第9話

「あんまり考えたくないけど。わたしたちがマジュに向かうのを知ってるのって、アルディオ様経由で知ることができた人たちだけよね?」

「いえ。屋敷の人々ならば容易く知ることができるでしょう。そこまで知っている人数がいれば、探る手段はあります」

「単純に見張っているだけで、途中まででも追ってくれば目的地の想像がつく道程でもあるな」


 コーデリアが陥っている疑心暗鬼を、ラースディアンとロジュスは否定する。そうして言われてみればそれもそうかと納得できた。

 だが同時に思う。


(隠さないと、なんていう意識はなかった)


 これまでそんな生活をしてきてもいない。意識が向かなかったのも無理はないと言えるだろう。


「気を付けないといけないのね」


 人間にも魔物にも、コーデリアを害するに足る理由を持つ者がいるのだから。


「目的地とは無関係な可能性もあるけどな。なにせあいつと会ったのは、シーフット方面にも向かえる道だ」


 持っていた小道具が本というのも、己の関与を示唆してコーデリアたちの足を止めさせる意図があったのかもしれない。


「可能性だけ考えると、疲れるわね」


 不確定な材料が多すぎて、考え得る事態が多すぎるのが問題なのだろう。


「気持ちは分かりますが、考えないわけにはいきません。どのような展開が真実であっても、対応しなくてはなりませんから」


 でなければ、取り返しのつかない被害を生みかねない。


「こういうとき、情報を集めてくれる奴がいると楽だよなあ。できれば正確性の精査と推察もセットでやってくれるとありがたい」

「それはもう、組織の仕事ですね」


 国に協力はしてもらえても、権限のないコーデリアたちには望むべくもない。


(情報を集めてくれる人、かあ)


 コーデリアの脳裏にエクリプスの顔が浮かぶ。


(凄く色々なことが耳に入ってきそうだったわよね)


 とはいえコーデリアたちはエクリプスに邪魔にされてしまった様子があるし、それを覆す条件を提示できるようになったわけでもない。

 協力を仰ぐのは難しいだろう。


「ともあれ、まずはマジュだ」

「うん。……あ」

「どうしました?」


 うなずいてからふと気掛かりに思い至って声を上げたコーデリアに、ラースディアンが訊ねてくる。


「わたしが狙われてるなら、お父さんたちももっと安全な所に移動してもらった方がいいのかな」


 何しろマジュは小さく、平穏な町だった。

 フレイネルや禍招の徒がやってきて暴力に訴えれば、対抗する術などない。


「いや、むしろマジュから移動するのは危ないだろう。結界があるから魔物の類は近寄らない」

「小さい町ですから、見慣れない者が入り込めば目立ちます。行動を起こすのが難しいという利点はありますね。ですが……」


 それでも、強引に事を起こせばその限りではない。


「……」


 ラースディアンもまた、言葉を濁した。それが彼の答えも物語っていると言えるだろう。

 住んでいたからこそ、町の防衛力がどれ程かをよく知っている。


(それに、禍招の徒を名乗っているのはほとんど人間でしょう?)


 魔物は防いでくれる結界も、人間には然したる効果を発揮してくれない。


「……まあ、絶対安全とは言えねーわな。うーん……」


 コーデリアの晴れない表情に、ロジュスはしばし腕を組んで唸る。そして。


「よし。レフェルトカパス神に頼んでみよう。もうちょい力を貸してもらえれば、他所よりはずっと安全にできる」

「頼むって、どうやって」


 神に願うならば、祈りを捧げるぐらいしかコーデリアには思い付かない。そしてそれで力を貸してもらえるとも思えなかった。

 祈ったぐらいで神に思いが通じて聞き届けてもらえるなら、世界はもっと奇跡に満ちている。


「特別な奉納品を作る。レフェルトカパス神が気に入れば、力を貸してくれるだろ」

「奉納品ぐらいで、可能でしょうか?」


 おそらく奉納をしたことがあるのだろう。ラースディアンが懐疑的な声を出した。


「そりゃ、生半可な物じゃ駄目だ。がっつり気を引いて、かつ認めさせないと」

「そんな凄い物、用意できる?」


 国から支援金が与えられると言っても、限界があるだろう。余計な費用だとして突っぱねられたら、高価な物だと恐ろしいことになる。


「できるとも。コーデリアなら」

「わたしなら?」


 腕を使って自前で取りに行くのかと、真剣に考え始めた。


「聖なる菓子があるだろう」

「ええっ?」

「ああ、そうでした。確かに」

「えええっ!?」


 ラースディアンにまで納得した様子でうなずかれて、コーデリアはさらに悲鳴を上げた。


「レフェルトカパス神って、お菓子好きなの?」


 神が好むものとして、意外だ。親近感が湧くとも言う。


「いや、普通だと思う。普通に好きって方で。特に木の実や果物を使った焼き菓子が好きだ」

「良く知っていますね?」


 地上では神に一番近しい職業にあるラースディアンが、断言したロジュスへと疑問の眼差しを向ける。


「神殿にもそのように明確な記録はないのですが。捧げた品をどれぐらい喜んでいただけたのかなど、お側にでもいないと分からないでしょう」

「ま、神に近付きたいのは神殿だけじゃないってことで。本当だから安心しろ」

「嘘だとは思っていないけど」


 ロジュスが断言することは、おおむね事実だ。


「お。嬉しいこと言ってくれるじゃん?」

「わたしたちに答えを与えたくないときは、何も口にしないものね。逆に、導きたい方向に合致しているときは断言する」

「……うーわー」


 これまでの旅の中で察したロジュスの行動基準を口にすれば、引きつった声を上げられた。


「だから、ロジュスが断言したことについては信用してるわ」

「そうですね、確かに」

「二人の観察眼がちょっと怖えーわ……。もしかして、俺が『何』なのかも実は察してたりとか……。いや、いい! 当てられても困るし!」

「『何』……」


 何とも意味深な言い方だ。

 身上を偽っていることはすでに認めたロジュスだが、その先はまだ聞いていない。

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