第18話 友達

 馴染みのない公園の、背の低いベンチに座り、舞那は雪希の来訪を待つ。

 撫子から、雪希についての最低限の話を聞いた。昼間は眠り、夜に活動する、所謂夜型人間であり、自転車で街の中を駆け巡る。あとは名前や高校など、本当に最低限のことである。

 その話を聞き、舞那は決意した。雪希と会い、雪希と友人になろうと。

 舞那は友人が少ない。故に分かる。普通の学生として生きることを放棄した夜型人間である雪希には、友人と接する機会など無いと。

 友人に"なってあげよう"という同情の気持ちではない。ただ、心のどこかに常に在り続ける寂寥感が、夜型人間という雪希の境遇に共鳴したのだ。

 日付は変わり、既に土曜日。今日は学校が休みであるため、徹夜をしても問題は無い。女子高生が深夜に1人で出歩くという行為には僅かな背徳感があるが、雪希と友人になりたいという欲に比べれば、その背徳感など視野の外である。

 母は故人。父は仕事の都合で家に居ないことの方が多い。今日も父は居ない。恐らく舞那は、今日ほど父が居ないことを嬉しく思った日はないだろう。


「……っ!」


 視界の一部が明るくなり、雪希の到着を察した舞那。緊張なのか、若干猫背気味だった舞那の背中はピンと真っ直ぐになった。


「居た……」


 公園の入口には、コの字型のポールが立てられている為、公園の中には入らずに停車。下車し、スタンドを立て、雪希は公園の入口から舞那を確認した。


「私に会いたいって人……あなた?」

「ははははははいいいい!!」

「っ!?」


 ただ一言、はい、というだけなのだが、緊張しているのか、舞那は裏返りかけた声で長めの「はい」で応えた。

 予想外の反応に雪希も驚きを隠せず、瞼が半分閉じた気だるそうな目がパッと開いた。


「え、えと、その……と、友達! なりませんか!?」


 舞那の脳内は、真っ白。第一印象が大事であると、ファーストコンタクトこそが大事であると、そう考えていた。

 しかし、その重要な局面で、舞那の脳内はリセットされた。

 ただシンプルに、友達になりたいという感情だけが残り、それでいて先走り、結果、初対面でいきなり驚きを促すような発言をしてしまった。

 いや、舞那がここまで狂うのも仕方がない。何故なら、舞那が自分から友達を作ろうとしたことは、今までに無い。日向子も、沙織も、杏樹も、舞那の受け身な部分を踏まえた上で距離を詰めてきた為、気付けば舞那の友達になっていた。

 今回は違う。今回は、舞那から友達になろうと誘う。その気持ちを改めて身体中に巡らせ、舞那は軽く咳払いをして呼吸を整えた。


「何で、私と友達になりたいの?」

「何となく……じゃ、ダメ?」

「ダメじゃないけど……私と友達になったって楽しくないよ?」

「楽しいかどうかは私が決める。それに私は、友達に楽しさだけを求めてる訳じゃないし」

「じゃあ他には何を? 信用、とか?」


 信用。その言葉を雪希が吐いた途端に、舞那は少し不機嫌そうな顔を浮かべた。


「50点。私が求めるのは信頼」

「……何が違うの? 相手を信じるってことは一緒でしょ?」

「その相手を用いるか、それとも頼るか。信じることは同じでも全然違う」


 舞那は信用という言葉が好きではないが、信頼という言葉は好きである。

 信用という字を分ければ、"信"じる相手を"用"いると書く。しかし信頼という字を分ければ、"信"じる相手を"頼"ると書く。

 用いることと頼ること。受け手としては、用いられるか、頼られるか。改めて考えてみれば、人でありながら「用いられる」というのは、あまり気持ちのいい表現ではない。


「ならあなたは、私を信じて、挙句頼るの?」

「信じたいし頼りたい。いつかは、廣瀬さんに私を信じて、頼られるくらいになりたい」


 対面して以降、互いに一度も名乗っていない。しかし舞那は、雪希の名を既に撫子から聞いている。

 名前しか聞いていない。雪希がどのような人間なのかということは殆ど知らない。舞那の表情を見ていると、雪希はそのことを容易に理解できた。


「……信じて、信じられるには、私はまだたなたを知らない」

「だったらなんだって聞いて。答えられるような質問には極力答えるから」

「……走りながら話さない? 巡回もしなきゃだから」

「っ! いいよ勿論!」


 舞那は愛車のロードバイクを持ち上げ、公園入口のポールを抜けた。


「なら改めて。廣瀬ひろせ雪希ゆき。苗字で呼ばれるのは好きじゃないから、出来れば名前で呼んで」

「了解。私は木場舞那。私のことも名前で呼んでくれていいよ」


 2人は各々の自転車に跨り、ハンドルを握り、ペダルに足を置いた。


「舞那……いい名前」

「雪希だって綺麗な名前」

「……初めて言われた。よし、なら行くよ、舞那」

「あいよ」


 なんだかんだ、とりあえず2人は名前で呼び合う仲にはなったのだが、結局この日はプロキシーの出現は無く、ただ走るだけ走って2人は帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る