月と太陽
第16話 夜
滾る太陽が沈み、酷く明るい月が浮かんだ。雲は無く、煌めく星々もよく見える。
街は静まり返った。既に日付は変わり、家の光も随分と少なくなったからである。
「それじゃ行ってくるね、姉さん」
ドレッサーに立てかけられた小さな遺影を見て、
◇◇◇
コミュニティの場であるジャッジョーロ。最初は中々慣れなかったが、なんとか慣れる為に足繁く通った甲斐があり、舞那は遂に、ジャッジョーロの外観とコミュニティの空気に慣れた。
最初は、店主の菜々香との会話も少なく、マイルドコミュ障の発作も置き、折角のドルチェの味もあまり分からなかった。
今ではもう、菜々香のことを「店主さん」ではなく、「菜々香さん」と呼ぶようになり、共通の趣味を話題の種にして随分と話すようになった。
「こんにちわ」
今日もまた、舞那はジャッジョーロを訪れた。日向子と沙織はバイトがある為、今日は不在。故に来店は舞那1人である。
入店すると、テーブル席のソファに座った撫子と目が合った。
舞那は来店を繰り返していくうちに、菜々香だけでなく、理央と撫子の2人とも仲良くなった。特に撫子は、来店のタイミングが重なることが多く、話す機会が最も多い。
「相席でいい?」
「はい、勿論」
舞那はテーブル席に向かい、撫子の対面にあるソファに座る。着席早々に、舞那はカプチーノを注文した。
「珍しいですね、舞那さんがコーヒーなんて」
撫子が言うと、舞那は「あぁ~」と腑抜けた声を漏らした。
舞那は普段、コーヒーは注文しない。基本的には紅茶を注文し、たまにハーブティーを注文することもある。
しかし今日、舞那はカプチーノを注文した。ジャッジョーロに通い始めて初の注文である。
「いや、コーヒー飲むんだよ? 紅茶が優先的なだけで。今日は何だかカプチーノの気分だったから……」
「なるほど……本来は優先順位が低いものなのに、唐突に優先してしまったと。まあ、私もよくありますね」
色彩少女関連の会話の前に、色彩少女とは無関係な話を置く。これはいつものパターンであるが、今日の会話は、いつも以上につまらない会話だった。
「理央さんはまた生徒会の仕事?」
「はい、相変わらず。最近は帰りも少し遅いようで、おかげで睡眠時間が減ったとか愚痴ってました」
なんでもない、色彩少女とは関係の無い話。そのつもりであったが、舞那はその会話の中で、唐突に色彩少女関連の疑問を抱いた。
「お待たせしました」
色彩少女関連の会話が始まるゴングとして、舞那の注文したカプチーノがテーブルに置かれた。
「そういやプロキシーって、日中にしか現れないの?」
これまで考えそうで考えてこなかった疑問。それは、プロキシーの出現時間について。
撫子が色彩少女になり、既に1ヶ月が経過した。しかしその中で、舞那が関わったプロキシーとの戦闘は、全てが日中であった。
プロキシーは、太陽が沈めば動かないのか。そんな仮説さえ立てたが、舞那の疑問に対する答えは、案外あっさりと吐き出された。
「プロキシーは24時間、どのタイミングで現れるかは分かりません。ただ、日中が多いというのは事実です。アイリス曰く、活動する人間の数が多い時間帯に沿って、プロキシーも活発になるらしいです」
「……つまり、夜でもプロキシーは現れるの?」
「現れますね。しかし一度睡眠状態に入ってしまえば、私達の同調は効きません」
プロキシーが出現すれば、近隣の色彩少女が同調し、出現場所を瞬時に把握できる。
しかし同調とは、脳と意識が活動状態にある場合に機能しているものである。正確には常に機能しているが、脳が同調に反応しても、意識が同調に気付かないのだ。
睡眠とは、即ちスリープ状態。機能の使用に制限がかかる。寧ろ使えない場合もある。それは機械も、人間も然り。
「ですがご安心を。1人だけ、夜にのみ活動をしている色彩少女がいるんです。彼女の戦闘力は、現状私達の中では最強。彼女に任せておけば、私達は夜に眠ることができます」
夜担当の色彩少女。それは即ち、夜に眠ることなく、街の中を動き回り、プロキシーの出現に備えなければならないということ。しかしその言葉の真の意味を、舞那は理解していない。
「夜だけ? ってことはこの店にも来ないの?」
「ええ、来ません。そもそも、その……彼女は、コミュニティに所属してはいないんです」
「……あぁ、戦いはソロプレイ派?」
「まあ、そんな感じです。彼女の場合、仲間以前に、そもそも友人が居るのかも怪しいですが……」
「友人…………あ、もしかして……学校、行ってないの?」
舞那は、夜担当という真の意味を理解した。
夜にのみ活動するということは、他の色彩少女が出動できる時間、即ち日中には活動しないということ。
では、活動しない日中はどうしているのか。簡単である。寝ている。
人間、3日も寝ずにいれば、即座に体に影響が出る。一応、1人の人間が11日と数分程度、不眠状態を維持したという記録はあるが、それは異例中の異例。普通の人間であれば大抵3日から4日が活動限界である。
日中に学生として学校へ行き、夜には寝ずに街の巡回。そんな生活を続けていれば、やがて過労で死ぬ。
故に至った答えが、学校に行かないということ。昼夜を逆転させ、普通の人間とは違う生活スタイルで生きるということである。
「彼女、学校にも行ってないですし、他人に対する態度もあまり良くないので、恐らく友人は少ないと思われます。もう既にソロプレイ同然の人生を歩んでいる可能性も高いでしょう」
「ふぅん…………ねぇ撫子……」
「っ? はい……」
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