第13話 慣れ

 白の色彩少女、そして白のプロキシーは、他の色の個体に比べて腕力に長ける。

 プロキシーは武器を持たない。全ての色、全ての個体が武器を持たない。何故なら自らの体が既に、武器として機能している。

 色彩少女は武器を持つ。9色、最大9人が、それぞれの色の武器を持つ。何故なら色彩少女はプロキシーに対し、体格の違いというハンデがある。

 体格の差はあれど、白の色彩少女が発揮できる腕力、及び腕力を利用した攻撃力は、プロキシーに劣らない。

 白の色彩少女に与えられた武器は、殺傷能力も、何の能力も無い、ただの盾。


 ―――右ストレート、左フック、右アッパー!


 しかし、日向子はその盾を使わない。持ち前の動体視力を最大限活用し、プロキシーの連続パンチ技を見事に回避する。寧ろここで、盾を用いて連撃を防御してしまえば、盾と自身の腕で視界を遮られて戦いに支障が出てしまう。

 攻撃を回避していく中で、攻撃と追撃の間に生まれる僅かな隙を見つける。どちらの腕のどのような攻撃の後に、最も隙を出しやすいのかを。


 ―――左フックと左ストレート……というか左手の攻撃の後に若干だけど隙が生まれる。ガタイは良いけど案外鈍い。ただ問題は……紫だってことか。


 色彩少女とプロキシーに於ける紫の特徴は、露骨な身体能力強化などではない。しかしながら、決して弱い訳ではない。

 紫の特徴。それは、動体視力重視のステータス。

 身体能力自体は比較的バランスタイプではあるが、紫は白よりもスピードに長け、且つ、動体視力が普通の人間の程度ではない。

 動体視力が人間を超えていれば、攻撃の回避は勿論、相手の僅かな動きを元に行動を先読みすることさえできる。

 白の色彩少女は、腕力に長ける。その腕力を用いた全力パンチを喰らわせれば、紫のプロキシーなど一撃でノックアウトできる。ただ問題なのは、白の色彩少女の攻撃速度は緑の色彩少女に大きく劣るということ。

 もしも日向子の一撃必殺同然の攻撃が回避されれば、回避直後の反撃を喰らう可能性がある。その反撃が確実に致命傷となる訳では無いが、少なくとも、劣勢に立たされることは確実。

 攻撃の狙い目は、紫の動体視力から行動に至るまでの隙。その一点を確実に捉え、その一撃で確実に仕留める。

 そして日向子が至った答えとは。


 ―――左ストレートよりも左フックの方が隙が大きい気がした……なら左フック直後に決める!


 プロキシーが繰り出した2度目の左フック。1度目に比べ角度が調節され、拳には1度目を超える殺意が込められている。

 しかし日向子からすれば、いくら拳に殺意を込めたところで、避けてしまえばただの微風に過ぎない。


「遅い!」


 回避は容易かった。身を乗り出し、プロキシーの拳の内側、つまりはプロキシーの眼前に接近してしまえば、斜め前に突き出された拳など簡単に避けられてしまう。


 ―――この一撃で動きを止める!


 盾を装備した左腕では、盾の重量でスピードが僅かに落ちる。

 故に食らわせるのは、右手の一撃。

 狙うのはプロキシーの顎。


「せい!」


 渾身のコークスクリューが、プロキシーの顎に当たる。日向子の拳はプロキシーの顎の骨を砕きながら、プロキシーの頭部を上へ押し上げる。

 人間を超えたパンチ力。その威力は凄まじく、首を動かし、挙句首の皮膚と筋肉を裂き、たった一撃のコークスクリューでプロキシーの首を引き裂いた。

 背骨はやその周辺の筋肉はまだ繋がっている。しかし喉と食道は完全に裂かれ、醜い断面が日向子の前に現れた。そして、そんな断面を隠すかのように、破れた血管から噴き出した紫色の血液が、日向子の視界を覆い尽くした。


ったな!」


 日向子は嫌悪感MAXの表情を浮かべ、若干足を滑らせながら即座に後退。紫のプロキシーが死ぬ事は既に確定した為、プロキシーの反撃を視野に入れず、日向子は沙織と舞那の様子を確認した。


「Oh……」


 沙織の姿を見て、思わず日向子は掠れるような声を漏らした。

 変身し、黒く変色した沙織の髪は、鮮やかな赤に広く染められていた。その赤は、沙織が対応していたプロキシーが出したもの。それは見た瞬間に理解できた。

 沙織が流した血という可能性は?

 その可能性は無い。何故ならば、血液の色が人間のそれとは違う。

 人間の血は赤い。出血の量が増えれば増えるほど、その色は濃く鮮明になる。その色は、よく見ればただの赤ではない。深紅というべきか、赤黒ささえ感じるような、血液独特の色である。

 しかし、沙織が被るその血は、血液の色ではない。高純度且つ低粘度の赤い絵具のような、少なくとも人間の体からは排出されないような赤である。


「予想より雑魚くて助かったわ」


 沙織は手斧を持つ腕をだらりと下げ、路上に転がり微動だにしない赤のプロキシーを見下す。髪も、顔も、服も、プロキシーの血で染められているが、日向子とは違い嫌悪感は抱いていない。その顔も決して感情的ではなく、感情の無い人間のような、冷たく静かな顔だった。


「舞那は……」


 沙織がプロキシーに勝利したことを確認した日向子は、沙織から舞那へ視線を移す。それと同時に、沙織もプロキシーから舞那へ視線を移し、戦況を確認した。


「……、……!」


 舞那は、何かを言っていた。少し離れた場所に立つ日向子と沙織には、舞那が誰に何を言っているのかを理解することができない。

 ただ理解できたのは、戦況。少なくとも、舞那の優勢は疑いようが無い。

 根拠は、現状。プロキシーに対して馬乗り状態の舞那。プロキシーの四肢は舞那の槍で切断されており、所謂だるま状態になっていた。

 死んではいないが、既に戦闘不能状態のプロキシー。そんなプロキシーに馬乗りになり、舞那は何をしているのか。

 舞那はひたすら、殴っていた。


「慣れろ……」


 舞那が対応していたのは黄色のプロキシー。色彩少女とプロキシーに於ける黄色は、はっきり言うと、最弱。何故ならば、色ごとに在る特徴の中で、黄色の特徴だけが最も隠微で、最も地味。比較すれば確実に優れているが、比較した時点で、その地味さが露見してしまう。

 黄色の特徴は、持続力スタミナ特化。色彩少女も、プロキシーも、ベースは共に人間。共に生物。陸上で永遠に体力を切らさない生物など存在しない。

 色彩少女の変身状態での活動限界時間は存在しない。活動限界地点は、体力が尽きた瞬間。日常生活程度の疲労で変身が解除されることは無い。しかし戦闘を伴えば、消耗する体力は顕著となり、活動限界地点が途端に視野に入る。

 黄色の特徴であるスタミナ特化。これを簡単に例えてしまえば、体力ゲージの数値が高い。というもの。さらに例えるならば、少女Aが黄色以外の色彩少女に変身した場合の体力ゲージが100ならば、少女Aが黄色に変身した場合の対応ゲージは500。

 スタミナ配分を気にする必要など無い。思い切り戦うことができる。体力さえあれば、本来の身体スペックを超えた戦闘を行うこともできる。

 しかし地味。故に、最弱。


「慣れろ……慣れろ……慣れろ!」


 舞那が、誰に何を言っているのか。歩み寄り、ある程度距離を縮めた時点で、日向子も沙織も理解した。

 舞那は自分自身に、慣れろ、と言っているのだ。何に慣れようとしているのか。日向子と沙織には容易に理解できた。


 ―――早く慣れないと……!


 ヒーローが怪人と戦う時。その胸中は、必ずしも穏やかとは言えない。怪人と言えど1つの命。それが人類にとって害悪となる存在であったとしても、その命を奪うという行為は、決して容易ではない。

 舞那はヒーローになると意気込み、武器を手に、プロキシーを、杏樹を殺した。その瞬間に、戦いを伴うヒーローの受難を体全体で理解した。

 誰かの命を救うために、誰かの命を奪う。食物連鎖がこの地球上に根付いた頃から、それは当たり前な話である。しかしそれを改めて理解してしまえば、人は、命を奪い正義を名乗れるこの世界に首を傾げる。


「慣れろ……うぇ……んっ、慣れ……慣れ、ろ!」


 殴る度に、拳に黄色の血が残る。体を壊していく感覚が伝わる。吐き気が込み上げてくる。

 まだ慣れていない。そう思い込み、また殴る。

 殴る度に、体が体力を消費していく。拳に鈍い痛みが走る。命を奪う感覚が走る。


「慣れろ!」


 戦いに慣れようとする、命を奪うことに慣れようとする舞那の姿を見て、日向子と沙織は思わず足を止めた。足を止め、かけるべき言葉を模索すると同時に、声をかけるべきなのか否かも考えた。


「…………っ!!」


 舞那は、殴ることに必死になっていた。

 日向子と沙織は、舞那を見ていた。

 故に、反応がかなり遅れた。

 プロキシーに殺された作業員の1人が伝染し、緑のプロキシーに変化。新たに現れたプロキシーは、仲間意識がある訳ではないが、プロキシーに対して一方的な攻撃を加える舞那を最優先に狙った。


「舞那後ろ!」


 緑のプロキシーもスピード特化。舞那の背後から接近しつつあるプロキシーは、既に日向子と沙織のスピードでは舞那を守れない位置に到達しており、舞那もまた、プロキシーを認識し、回避行動を取るまでの時間など無かった。


 ―――また、伝染……。


 舞那を殺そうと接近するプロキシーを見つめ、舞那は怯える訳でも、戦おうとする訳でもなく、ただ、作業員が伝染したことを嘆いた。


「逃げ……」


 鮮血が宙に雫を垂らすまで、そう時間はかからなかった。

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