第6話    小っちゃいおっさん!

 綺羅裡はそう言うと不思議そうに将暉の耳の裏側辺りを凝視している。


 一平はそこでハゲの存在を思いだした。


「おい、綺羅裡、お前、視えるのか?」


「うん」


「その小っちゃいおっさんは、ハ、いやちがう、髪の毛はどんな感じだ?」


「ハゲてるぉ」←(子供は残酷だ)


「体型つか、す、スタイルは、ど、どんな感じだ?」


「デブだぉ」


「つまりその・・・」


「チビのハゲデブだぉ」←(容赦ないwww)


 一平は綺羅裡の視線の先を隈なく探してみるが何も見えない。しかし間違ない。綺羅裡にはハゲが視えているのだ。


「ねぇねぇ、いっぺいちゃん」


「な、なんだ?」


「このおっさん、もらってもいい?」


「だめぇぇ!それは絶対に駄目!」


「なんでぇ」


「なんでって、こ、こいつは、い、一応、あ、悪霊だからな、怖いんだぞぉ」


「悪霊ってなぁに?」


「悪霊ってのはだな、その、なんだ、わ、悪い事をする霊だ」


「どんな悪い事をするのぉ?」


「えー、うーん、たとえば、そうだなぁ、勝手に水道の蛇口を捻って水を出したりだなぁ」


「それって、悪い事?綺羅裡もお水を飲むときそうするよぉ」


「そ、それは、そうだけど」


「あっ!」


「どうした綺羅裡!」


「いなくなった」


「いなくなった?小っちゃいおっさんが?」


「うん、魔茶器の耳の中に入って行っちゃった」


「魔茶器と違う、将暉!」


 綺羅裡がそう言った瞬間、将暉が目を覚まし火が点いた様に泣き出した。


一平は時計に目をやる。そろそろ将暉のミルクの時間だった。


「なんだ、そういうことか」


 ひとり得心している一平を不思議そうに綺羅裡が見る。


「そういうこと?」


「あぁ、あのおっさんはな、将暉のミルクの時間が来たら、俺に知らせてくれるんだ」


「それって、悪い事?」


「いや、良い事、だな、まぁ、それについては、おっさんに感謝している」


「じゃ、悪霊じゃないね」


「うーん、まぁ、そうだなぁ、俺にとってはそう、悪くないな」


「じゃ、もらってもいい?」


「だから駄目だってば、つか、おっさん、物じゃねーし」


「綺羅裡!そんな我儘ばかり言うんじゃありませんことよ、お兄さんがお困りになるでしょ」


 それまで無言で運転していたギャルママが見かけによらない丁寧な口調で綺羅裡を窘める。


「ごめんなさいね、一平くん」


「いえいえ」


「一平くんって云うのね、素敵な名前だわ。申し遅れました、私は、法隆寺 花蓮と申します」


「法隆寺、花蓮さん、あの、なんか、すげー、よく分からんけど、ごっつい名前っすね」


「私の家は代々お寺なのです」


「あぁ、なるほど。それで、そんなごっつい名前なんすね」


「だから、ドン引きしないの」←(親も人の話を聞かないタイプ)


「え?」


 花蓮はホンギャーを連呼して空腹を訴える将暉にミルクを飲ませるため側道に車を停車させながらそう言う。


「今の会話を聞いていたら、普通の人ならドン引きすると思いませんこと?」


「おわっ!た、確かに!いきなり悪霊とか小っちゃいおっさんとか、有り得んっすもんね・・・じゃあ・・・」


「ええそう。私も綺羅裡も、そう云うのは視えるし聴こえる。そして綺羅裡は私よりも、いえ、我が法隆寺家が始まって以来の特異能力者でもあるのです」


 一平は車が停車すると、しっかりと計測した粉ミルクを哺乳瓶に投入し、ポットからお湯を注ぎ、肌で温度を確かめ、テキパキと将暉の口に哺乳瓶の乳首を突っ込み、そうしてから、その一連の作業が、まるで無かったかのように驚きの声をあげる。


「えぇぇーー!この茶髪、いや、ヒョウ柄。いや、クソガキ、いや、お嬢ちゃんがぁぁ!」


 そして次に一平はミルクを飲み終えた将暉を抱き上げ背中を叩いてゲップを促し、将暉がゲップをしたのを確認すると、その一連の作業がまるで無かったかのように綺羅裡に話し掛ける。


「おい綺羅裡!ハゲは、ハゲはどんな奴なんだ!教えろ!」


 ・・・すやすやすやぁ・・・


 「っておいっ!一瞬で寝てますやん!おい、綺羅裡、綺羅裡!起きろ!」


 しかし綺羅裡は押しても引いてもびくともしない盤石の石碑の様に、はたまたメディューサに睨まれ石化した人間の様に完全に沈黙してしまった。


「あら、綺羅裡がそんな風になるなんて珍しい」


 運転席から瞬間移動の如く後ろの席に乗り込んでいる花蓮が綺羅裡を覗き見て少し驚いた様にそう言う。


「うわっ!何時の間に!こっちが驚くわ!え?そんな風って、寝てるんじゃないのかこれ」


「寝ているというよりは、まぁ、電池が切れたと云う表現が一番相応しいかもしれませんことよ」


「で、電池って、おいおい、綺羅裡はラジコンかい!」


「一平君、霊、或は魂と云うのは、私達が現実と仮定しているこの世界とは全く違う場所、違うベクトルに居る存在なの。それを視る、それを聴く、それと話す、そういった行為にはね、実はとてつもないエネルギーを必要とするの」


「エネルギー?」


「正確に言うとポジティブな精神的波動」


「ポジティブな精神的、波動、なんじゃそれ?」


「その波動が枯渇すると、こんな風に意識が閉じてしまう」


「おいおい、綺羅裡、大丈夫なのかよ」


「大丈夫ですわ。綺羅裡はまだ幼い故、波動のコントロールが上手く出来ないだけですの。でも、綺羅裡の意識が閉じる等は稀な事、一平君が連れているその、ハゲ、と申す霊、相当、負に傾いた波動を持つ、所謂、悪霊なのかもしれません。一平君、そのハゲと一緒に居て体調に悪影響はありませこと?」←(花蓮さんも早速ハゲ連呼www)


「悪霊て言うな!あ・・・でも、そういえば」


 一平は引っ越しの日の事を思い出した。


「この世に未練を残す魂の負の波動は、悪意に関わらず生きた人間の生気を吸い、その人の前向きな熱を奪う。人に霊が憑りつくと、どんなに元気な人でもやがては生気を失い、本来なら有り得ない死に方をする。特にネガティブな時に憑依されると、瞬く間に死に至る事もしばしばで御座います」


「花蓮さん、その波動とやらはには個人差があるのか?」


「ええ、それは驚くほどに個人差が有りますことよ。そして一平君にはその波動が膨大に有りますの。私はその波動を感じて、さっき貴男に声を掛けた」


「そうなの?仕事にあぶれた可哀想なシングルファーザーだったからじゃなくて?」


「もちろん、それもありますことよ、しかし・・・」


「しかし?」


「一番の理由は、一平君が、私のタイプだったから」


 花蓮はそう言うと一平の顔に蛇にも似た妖艶な動きで自らの顔を寄せる。


「ねぇ、一平くんは、私の事、どう思われます?」


 花蓮の唇が一平の唇の僅か一センチ付近でそう動く。


「ど、どうって、いや、ちょっと、ち、近いんですけど、とっても」


「こんな強引なのはお嫌いかしら」


「いや、その、全然お嫌いではありませんが、あの、こ、こんな展開、予想だにしなかったので」


「ドキドキしている、のね?」


「すいません、ド、ドキドキして、あんな事や、こ、こんな事をしたいのですが、将暉を抱いているのでどうにもなりません」


「じゃ、将暉くんを手放して腕を自由にすればよろしいんじゃありませんこと?」


「そ、それは出来ません、お、俺は、脱皮したんです」


「あら、包茎だったのね?」


「ちがーーーう!そっちじゃなくて、に、人間として一皮、む、剥けたのであります」


「人間として?」


「そう、俺は数日前までは気の身、気のままに生きて来た男でした、でも、将暉を育てるって覚悟して、単なる男から、父親に、その、脱皮したんです。だから、俺は、男である前に、父親でいなければならんのです」


「数日前って、一平くん、将暉くんはまさか一平君の子供じゃない、って事ですの?」


「はい、あの、事情を説明しますんで、少しその、離れてもらっていいですか?近い近い近い!」


 花蓮は一平に言われ一センチの距離から顔を五センチの距離に離した。


「いやいやいや、もっと離れましょ、取り敢えず、もうちょい離れましょ」


「もう!じゃこれくらいならいいのかしら?」


 花蓮は不服そうにしながら五センチの距離を一気に三十センチの距離まで後退した。


「ちかっ!、パーソナルスペース狭っ!」


 一平はこれ以上の距離は言語道断だと言わんばかりの顔で一平を睨む花蓮に対し、諦め顔で事の顛末を説明した。


「だから俺はこいつを絶対に離さない。俺みたいな寂しい思いをさせないと誓ったんです」


 ・・・一平くん・・・萌えるわ・・・


 花蓮は一平と将暉の経緯を聞いた途端、速攻でいつもの人の話を聞かない人に立ち戻っていた。


「一平君、もしかしたら、貴男なら、出来るかもしれない」


「出来る?なにが出来るんすか?おむつの交換はもうプロだけど、綺羅裡はもうオムツしてないっすよね?」


「行くわよ!」


そう言うと花蓮は一平の話は一切聞かず、またテレポートの様な速さで運転席に戻り車を足らせ始めた。



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