第8話       法隆寺

「ごぅらぁぁぁ!死ぬわぁ!花蓮!テメェ!街中を180キロで走る奴がどこにおるねん!」 

 

 ブースト圧1.3kg、最大出力140馬力にチューンされているK6Aターボ搭載の花蓮が操るエブリーが兎に角これでもかと云うほどに広い法隆寺の境内にサイドターンを鮮やかに決めながら停車する。


「さぁ、着きましたわよ」←(人の話を聞かないじゃなく、聞けない人)


「着きましたわよじゃねー!だいたい、そんなにぶっ飛ばしてガソリンがもったいないとは思わねぇのか!」


「一平君、ここが私の会社兼、自宅、そしていにしえの時代から仏事の闇を担って来た法隆寺よ」←(徹底的に聞けない人)


「仏事の・・・闇って?」←(聞いて貰えなくてもけっこう平気な人)


「そう、闇。ここ法隆寺は普通のお寺さんでは扱えない怨念を宿した祟り物を密かに奉納し封印する事を代々、生業として続いて来たお寺なの」


「うーん、なんか聞いたことはあるんだけど、荒魂あらみたまってやつか?」


「それは神様、神道が扱う分野、ここはね、荒魂ではなく読んで字の如く悪霊を封じる事に特化して来たお寺なの」


「荒魂と悪霊って、どう違うんだ?どっちも害があるんじゃね-のか?」


「荒魂とは神様なの。人間の魂とはそもそもレベルが違うもの。そして荒ぶってはいても神は神、非は人間の方に有るし、人間がその行いを悔い改め清め改心すれば神は怒りを治め神の世界にお戻りになって下さる。しかし悪霊は違うの」


「お帰り花蓮、今日も早かったの」


 そんな話をしながら一平が将暉を抱っこ紐でおぶり降車する支度をしていると石畳をゆるりとした歩調でこちらに近づく老僧が一人居た。


「父上、戻りました。」


 それは此処、法隆寺の住職、そして花蓮の父、法鸞ほうらんだった。


「お?なんじゃ?綺羅裡が落ちておるの?何が有ったのじゃ?」


 法鸞は眠る綺羅裡に少々目を丸くした後、綺羅裡に向けていた視線を将暉を抱いて降車した一平に向ける。


「この御仁は?」


「折島一平くんです。この子は彼の息子で将暉くん。今日、偶然、職業安定所の前で見つけて、なので雇い入れて参りました」


「なんと?連れて来たのではなく雇い入れて参ったと?ほう」


 法鸞は一平と将暉を交互にまじまじと数秒、見ると云うよりは射抜くような視線で観察する。


「なるほど、そう云う事か。綺羅裡もこれで?」


「はい」


「よかろう。花蓮、御仁を客殿にお連れせよ。わしは綺羅裡を寝かせてから参るでの」


「はい父上。さぁ一平くん、こっちよ」


 そう言って石像の様に微動だにしない綺羅裡を抱き上げ逆方向に歩き去る法鸞の背中を見ながら、一平は花蓮に案内され寺の客殿へと通された。


「ねぇ一平くん、気分はどう?」


「どうって、別に普通だけど」


「吐き気がするとか、頭痛がするとか、眩暈がするとか、無い?」


「無いよ、つか、ひとつだけ」


「ひとつだけ?」


「おう、腹が減ったぜ花蓮、なんか食いもんねーか?」


「うふふふ、ここで食欲を感じるなんて。萌える、萌えるわ一平くん、貴男って本当に素敵。待っていて」


 花蓮は爛々と輝く瞳で一平を一瞥すると、そう言って客殿から出て行く。


「しかし、何なんだこれ?何の仕事をすんのかてんで解らなくなって来たぜ。俺はてっきりあの車からして配送の仕事かと」


「心配しないで、一平くんの言う通り、仕事は配送のお仕事よ。一平くんにはAmazunの配送のお仕事をして頂くわ」


 出て行ったと思った瞬間、花蓮は芳香な香りを放つ玉露と彩あざやかな和菓子を盛った盆を手に再び客殿の襖を開け入って来る。


「はっ!はやっ!つか花蓮!お前、何でもかんでも速すぎんぞ」


「うふふ、私は普段、韋駄天様の力をお借りしているからですわ」


「韋駄天?」


 花蓮の言葉を一平が鸚鵡返しに聞いた刹那、再び客殿の襖が開き法鸞が入って来た。


「これこれ花蓮、お前は毎度ながら性急に過ぎる。その様な話は後じゃ。まだこの御仁は何も知らぬのであろう。儂が順序だてて話す故、お主は綺羅裡を看ておれ」


「はい父上」


 法鸞にそう窘められると、花蓮は嬰児の様な素直さでそう答え、まるで何事も無かったかのように立ち上がり一平に背を向け客殿を後にした。


 ・・・なんじゃ花蓮、この爺さんにはめっちゃ素直やん・・・あの人の話を聞けない花蓮にこれだけ言う事を聞かせるこの爺さん・・・只者じゃねぇな・・・


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