第12話   餓鬼

「あ、あれは、紺野さん?なんで紺野さんが・・・」


 しかしそこでその架空のモニターに映し出されていた映像が途絶える。


「えっ!おい!」


 映像が途絶えた瞬間、一平は自分の肩に恐ろしい程の重圧を感じる。


「なっ!なんだこれ!」


「振り返ってみよ、そして刮目してその正体に目を向けるのじゃ」


 一平は法鸞に言われ渾身の力を絞って後ろを振り返る。するとそこには先程のあの姿とは似ても似つかぬ凶悪無類な形相をした伺嬰児便餓鬼の姿が在った。


「伺嬰児便餓鬼とはの、誰かに自分の子供を殺されたことを恨み、夜叉やしゃという鬼神に生まれ変わろうと考え、最初は我が子を殺した一族に憑りつき復讐をする。しかしやがて自我が崩壊したその成れの果ての魂魄は見境なく子供を殺し、満たされぬ復讐の渇きを満たすために祟り続けるのじゃ」


「待て爺!じゃあ本当にハゲは悪霊なのか」


「最初から花蓮も儂もそう申しておる」


「ならどうしてハゲは俺の子育てを助けてくれたりするんだ!」


「それはこの伺嬰児便餓鬼の過去の記憶が作用するのであろう」


「記憶?」


「そうじゃ、餓鬼は魂魄のなれの果て、餓鬼とはの、憎しみの感情の集合体じゃ、ゆえに多くの故人の記憶が淡く残る場合がある。」


「じゃあ、俺が普段、ラップ音で会話しているのは・・・」


「恐らくはお前が知る、その紺野とか申す者に関係のある記憶であろう・・・」


「そ・・・そんな・・・紺野さんは・・・」


「一平、諦めよ。このままでは将暉の命が危ないのじゃ」


「そ、そんな、どうして、どうしてだよ!あの優しい紺野さんがどうして!嘘だ!」


「お前の波動は超人的。故にお前と会話するその者はお前の波動を借りて正気を保っている。しかしそれは諸刃の剣よ。少しでもお前が波動のバランスを崩せば、その者の記憶は餓鬼に呑み込まれ、お前のその超人的波動が暴走し将暉は一瞬にして殺される、それでも良いのか」


「い、嫌だ、嫌だ、待ってくれ爺さん、紺野さんにいったい何があったんだ!」


「それは儂にも視えぬ、しかし、いちど餓鬼道に身を堕とした者を救う術は現世には無い。六道を生まれ変わり自ら気づくしかない。一平、諦めよ。その餓鬼を儂に除霊させるのじゃ」


「駄目だ爺さん!そんなの真っ当じゃねぇ!」


 一平がそう叫んだ瞬間、背後の伺嬰児便餓鬼が一瞬にして巨大化して行く。


「止めろ一平!昂るな!波動を乱してはならん!お主も呑み込まれるぞ!」


 法鸞が張った結界が軋み、音を立てて崩壊へと傾いたその時。


 ぱらぱっぱ ぱぱぱん ぱらぱっぱ ぱぱぱん ぱらぱっぱ ぱぱぱぱぱぱ ぱっぱっぱん


 どこからともなくあのセンセーショナルな音楽が鳴り響く!


「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」


 それと共に拙い口調で唱えられた摩利支天の真言が法鸞の結界を破って一平の耳元に届く。


 摩利支天は陽炎の天。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有する。


「綺、綺羅裡!お前!」


 突然あらわれた綺羅裡の手に握られているのはあのマスコットキャラクターの人形。その人形を綺羅裡は伺嬰児便餓鬼の眼前へと投げつけた。


 目には見えない陰形の大きな力が一平だけを残し法鸞の結界ごと覆い尽くす。


「チュバーハ―!」


 そして綺羅裡によって括られた真言が人形に集約され、そこに在る全てを人形の中に封じ込めた。


 ポトッ


 異空間から人形が客殿の床に落ちると、一平は自分が既に元の世界に居る事を実感する。


「わーい!わーい!綺羅裡が獲ったどぉー!おっさん貰いー!」

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