第19話 知人

「ふぁあぁ……」


 ジャッジョーロのドアを開けて早々に、舞那は大きめな欠伸をしてみせた。


「いらっしゃいませ。今日は随分と眠そうね」


 舞那の欠伸をからかうように、カウンター越しに菜々香が言った。しかし舞那は恥ずかしがる素振りなどは一切見せず、カウンター席の奥から3番目の椅子に座った。

 1番奥の椅子には理央、2番目の椅子には撫子が既に座っている。理央も入店直後の欠伸を聞いていたのか、呆れたような顔を見せていた。


「まだ16時だってのに、もうおねむさん?」

「さっきまで寝てたんだもん……欠伸くらいさせ……ふぁあぁ……」

「ああ、もしかして廣瀬さんに会ったんですか?」

「そゆこと。朝帰りして寝たら……もうこんな時間。菜々香さん、寝起きに効くブラックを……」

「はーい」


 雪希に会ったということは、深夜の巡回を共に行ったということ。つまりは、一時的に夜型人間になったということ。未だ舞那が寝起き状態から抜け出せないのも仕方がない。


「廣瀬に会った、か……ちゃんと話せた?」

「巡回中はずっと話してましたよ。結構趣味とかが共通してたんで、気付けば朝って感じでした」

「へぇ、私なんて殆ど話してくれなかったのに」


 以前、コミュニティ内最年長の理央が、雪希との接触を図ったことがある。しかしながら、殆ど会話をすることなく、雪希は理央の前から去った。

 その日以降、理央は雪希との接触を諦め、コミュニティへの勧誘も辞めた。

 第一印象があまり良くなかった為か、理央は雪希のことがあまり好きではない。その為か、少し不機嫌そうな顔を見せながら言葉を発している。


「一応、今日も一緒に巡回する予定なんですよ」

「誘わないでね」

「誘いませんよ。私と雪希が過ごす時間に、他の人なんて入れたくないですから」


 舞那の発言を聞き、菜々香は少しニヤつきながら、ブラックコーヒーを舞那の前に置いた。


「なぁに? 舞那ってば廣瀬ともうそんな仲になったの?」

「まだ友達だけど、少なくとも理央さんよりは仲良いですよ」

「ガーン! 私との友情なんてその程度だったのね!」


 棒読みで悲しみを語る理央を横目に、舞那はブラックコーヒーを1口。そのあまりの苦さに舞那は唇を固く締めたが、なんとなく目が覚めたような気がした。


「そう言えば、廣瀬さんの知人が1人、色彩少女に居ましたよね」


 棒読みの理央は、下手に関わると長々と面倒になる。そのことを理解している撫子は、この場の空気を切り替える為に、別の色彩少女の話題を出した。


「えーっと……名前、なんだっけ? 聞いたような気がするけど覚えてないや」

「私も覚えてないですね。その存在と色しか把握していないのが現状です」

「雪希に知人? 雪希は特に何も言ってなかったけど……」


 昨晩の巡回時に展開した会話は、色彩少女に関する話題よりも、色彩少女が全く関係しない話題の方が多かった。さらに、互いの交友関係なども殆ど話題に出さなかった為に、知人友人の中に居る色彩少女についても話さなかった。

 しかしここで舞那は、雪希に色彩少女の知人が居ることを知った。別に嫉妬などはしていないが、少しその知人とやらが気になり始めた。


「私達もアイリスからちょっとだけ聞いたくらいで、廣瀬とその知人がどの程度の仲なのかは知らないんだよね。けど話題に出さなかったってことは、知人ではあっても友達じゃないとか?」

「或いは、知人ではあっても、互いに色彩少女であることを知らない。というのも考えられますね」


 アイリスは、色彩少女のプロフィールや人間関係をほぼ完全に把握している。とは言えその把握とは個人情報の把握。容易く他人に話すことは無く、仮に聞かれたとしても、名前や担当する色くらいしか話さない。

 理央に「青の色彩少女」として尋ねられた際に、アイリスは龍華の名と、雪希と知人であるということしか話さなかった。


「そっか……因みにその知人さんの担当してる色って?」

「えっと、青、ですね」


 担当する色は青。その情報を聞いた時、舞那は思わず「え!?」と大きな声を漏らした。幸い、今日も店内には舞那達しか居ない為、他の誰にも迷惑をかけていない。

 強いて言えば、カウンターの奥にあるキッチンで料理の下準備をしている菜々香が、ビクリと体を震わせた程度である。


「もしかして、青の人とお知り合いなんですか?」

「知り合い……というか、恩人かな」

「恩人?」

「色彩少女になる前、プロキシーから追われてた私を助けてくれて……あと、その日に別のプロキシーから私を守ろうとしてくれて……」


 そこから先の言葉を紡ぐことを、舞那の舌が拒絶し、意図せず発言を中断した。

 青の色彩少女。それは間違いなく、舞那をプロキシーから救った龍華のことである。しかしながら、龍華との出会いにまで遡れば、プロキシーと化した杏樹の姿と、自らの手で杏樹を殺した記憶が伴う。

 舞那は未だ、杏樹失踪の真相を誰にも話していない。杏樹のクラスメイトである日向子にも、沙織にも、ずっと隠している。

 隠しているからこそ、当時の記憶が蘇る度に、舌が動かなくなる。口を滑らせないためにも。そして、トラウマにも相当する当時の記憶を理由に、自身の心に影を掛けないためにも。


「へえ……まさか舞那が既に会ってたなんて。どんな人だったの?」

「最初の印象は、ヒーローみたいだなって。死ぬほど怖かった私を2度も救ってくれたから。けど今の印象は……正直、よく分からない」

「分からない?」

「……信頼していいんだろうけど、なんだか怖くて、けど、ただ怖いだけじゃないような……」

「ん~、確かによくわかんないや」


 理央も撫子も、龍華とは会ったことがない。故に舞那の話だけでは、その人物像シルエットすらイメージできない。

 舞那自身、未だに龍華のことをあまり理解できていない。そもそも、初めてプロキシーと色彩少女に遭遇した当日であり、且つ杏樹の死を目撃した直後であった為、脳が零さずに理解できる情報などそれほど多くなかった。

 ただ、龍華の口から聞いた、「プロキシーになった母親を自分の手で殺した気分、あなたに分かる?」という言葉は覚えている。あの言葉が龍華の真実を表しているのであれば、龍華は、母親を死なせながらも、誰かを守ろうと戦い続けられる程に、強い心を持っているのだと分かる。

 そしてその言葉と同時に、ずっと気になっている"もう1つの言葉"がある。


 ―――変身しちゃダメ。戦っちゃダメ。


 舞那が変身しようとしたその時、龍華が言った言葉である。

 変身するな、戦うな。色彩少女の仲間が増えようとしていることを拒むような発言にも聞こえるが、その真意は分からない。

 戦いが終わった後の龍華は、守ってくれていた時から手のひらを返したように、優しさではなく冷たさを全面に押し出していた。挙句、色彩少女を辞めろとまで言った。

 仲間が増えたことを喜ぶ訳ではなく、同類が増えて寧ろ苛ついているようにも思えてきた。


 ―――犬飼さんは、何で1人になろうとするの?


 コミュニティにも所属せず、仲間というなの戦闘要員が増えたことも喜ばない龍華。

 改めて考えた舞那は、龍華が孤独を求めているのではないかという思考に至った。とは言えやはり、その思考が事実であるのかも分からないし、仮に事実であったとしても、孤独を求める理由も検討つかない。

 龍華の思考や真実を理解するには、自分はまだ弱く、浅すぎる。そう感じた舞那は、脳と体に薬を与えるように、相変わらず苦いブラックコーヒーを飲んだ。

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