第14話 傍観

 日向子と沙織の視界を染め上げたのは、鮮血。しかしその鮮血は決して赤くはなく、溶けた抹茶アイスのような緑色。

 色彩少女の血液の色は?

 無論、人間と同じ。

 では、変身した色彩少女の血液の色は?

 変わらず、人間と同じ。

 即ち、日向子と沙織、そして舞那の視界を染めたのは、舞那の血ではない。


「は……?」


 背後から舞那を攻撃しようと走ってきた緑のプロキシーが、何故か、舞那を眼前にしてその足を止めていた。そして何故か、プロキシーの背中から緑色の血が噴出している。

 日向子の攻撃でも、沙織の攻撃でもない。舞那の攻撃でさえない。未だ舞那は黄色のプロキシーに馬乗りの状態であり、且つ、槍は路上に捨ててある。プロキシーの体に裂傷を与える術など無い。

 色彩少女の助太刀か、とも考えたが、周りには誰も居ない。誰も居ないはずなのに、プロキシーの背中が裂けているのだ。


「あなたはここで死ぬべきじゃない」


 舞那は、確かにその声を聞いた。小さな声であったが、その声は確実に、舞那に対して発せられていた。

 日向子と沙織は、距離の都合上、その声を認識していない。舞那にしか聞こえていない。

 その声の主がプロキシーを攻撃したのであれば、確実にこの場に居る全員の視界に入っているはずである。しかし、やはり誰も居ない。


「誰……なの……?」


 何処から聞こえた、誰かも分からない声に、舞那が問う。即座にその答えは帰ってこなかったが、回答の代わりのつもりか、舞那の眼前で緑のプロキシーの首が突如切断され、鈍い音を立てて重い頭が落下した。


「味方、なの?」


 再び、舞那が問う。

 謎の声の主からの返答が訪れるよりも先に、首を切り押されたプロキシーは膝から崩れ落ちた。


「味方じゃない」


 返答の直後、舞那の下で転がっていたプロキシーの首が裂け、少なくなっていた黄色の血液が僅かに噴出した。


「殺すことには慣れなくていい。この戦いに於いて、死は救済と同義。命を奪うんじゃなく、救っていると考えて」

「誰なの? 敵なら、何故私を助けたの?」

「ここで死ぬべきじゃない。だから助けた。あなたが今後、誰かの希望になるかもしれないから」


 決して遠くから聞こえる声ではない。寧ろすぐ近くから聞こえる。それでも、一体その声の主が何処に居るのかが分からない。

 まるで、声の主は透明人間のようである。声はするのに姿が見えない。


「何処に居るの?」

「また会える」

「今ここで会ってよ!」

「今じゃない」


 その言葉を最後に、舞那がいくら声をかけても、透明人間からの返答は無くなった。恐らく、もう既に舞那の近くから居なくなっているのだろう。


「……あ! 舞那!」


 緑のプロキシーの、唐突且つ謎な死。見えない誰かと話す舞那。そんな状況を前に、言動を完全に中断していた日向子と沙織は、ようやく動き出した。

 伝染したプロキシーも、馬乗りに付き合わされていたプロキシーも死亡したことを確認した為、3人は合流直後に変身を解除した。




「まさか、シナリオが狂わされるとはね」


 改修工事が行われている建物の足場に座り、舞那達の戦いを観察していたアイリスが、不満げに呟いた。アイリスの髪色は昨日とは異なり、桜の花弁のような薄い桃色。

 アイリスの隣には、1人の少女が座っている。少女はアイリスよりも髪が短く、ショートボブ。一応、少女の髪は黒髪だが、パッと見ると灰色に見える。その理由は酷く単純。この少女の毛髪には、白髪が多いのだ。

 年齢は舞那達と同じくらい。その容姿とは明らかに不釣り合いな、白髪の量なのだ。

 少女も、アイリスと同じ白の病衣を纏っており、その体つきは、アイリスよりも華奢。アイリスと同じサイズであろう病衣が、少し大きくも見えてしまう。


「あのプロキシー殺したのって、アズナ?」


 少女は、緑のプロキシーを殺した者の正体に気付いている。その"アズナ"というのがどのような人物であり、どのような力を以てプロキシーを殺したのかも理解している。


「だね。全く……シナリオを歪めるなんて、彼女も随分と野蛮になったものだ」


 普段は飄々とした雰囲気を放つボクっ娘のアイリスだが、今回の件に関しては相当頭に来ているようで、声もいつもより低く、眉を潜めて皺を寄せている。

 ただ、アイリスの隣に座る少女は一切不機嫌そうな態度を見せず、寧ろ、閉じた口の両端が僅かに緩み、嬉しそうにも見える。


「シナリオは所詮シナリオ。私の知らない、私の想像力を超えたストーリーが展開されていくのなら、シナリオを歪められても文句は無いな」

「いいのかい? これは君が見たいものだろう?」

「私が見たいのは私の理想じゃない。私の理想を踏襲した、私の知らない現実リアルだもの」


 恍惚とした笑みを浮かべる少女。アイリスはそんな少女の表情に見蕩れ、軽く咳払いをした後に、発言を改めた。


「……君がこれを良しとし、君がそう望むのであれば、僕も文句は言わない」

「ありがと、アイリス」

「問題無いよ。さて、今この瞬間ときを以て、この物語の終幕へ至る経緯は分からなくなった訳だが……君はどうなると思う?」


 アイリスに問われ、少女は少し悩み、首を傾げる。悩む最中、少女は眉を少しだけ傾け、無意識に唇を尖らせる。そんな少女を見つめるアイリスの表情は、とても穏やかであった。


「意外と、舞那が舞台ステージ上手かみてに立つことになるかもね」

「ここで死ぬはずだった登場人物が主役へ成長する、か……案外ありえない話でもないね」

「でしょ? いやぁ、楽しみだね。今後の舞那と、シナリオを狂わせるアズナ達……全く予想できないや」

「予想ができないから楽しんでいられる、というのも事実か。香楠かなん、君は本当に物語が好きなんだね」

「大好き。見るのも、作るのも、ね」


 少女の名は香楠かなん海影みかげ香楠かなんという。

 香楠とアイリスがどういった関係性なのか。何故2人は舞那達の戦いを他人事のように傍観しているのか。また、2人は一体何を知り、何を求めているのか。それらの全ては、少なくともこの2人にしか分からない。


「次に起こる大きな出来事は……予定通りだと、理央りお……だったかな、確か」

「ああ。笹部ささべ理央りおの死だが……木場きば舞那まいなの死が回避された今、その予定も崩れるかもしれないね」

「メインキャラの死が回避される……そんなグッドエンドは想定してないけど、実現するなら見てみたいかも」


 今日の、この戦いを生き残った舞那を見つめながら、香楠は僅かに微笑んだ。

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