第12話 三人
舞那達の通う学校の最寄り駅を過ぎて、そこから更に100メートルほど進んだ場所で、建物の改修を目的とした工事が行われていた。
「ひっ……!」
砂埃で衣類を汚すことも躊躇わず、工事現場の作業員の1人が、地を這っていた。その表情は恐怖と困惑に染まり、涙こそ流していないが、大量の汗を流していた。
地を這う作業員の視線の先には、3体のプロキシー。色はそれぞれ、赤、紫、黄。そしてプロキシーの近くに、成人男性の死体が4人分。生きている人間は、たった一人の作業員だけである。
「ふざけんなよ……なんなんだよ……ちくしょう!」
厳つい顔つきの男だが、同業者を目の前で殺されてしまい、人生最大の恐怖を味わっている。
1人は首を折られ、1人は腹を抉られ、1人は四肢を折られた挙げ句首を回され、1人は頭を潰され、皆、血や体液を散らしながら死んでいった。
目の前で繰り広げられるリアルスプラッタムービー。厳つい顔も歪み、毅然とした態度も湿り、どっしりとした体も弱々しくなってしまった。客観的に今の姿を見れば、酷く情けないと感じるのだろう。
「嘘だろ……」
黄色のプロキシーが死体を踏みつけ、情けなく地を這う作業員の方へ見向く。感情など一切感じられない石像のような表情で、且つ殺意さえも一切感じられない。
しかし作業員は悟った。今度は俺の番だ、と。今度こそ俺が、あの化物に殺されるんだ、と。
「はいはいストーーーップ!」
生温い空気の中に響いた声。ストップ、という発音が妙にネイティブな、若い女の声であった。
作業員だけでなく、プロキシーもその声に反応し、プロキシーは作業員から目を逸らし、声のした方へ振り向いた。
工事現場の敷地に入る門がある。その門の前には無関係者を拒むパイロンとバー。そのバーを越えた先に、制服姿の日向子と舞那が居た。
「逃げてください」
「っ!」
プロキシー達の目を引いた日向子。その隙に別場所から忍び込んだ沙織が作業員に接触し、逃げろと促した。
ただ、非現実的な外見の化物に同業者を殺されたショックが大きく、有り体に言えばビビりまくっている作業員にとっては、後方からの唐突な沙織の囁きは驚くに値するものであった。
「今日ここで見たこと全てを完全に忘れて生きることをお勧めします」
「き、君達は一体……?」
「もう一度だけ言います。逃げてください。逃げたくないのであればこの場で死にますよ?」
そう淡々と話す沙織の喋り方は、いつもと違って標準語である。
沙織の関西寄りな喋り方はキャラ付けではないが、初対面の相手と話す場合には、標準語を用いる。
沙織が逃げるよう促すと、作業員はあっさりと逃げてしまった。傍から見れば、自分よりも歳下の少女を置いて逃げる情けない男だが、そんなことを考えられる程、今の作業員の心には微塵の余裕さえ無い。
沙織から離れ、舞那と日向子の隣を過ぎ、男は逃げ去る。その後ろ姿を見送る者は誰一人居らず、舞那達3人は、プロキシーと睨み合う。
「こっちは3人。プロキシーも3人。fairなbattleができるじゃない」
日向子は通学カバンの中から合皮製のキーケースを取り出す。さらに開いたキーケースの中から、チェーンアクセサリーを取り出した。アクセサリー部は白く、正六角形の薄い板のように見える。
「被害者は4人。伝染せぇへんかったら確かにフェアやね」
沙織も通学カバンの中から、日向子と同じデザインのキーケースを取り出し、チェーンアクセサリーを出す。アクセサリー部は黒く、手斧を模している。刃部分は普通の斧とは異なる形状で、柄の先端付近にまで伸びるL字型。全体を見ればコの字型とも取れる。
「最初に言っておくけど、私はまだ初心者だから……足でまといになるかもしれない」
リュックから出し、既に手で握りしめていたアクセサリーを、舞那は指の隙間からぶら下げる。
「ヤバなったら
「三人寄れば文殊の知恵……は、ちょっと違うけど、3人居るから互いに補い合える」
「……助かる。今日で……極力戦いには慣れるように努力するから」
舞那、日向子、沙織の3人は、敷地内で合流。互いに1メートル程度距離を置いて横並びになり、3人で、同時に叫んだ。
「「「色彩変化!」」」
刹那、中心に立つ日向子を白い光が、日向子の右に立つ舞那を青い光が、日向子の左に立つ沙織を黒い光が覆い、舞那達は変身した。
―――同時変身……熱いじゃん。
変身を終えた舞那は、特撮に於いて盛り上がるワンシーンである「同時変身」を体験したことで、戦闘直前でありながらもどこか満足げな顔をしていた。
「むらさ……purpleは私が相手する」
わざわざ紫をパープルと言い換えた日向子は、白の色彩少女。共通衣装のパーカーは白く、スニーカーは白一色。
左腕に、正六角形の白い盾が装備、と言うか装着された。厚さは1センチ未満、直径は30センチ程度。日向子の肘から手首にかけての長さは23センチ。この盾を装着してしまえば、手首を満足に曲げられない。
髪は純白。シャドウは青く、瞳は紫。元々日向子は色白であったが、髪が白くなったことで、いつも以上に美麗な姿となった。
また、会話の中に英語を混ぜることから、最早日本人ではなく、日本好きの外国人コスプレイヤーのような印象も与える。
「なら、赤はウチがやろか」
沙織は、黒の色彩少女。パーカーは黒く、スニーカーはパンダのような白と黒のツートン。
右手に、アクセサリーと同じ形状の、変わった形状の手斧が装備された。柄の表面は滑り止めを意識してかザラザラとしており、刃部分は一切艶の無いマットブラック。
髪は漆黒。ストロベリーブロンドの髪という印象がある為か、髪が黒くなったことで、極めて普通な見た目になった。グレーのシャドウは病的な印象を被せるが、鮮やかなオレンジの瞳が際立つ。
「余った黄色は私が担当ってことね」
舞那が初めて目撃したプロキシーは、黄色だった。その時のプロキシーは龍華により駆除されたが、期せずして、黄色のプロキシーへのリベンジマッチとなった。
「ソッコーで終わらせる」
「やね」
「努力する」
3人の色彩少女と3体のプロキシーは、同時に地面を蹴った。
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