うん」
きっとそれは、ロジュスにとっても覚悟が必要な決断なのだろう。口調からも窺える。
だからただ、静かに受け止めた。言葉だけで充分だと、コーデリアにも信じられたから。
「あーっと、その……」
コーデリアがあまりに簡単に、しかし本気の覚悟を持って応じたのが分かったからだろう。嬉しさからか照れからか、じわりとロジュスの頬に朱が上る。
「ありがとな」
「お互い様だから。ね?」
コーデリアも間違いなく、ロジュスに助けられてここまで来ている。
嘘を付かれていてもそれでいいと思えるのは、信じるに足るだけの協力をしてきたからだ。
「コーデリアさんが言うのなら、私も追及せずにおきましょう」
「あー、助かる助かるー」
「腹立たしい落差ですね」
「お前の答えも相当だからな」
「もう」
ぎすぎすとした雰囲気を演出して軽口を叩き合う二人に、コーデリアは苦笑する。軽口が成立している段階で、心配はない。口元が互いに緩んでいるので冗談なのも見れば分かる。
「では話を戻しますが。レフェルトカパス神に捧げるには、何を作ればよいでしょう」
「俺、あんまり詳しいわけじゃないからなあ。コーデリアに任せる」
「それが一番かもしれませんね」
三人の中でコーデリアが最も菓子への造詣が深いのは間違いないだろう。二人が頼るのは妥当だと言える。
「木の実と果物でしょう? んー、トライフルとか、どう?」
「ああ、いいな! 見た目も華やかで」
考えているうちにふと自分が食べたくなった物だが、あっさりと賛同を得られた。
「じゃあ、家に帰ったら取りかかりましょ」
宿の調理場の一角を借りるより、実家の方が気兼ねなく場所も道具も食材も使える。
ただし、心配がないわけではない。
「奉納品だもの。食材の質もできるだけ拘った方がいいわよね? マジュでそんなに高級だったりする物は手に入らないけど……」
「いや? ものすごく駄目だとアレだし良いに越したことはないが、別に普通でいいんだって」
「そうなの?」
尊い相手なので、僅かな瑕疵があるだけでも無礼に当たるのかと思っていた。
無礼を働いたというときにコーデリアが恐れているのは神罰なので、信心はどこまでも薄いと言える。
「大事なのは気持ちだ。己の心の深い部分を、正直に晒すこと。救うに値すると思えば、神々は手を貸してくれる」
「気持ち……」
町の友人、知人、両親の安全、幸福。平穏。
それらはコーデリアにとって最優先といっていいほど重要なことだ。禍刻の主と戦うことを決めたのも、彼らへの想いが根底にある。
だが世界から見れば、ほんの僅かな人数でしかない。
果たしてそこに神が意義を認めてくれるか、コーデリアには信じ難い。
「大丈夫だ」
コーデリアの不信心を咎めるのではなく、ロジュスは柔らかく微笑してうなずいた。
「想いの価値は数じゃない」
「――うん」
ロジュスの励ましに、コーデリアは素直にうなずく。うなずくことができた。
世界からすれば些細でも、コーデリアにとってはとても大切な想い。そこに偽りはない。臆する必要もない。真実でしかないのだから。
「分かった。わたし、この気持ちを信じて作るわ」
「おう」
「きっと届きます。届かなければ、レフェルトカパス神の目が節穴ということでしょう」
「ラス、神を侮辱するのは禁止な!」
「していませんよ。受け取っていただけると信じていますから」
噛みついてきたロジュスに、さらりと言い返す。
そんな二人の様子に苦笑しつつ、コーデリアは思う。
(もし本当にレフェルトカパス神が聞き届けてくれるなら。わたしが大切に想うものの価値を認めてくれるのなら)
コーデリアの方からも、もう少し信じられるような気がした。
数日後、コーデリアたちは無事にマジュの町へと辿り着く。
以前は意識もしなかったが、今は結界を潜ると空気が変わるのを明確に感じる。
「変わっていませんね。安心します」
「本当に」
やはり、自分の目で見るのが一番安心できるというもの。
「さて。いきなり押しかけたら驚くだろうし、とりあえず俺は宿に泊まるわ。ラスは神殿だろ?」
「ええ。やはり帰った以上は挨拶をしておきたいですし」
「じゃあ、明日になったら神殿に行くわ。そのあとコーデリアの家に行くから。よろしくなー」
「うん、分かった」
一晩あれば充分、必要な話ができるだろう。
二人と別れてコーデリアは懐かしい町の道を辿り、家へと向かう。
(今度町を出たら、本当になかなか帰ってこられないと思う)
悔いのないように過ごすべきだろう。
(なんだかよく分からないことになってるし)
自分が一体何を戦おうとしているのか。以前にも増してコーデリアには分からなくなっている。
(明確なのは魔物の活性化による被害と、それに便乗してる禍招の徒を放ってはおけないってことね)
禍刻の主の目的が分からないのは後回しにできても、その二つは見過ごせない。コーデリアが護りたいと願うものを直接脅かしている脅威だからだ。
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