第17話
「卵と牛乳はしっかり混ぜてね。しっかりと」
「おー。……あれ、なんか俺混ぜてばっかりだな」
「大丈夫。基本的に皆混ぜてるから」
最終的に一つの生地にしようというのだから、混ぜる作業が増えるのは自然である。
そうして素材が溶け合い、姿を変えていく。白っぽくなるまで混ぜ続けた卵に小麦粉を投入。香料も加えて、再び混ぜ合わせる。
「よし。こんなものかな」
出来た生地を型に流し込み、オーブンへ。
「焼きあがったら今日はおしまいよ」
「生地を冷やす時間を置くんですね」
「そういうこと。温かかったら生クリームが全部溶けちゃうもの。一瞬よ。本当に」
そして急ぐ理由もない。しっかりと冷やして、万全の物を作る方が大事だ。
「しかし、コーデリアさんは本当に素材を活かすのが上手ですね」
「慣れてきたのもあるかも。でもわたしが上手いっていうか、素材の方が素直に吸収してくれてる感じ?」
特別に、強引に浸透させようとやっているわけではないのだ。だからこそ二人の感覚が分からなくて、どうすればいいとも言えない。
「コーデリアの神力は属性がないからな。珍しいタイプだ」
やや疲労を濃くした様子でロジュスが椅子に座りつつ言う。珍しく体重を背もたれに預けてさえいる。相当だ。
「属性がない? 珍しいの?」
「そうですね。大概は属性値が偏るものですから」
「ちなみに、ラスとロジュスは?」
何となく想像は付きつつ、訊ねてみる。
「私は水です」
「俺は風」
「ちょっと意外」
想像していたのと違った。
つい素直に口にしたコーデリアに、ロジュスは楽しそうに笑った。
「へえ。どっちが意外だ?」
「ラスが。火かと思ってた」
「どの属性であっても恥じるような理由はないのですが、理由は聞かずにおきましょう」
自身の苛烈さに自覚はあるらしい。やや視線を外しつつ、ラースディアンは答えを曖昧にして話を切り上げた。
「つっても、ラスは全属性値高いから僅差だな」
「不得手はないって神官長様も言ってたものね」
「ええ、幸いながら。私に戦う術を持たせてくれたことは、神に感謝しています」
感謝していない部分もあると認めた物言いだが、突っ込みは入れないでおく。
「属性がないと、不利だったりする?」
自身の神力の在り方などは然程気にしないが、悪影響を及ぼすとなれば別だ。
「呪紋士なら致命的だ。属性値ってのは、まま呪紋の威力に直結するから。ただ、コーデリアの場合は拳だろ? 俺も初めて見たけど、その使い方には有利不利はない」
「へえ」
コーデリアやラースディアンよりは間違いなく旅慣れているが、ロジュスの見解が実際の所どれだけ広いのかは分からない。
だが少なくとも、この場にいる全員にとっては珍しいことであるのは事実らしい。
(大事なのは希少性じゃないけど)
有用であることは保証してくれた。それで十分だ。
逆に、もし実用性がなくて希少性だけが高かったら、きっとコーデリアはがっかりしただろう。
「でも、良かったかも。色々考えなくても、力を高めて密度を濃くすれば威力が増すものね」
認識上も単純で、分かりやすい。
「そうそう、コーデリアのはそーゆー戦い方な。けど神力自体が高いからすげーよく効く」
コーデリアが拳を握って言えば、ロジュスは楽しそうに笑った。純粋に面白がっている気配がある。
そんな雑談を交わしつつ、香ばしさを漂わせてきた生地の具合を逐一確認ながら時を待つ。
然程信心はないとはいえ、自分以外の相手に贈る品。これは差し出しても恥ずかしくないと胸を張って言える出来しか使うつもりはない。
「……喜んでくれるかしら」
それでも、相手のことを考えるといつでも不安だ。
自分の最善が相手の最善であるわけではないから、仕方のないことだろう。
「喜ぶさ」
コーデリアがした心配の呟きを、ロジュスは自信に満ちた声で断言する。
「愛が込められた品は、どれも美しくて、優しい」
「だからコーデリアさんが作るお菓子は美味しいのでしょう」
「ラスは褒め過ぎ、もう」
言葉が嘘ではないのが分かるから、より気恥ずかしい。
その後焼き上がりを見届けて、ラースディアンとロジュスは帰って行った。二人を見送ったコーデリアは、昼食を済ませて外へと散策に出る。
一番の目的は両親との再会だが、マジュの町そのものとて懐かしい。特に、友人たちとは会って話したい気持ちが強くあった。
両親と話して、安心したからだろう。次から次へと求めるものが広がっていくのが人間の欲と言うべきか。
前触れ無く街に戻ってきていたコーデリアに驚いた様子を見せたものの、皆、無事と帰郷を喜んでくれた。
どうやらコーデリアは、王都にあるどこぞの店で修業をしていることになっているらしい。
(その方がいいわよね。わたしが禍刻の英雄だなんて言ったら、皆不安で夜も眠れないわよ)
誰もコーデリアがゴブリンを殴り倒し、キメラを蹴り倒しているとは考えてもいない。
太陽が朱色になった頃、コーデリアが家路に着いた正にそのとき。町に再び警鐘が鳴り響いた。
「!?」
今日は一体何事が起ったのかと、腹立たしさを感じつつ周囲の異変を探る、と。
「――おっと。こいつは偶然」
「あ、貴方……!」
ロブと名乗った盗賊が、屋根の上からコーデリアを見下ろして声を掛けてきた。
「悪いね、案内してくれた部屋は俺の好みじゃないんだわ。俺は頭の本を探しに行かなきゃならんから、のんびりもしてられんし。じゃ、頭によろしくな」
好き勝手に言うだけ言うと、ロブは身軽に屋根から屋根へと飛び移り、あっという間に町の外へと出て行ってしまった。
やや遅れて、警備隊の兵士がロブの背を指して追いかけて行ったが、捕まえるのは難しそうだ。
(残念だけど、町の警備兵より盗賊の方が上手だわ)
頼りなさはあるが、これまでのマジュがいかに平和だったかの証明とも言える。
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