第11話 同調
テスト期間とは言えど、毎朝のホームルームは欠かさず行う。今日も、相変わらず教室で行うのだが、今日だけは、いつもよりも教室内の空気が重かった。
「ホームルームを始める……が、その前に、全員に話しておくことがある」
ホームルームの進行は、担任の女教師、
明石はいつも教卓に肘や手をつき、少々けだるそうに話す癖がある。男勝りな喋り方と低い声、オールバックの髪や吊り目が影響し、生徒からは怖がられることもある……が、実はそんなに怖い人物ではない。寧ろ明石との交流を深めるうちに、明石に対して恋愛感情を抱く生徒も少なくない。
そんな明石であるが、今日は教卓に手や肘をつかず、珍しく苦々しい顔をしている。
これから明石が何を話すのか。クラスメイト達は、既に察していた。
「久我のご両親から連絡があったんだが、昨日、久我が消えたらしい」
杏樹の失踪。既に生徒の間では噂になっている。
「家の中には、脱いだ制服が残されていた為、一度帰宅していることは確認できている。また、久我の私物である靴が一組消えていることから、外出したことは間違いないらしい」
情報提供者は、杏樹の両親。両親は共働きで、帰宅するのが夕方。帰宅してから杏樹の不在に気付き、単なる外出であると思い込んでいたが、いつまで経っても帰らず、連絡も繋がらないことから、失踪という結論に至った。
杏樹は、どこかへ遊びに行ったとしても、必ず18時までには帰宅するよう心がけていた。そんな杏樹が何の連絡も無しに、18時になっても帰宅しない。杏樹の行動パターンを心得ている両親からしてみれば、それは異常と言う他ない。
「家の近くに何者かの血痕があったらしく、今は警察が調査を行っている。もしもその血が久我のものであれば、何かの事件に巻き込まれた可能性が極めて高くなる……が、未だ帰宅していない時点で既に事件だ。もしもこの中に、昨日の久我の動向を知る者が居れば、放課後、私のところに来てくれ。昨日の話でなくとも、これまでの久我の中で奇妙な点があれば、それでもいい」
杏樹の家の近くにあった血痕。それは、杏樹の血である。
プロキシーが体外に出した血液は、死後、死骸と共に消滅する。伝染し、プロキシーになってしまった場合も然り。しかしプロキシーへ変貌する以前の出血に関しては、死後も消滅はしない。何故なら、変貌前に体外へ出た時点で、その血液は"伝染した人間の一部"ではなくなってしまうのだ。
故に杏樹の死後も、プロキシーにより負わされた致命傷の出血は消えず、杏樹が事件性を孕んだ失踪に巻き込まれたと思わせる要因となった。
―――知ってるけど……言えるはずない。
椅子に座り、明石の話を聞きながら、舞那は静かに窓の外を見た。泥沼に沈みかけている舞那の心とは違い、空は、雲の一つも無い、鬱陶しいほどの快晴だった。
◇◇◇
今日のテストは、歴史と数学。科目に限らず頭を使うのがテストであるが、舞那の頭は、今日は特別鈍かった。自分のテストの結果など最初から期待はしていないが、少なくとも今回のテストの点数は悪いだろうという自覚はあった。
杏樹の死が、舞那の思考能力を鈍らせている。自覚はある。
「……ぁ、ごめん、聞いてなかった」
一緒に帰っていた日向子に名前を呼ばれ、舞那はハッと我に返った。何かを考えていた訳では無い。寧ろ、何も考えられないくらいのコンディションである。
「いや、これからウチ来る? って聞いたんだけど……舞那、随分疲れてるみたいだし、ウチ来ずに帰る?」
「……帰ろっかな。帰って、少しでも寝る」
「その方がええかもね」
それは、突然の出来事であった。
「っ!!」
会話の最中、舞那の脳内に"全く想像する筈のないような光景"が突如投影された。
ゆったりとした日常映画のフィルムの中に、ワンカットだけ全く違うホラー映画の一場面を混ぜられたかのような、唐突、且つ衝撃的な体験だった。
これが一昨日までの舞那であれば、きっとこの体験に腰を抜かし、恐怖のあまり脚を震わせていたのだろう。しかし今日の舞那は、昨日までの舞那ではない。
―――今の……今のが、同調?
色彩少女となった初日に、アイリスから聞いていた最低限の情報。そのひとつに、同調、というものがあった。
プロキシーが出現した際、近隣に色彩少女が居た場合、その色彩少女の脳内に、プロキシーが出現した場所の光景が投影される。プロキシーまでの距離が近ければ近いほど、投影される光景は鮮明になる。
プロキシー出現を色彩少女が感じ取る。それは最早、同調という他無い。
舞那の脳内に投影された光景はそれなりに鮮明。つまり、プロキシー出現地点までの距離がそれなりに近いということ。
―――い、行かなきゃ……私が、行かなきゃ……。
プロキシー討伐に限らず、決断や死が伴うような事案に於いて重要なこと。それは、"誰がやるか"ではなく、"誰かがやらなければいけない"ということ。
初戦で杏樹を死なせ、且つ龍華から少々棘のある言葉を掛けられてからというもの、舞那の中の戦闘意欲は褪せつつあった。
ヒーローになると意気込んだものの、戦いが終わればその場に座り込んで涙を流す。そんな人間が、果たしてこの先も戦っていけるのだろうか。そんな事を考えてしまい、今も、戦いを躊躇ってしまった。
「……舞那、先帰ってて」
「え?」
「ウチら急用ができてん」
そう言う日向子と沙織の表情は少し険しく、とてもただの急用だとは思えなかった。
これまでにも、2人が急用で外すことは何度かあった。その度に、いつも明るい日向子はその性格に影を掛け、基本控えめな沙織はいつも以上にクールになる。
これまでは、ただの急用なのだと割り切れていた舞那だったが、今回ばかりは、否、今回だからこそ、2人の違和感を肌で感じた。
「待って!」
舞那の同調と、2人の急用。偶然にしては、タイミングが完璧だった。
「その急用、さ……」
舞那は、リュックのファスナー付きポケットに手を入れ、アイリスから譲受したアクセサリーを取り出し、日向子と沙織の視界に入るように手からぶら下げた。
「私も付き合ってもいい?」
以前、日向子の家に遊びに行った際、日向子がキーケースの中に細いチェーンを収納しているのを見たことがある。沙織も、日向子のものとは違うデザインのキーケースを所有し、その中にチェーンアクセサリーを収納している。
今思い返せば、あのチェーンの先端には、若干地味な、武器を模したようなアクセサリーが付いていた。2人のアクセサリーは形状も色も異なるが、アクセサリーをぶら下げるチェーン部は、全く一緒だった。
故に舞那は推察した。日向子と沙織は色彩少女であり、2人の急用とは、プロキシーの討伐であると。
舞那がアクセサリーを見せると、案の定、日向子と沙織は無言で驚いた。目は口ほどに物を言うとはよく聞くが、確かに、日向子と沙織の表情からは、言葉など無くとも「舞那も色彩少女なのか」という思考が滲み出ていた。
「舞那、戦えるの?」
「戦わなきゃいけないんでしょ、私達は」
「……やね。行こっか、とりあえず」
戦い。その言葉を互いに用いただけで、互いに、まだ色彩少女であるとは名乗っていない。しかし既に、互いに理解している。
3人は互いに目的地は言わなかった。3人の向かう場所は同じであるため、目的地の説明解説は要らないのだ。
3人はプロキシーの出現場所まで走る。その目的地は、工事現場であった。
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