第15話 コミュニティ

「コミュニティ?」


 戦いを終え、再び帰路についた舞那達は、互いを色彩少女と理解した上で話をしていた。


「そ。色彩少女は敵同士じゃなくて仲間同士。だったらお互いのことをよく知って、信頼関係を築いておく必要があると思うの」

「そこでウチらが決めたんがコミュニティ。1つの店でみんなが集まって、一緒にご飯食べたり、一緒にお話したり……まあ要するに、仲良くやろや~……ってこと」


 今日のテストが終わり、舞那は帰宅して眠るつもりだった。しかしプロキシーとの戦闘を経て、日向子と沙織が色彩少女であることを知り、舞那の睡魔は失せた。

 日向子と沙織は、舞那の睡魔が失せたことを知ると、舞那に色彩少女のあれこれを説明することにした。


「つまり、そのコミュニティに私が混ざるってこと?」

「そそ」

「仲間入りやね」


 色彩少女にはコミュニティというものがある。パーティ、或いはギルドのようなものである。

 コミュニティに入れば、どうなるのか。

 とりあえずは、メッセージアプリのグループに招待され、メンバー全員のアカウントを登録する。メンバーのことを最低限の深さまで知ることが、コミュニティを良好に保つ条件である。

 そして、交流の場となる特定の飲食店に定期的に顔を出す。SNSでのやりとりだけでも問題は無いのだろうが、実際に顔を合わせ、文面ではなく喉から出た言葉で会話をすることこそが必要なのだ。

 後は、その交流の場とやらを覚える必要がある。

 舞那は考えた。否、改め、アニメや特撮が好きな舞那は考えた。

 交流の場とは即ち、人知れず化物プロキシーと戦い続ける者達の集いの場。全国チェーンのカフェや、全国チェーンのファーストフード店などではなく、身を潜めるように営業をする隠れ家的な店なのではないかと舞那は予想した。

 昼はカフェ。夜はバー。2つの顔を持つ静かな店。そんな場所なのだろうと。

 きっとそんな場所なのだろう!

 ……と、半ばワクワクしながら歩いた。


「着いたよ」

「……ここ?」


 そこは、決して大きな店ではなかった。普通の喫茶店と同じような、小さな店である。その外観は決して隠れ家的な店とは言えない程、少々奇抜、否、奇怪だった。

 店の壁はチェック柄。黒と白と灰の、無彩色。

 屋根を造る木の板は、四色問題のように色がバラバラで、赤、青、黄、橙、紫、緑の6色が並べられている。

 外と中を隔てる窓は、外観に似合わぬ磨りガラス。

 入口となるドアは、金と銀の2色。

 店の周りには、あらゆる種類の多肉植物。中には食虫植物までも。

 長時間見つめていれば目がチカチカとするような、少なくとも、飲食店には見えないような不気味は外観だった。


「えっと……因みにこれ、飲食店?」

「いぇーす。ジャッジョーロ。イタリア料理店と喫茶店を合わせた変わったお店」

「イイイイイイイタリア料理!? 高いんじゃないの!?」

「安い料理もあるし高い料理もある。ドルチェもレモンティーも美味しいけど、ウチら高校生の財布に優しい値段やで」


 色彩少女のコミュニティの場。それがこのジャッジョーロという店。イタリア料理と喫茶店が融合した、少々変わった店である。

 その奇抜な外観が災いし、ジャッジョーロの新規客はあまり多くない。逆にこの店に慣れてしまった常連は多く、「知る人ぞ知る隠れる気の無い隠れ家名店」とされている……らしい。


「ま、とりあえず入ろ入ろ」


 日向子と沙織に手を引かれ、舞那は恐る恐る入店。ドアを開けると、カランコロンとベルが鳴り、そこだけは喫茶店のようだった。


「いらっしゃい……あら、今日は3人なのね」


 外観とは異なり、白と黒の多いゴシックな店内。

 カウンターの置くには店主であろう若い女性が立ち、カウンター席には他校の制服を着た女子高生が2人座っている。テーブル席も2組分はあるが、1組も座っていない。


「今日からNew Faceです。テーブル席OKですか?」

「どうぞ」


 店主がニコリと微笑んだ。

 舞那達3人は店の奥側にあるテーブル席に座った。すると丁度、そのテーブル席の前に、カウンター席に座る2人組の女子高生の背中が見える。

 舞那は既に察している。この2人組は、コミュニティの一部。即ち色彩少女でろうと。


「はい、メニュー」


 テーブル席の隅に立てかけられた、冊子状のメニュー表。日向子はメニューを手に取り、対面して座る舞那に手渡す。日向子と沙織は既に注文を決めているのか、メニュー表には目を通さない。

 舞那はメニュー表をペラペラと捲り、目を通す。イタリア料理の料理名など殆ど知らない舞那だが、料理名の下に短い解説文が綴られているため安心した様子。


「……沙織のオススメにする」

「Stay! 何で私のオススメは聞かないの?」

「日向子の舌は信頼できないもん」


 直接言ってはいないが、日向子が限りなく味覚音痴に近いことをひけらかした舞那。すると、日向子の隣に座った沙織が失笑し、ほぼ同時に、2人組の女子高生と店主も失笑した。

 日向子と舞那以外の全員に失笑された日向子は、不満げに軽く頬を膨らませた。


「そうやね……舞那の舌やったら、ストレートティーとモンブランとかは?」

「モンブラン!」

「いい反応。ならそれでえぇね」


 舞那達の会話を聞いてた店主は、グラス拭きを一時中断した。


菜々香ななかさん、注文ええです?」

「どうぞ」

「この子にはモンブランとストレートティー。ウチはマロウブルーといちごショートで」

「私はミルクティー砂糖マシマシで。あ、あとブルスケッタを」


 先程の失笑が余程効いたのか、日向子の声のトーンはいつもより少し低く、抑揚も無かった。


「さて、では改めて…………舞那、ようこそコミュニティへ」


 発言通り改まった態度で舞那を歓迎した沙織。

 とは言え、ただ店に入り、ただ注文しただけでは、件のコミュニティの仲間入りをしたという実感が湧かない。

 故に歓迎されてはいるものの、舞那の感情に起伏は生じなかった。


「さっきの戦いで分かったやろうけど、ウチは黒で、日向子は白。んでもって、そこに座っとる他校の2人が黄色と橙色」


 沙織が軽く指をさすと、舞那達に背を向けて座っていた2人組の女子高生が、回転椅子に座ったままゆっくりと振り向いてきた。

 

渦音うずね学園3年の笹部ささべ理央りお。私の担当は黄色……よろしくね、新人ちゃん」


 2人組の片割れ。ダークブラウンの長髪をポニーテールにした女子生徒が名乗った。

 理央はこの場に居る高校生の中では最年長となる3年生。そして名乗ってはいないが、渦音学園の生徒会長を務めている。

 おっとりとした表情と優しい喋り方は、初対面である舞那の心のガードさえ緩め、「優しそうなお姉様」という最高の第一印象を与えた。


「渦音学園1年、常磐ときわ撫子なでしこと申します。色彩少女としては、橙色を担当しています」


 理央の隣の席に座る、少し長めな黒髪を三つ編みにした女子生徒が名乗った。

 撫子の声は、優しく、高く、それでいて何処か色気さえ感じる独特な声質で、舞那には「えろ可愛い萌声の低身長三つ編み敬語1年生」という少々アブノーマルな香りのする第一印象を与えた。

 撫子の敬語は、舞那を年上だと拝察したが故のものではない。撫子は普段から、相手が同い年だろうが年下だろうが、話す時は必ず敬語を用いるようにしている。これは日向子の英語混じりのようなキャラ付けではなく、ただ単純に、幼少期からの癖である。


「そんで最後に、この店の店主……菜々香さん」


 最後に紹介されたのは、ジャッジョーロの店主である虹衣こない菜々香ななか


「よろしくね」


 菜々香は優しく微笑みながら、日向子の注文したミルクティーに角砂糖を落とした。

 菜々香は色彩少女ではない。色彩少女を引退した、という訳でもない。しかし色彩少女の存在とその内容を知っている。

 故にこの場で色彩少女のコミュニティがどんなことを話そうとも、菜々香に気を遣うことも、変に隠すこともない。


「ならご紹介。新入りの舞那でーす」


 司会進行を務めていた沙織が、今度は舞那に自己紹介のターンを回した。

 話を振られた舞那だが、未だ名乗ってすらいないことは理解していた為、特に慌てる様子も見せず、沙織のフリにも難なく応えた。


「はじめまして、木場舞那です。緑を担当してますが、色彩少女になったばっかなので、その……まだ弱いです! よろしくお願いします!」


 弱い、というアピールが何故か強めな自己紹介を終えた舞那。理央達は「よろしく」と返し、互いの自己紹介は案外あっさりと終了した。

 さてさて、この瞬間を以て、舞那はコミュニティの仲間入りになった。昔から憧れていた「特定の場所に仲間と集まる」というシチュエーションを体験し、完全には回復していなかった舞那のメンタルは、少しずつ回復していった。

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