呪像

「わーい!わーい!綺羅裡が獲ったどぉー!おっさん貰いー!」


 愛らしいマスコット人形から一転して呪像と化したそれを、綺羅裡は小躍りしながら手に持ち振り回す。法鸞はそれを驚きの目で見ていた。


「お爺たま、ね、綺羅裡が封じたぉ、これ、もらっても良いでちょ」


 誇らしげに人形をかざしながら自分を見上げる綺羅裡のそれには答えず、しかし法鸞は好々爺とした笑顔で膝を折り綺羅裡に問いかける。


「綺羅裡、お主まさかこの一平のパスワードを解いたのか」


「うん、ちょっと固まっちゃったけど、解けたおぉ」


 綺羅裡の答に増々と好々爺たる笑い皺を深くした法鸞が何時の間にかそこに立っている花蓮に視線を向ける。


「この御仁、使えるの花蓮」


「はい、だから即決採用で雇い入れて参ったのです」


「よくやったぞ花蓮」


「ごうぅらぁぁ!お前らぁ!まるで意味が解らんわぃ!いったい何の話やねん!俺のパスワードってなんやねん!俺はWi-Fiか?Bluetoothか?あぁ?こら!つかまだ勤めるなんか一言も言うてないやろ!なんやねんここは!その人形はなんじゃい?紺野さんはどうなった?こらぁ!綺羅裡!その人形を返せ!」←(やっぱ切れると関西弁)


 全く自分を無視して会話する三人に一平がブチ切れ、綺羅裡の手から人形をもぎ取りながらそう言う。←(幼児にも容赦ない(笑))


「あぁ!一平ちゃんが綺羅裡のお人形を!かえちてぇ!かえちてぇ!」


「これこれ、この呪像は綺羅裡のものではない。一平のものでもない。この呪像はこれより当本殿に奉納するのじゃ」


「なんでぇなんでよぉ!綺羅裡が封じたのにぃ」


「じゃかーしーわい!綺羅裡、ハゲは俺の家族なんだよ!つか糞じじい!俺の家族は誰にも渡さんし除霊なんかさせねぇ!今すぐハゲを元に戻しやがれ!」


「それは出来んぞ一平、綺羅裡が封じねば将暉がどうなっていたと思う?将暉はまだ生後数か月であろう?その赤子が言葉を話したり、或は立って走り回ったり、その様な怪異はなかったか?」


「そ、そう言えば・・・さっき職安で将暉が言葉を・・・」


「そうであろう。一平、その伺嬰児便餓鬼はお前の表面的波動を得て将暉の身体を一時的にでも奪うことが出来る。それを繰り返せば将暉の魂魄は居場所を失い身体から追い出される。それはつまり将暉の死を意味するのじゃ」


「違う!ハゲは将暉を俺と一緒に育ててくれているんだ!ハゲが将暉にそんな酷い事をする筈がねぇ!」


「パキッ」


 一平がそう叫んだ瞬間、人形の中からあの枯れ枝を踏んだ様なラップ音が聞こえる。


「むむ、なんと、この伺嬰児便餓鬼、綺羅裡に封じられて尚、霊力を使いおるの、これは驚きじゃ、これ伺嬰児便餓鬼よ、もしやお主が本体なのか?答て見よ」


「・・・」


「では本体ではないと?」


「パキッ」


「そうか、それで幾許か謎が解ける。良かろう、一平、その呪像はお前に託す」


「駄目だ!ハゲを元に戻せ!」


「それには及ばぬ。一平、その伺嬰児便餓鬼はこの状態の方を望んでおる、違うか伺嬰児便餓鬼?」


「ピシッ」


「え?そうなの?おいハゲ!本当にそうなのか?」


「ドンガラガッシャン!」←(激しく同意)


「一平、綺羅裡が封じたのは伺嬰児便餓鬼の本体ではない、お前が話す奴の中に仄かに残る人間だった時の良心じゃ」


「良心?誰の?まさか紺野さんのじゃ・・・」


「それは儂には視えん、先程も申したが餓鬼は思念の集合体、一平、お主、自分の五臓六腑が思考しそれぞれに意思があることを存じておるか?」


「ええ!知らねーよ、自分の内臓と話した事ねーし」


「ほっほっほっ、それはもっともじゃ、内臓がそれぞれに話し掛けてくるなど鬱陶しく手仕方ない。しかし内臓はの、それぞれに独立した脳に比類するシナプスを有し思考しておるゃ。内臓と言わず人間の細胞は60兆個それがそれぞれに独立した生命。その生命の意志の統合が意識、つまりはお主の人格じゃ。人間とて途方もない数の意思の集合体に過ぎぬ。一平、綺羅裡が封じたのはどうやらその伺嬰児便餓鬼の一部、人間だった頃の良心を宿した記憶、或は僅かに残った人格の様じゃ。即ち、お前が家族と言い大切にしているそのハゲは伺嬰児便餓鬼から分離されその呪像の中に居る」


「そ、そうなのかハゲ?」


「パシッ」


 ハゲの返事を聞いて、しかし、いきなり法鸞の形相が好々爺から打って変わって明王像のに険しくなる。


「じゃがよく聴け伺嬰児便餓鬼、否、ハゲよ。お主が一平から零れる表面的な波動を使い人と話すのは良い。しかし、もし将暉に入り込み危害を加えて見よ、この儂が容赦なくお主を冥界に送り返す、それが何を意味するか理解しておるかハゲ?」


「ドンガラガッシャン!」


「良かろう、お主の望みが何であろうとそれは構わん。だが将暉を害する事はこの儂が断じて許さん。お主の本体から将暉を護って見せよ。分かったかハゲ」


「ドンガラガッシャン!」


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