第10話 失踪
駅の改札を抜け、舞那は駅構内のベンチの隣に立つ。通勤通学の時間帯であるため、大抵ベンチには人が座っている。尤も、先客が居ようが居まいが、舞那はベンチには座らない。
電車が駅に到着するまで、残り約6分。舞那は背負ったリュックからスマートフォンを取り出し、SNSのアプリを開いた。
しかし、開いた直後に横から妨害が入り、舞那はすぐにアプリを閉じた。
「Good morning!」
「ちーっす」
舞那に向けられた、2人分の朝の挨拶。声の判別は酷く容易。何故ならば、この時間且つこの場所で舞那に挨拶をするのは、決まってその2人しか居ない。
流暢な英語で挨拶をしてくる日向子と、若干けだるそうに挨拶をしてくる沙織である。
「おは」
朝一発目に交した言葉は、いつも通りの挨拶だった。
挨拶後に顔を合わせると、舞那の顔を見て、日向子と沙織は若干心配そうに眉を傾けた。
「舞那、なんか元気無い?」
舞那の顔が、いつもより暗く、少し疲れているように見えたらしい。Good morningと陽気に挨拶をしてきた日向子も、舞那の様子に気遣い機嫌を合わせた。
「昨日ちゃんと寝た?」
沙織が問うと、舞那は少しだけ間を置き、あんまり眠れてないかもと返した。
「もしかして昨日言ってた化物がトラウマになったとか?」
「ん、うん、そんなとこ」
「全く……舞那にトラウマ植え付けるとか、数ある化物の中でも最低な部類に入るね。見つけたらすぐに殺してやる」
「やね。舞那はウチらの娘みたいな子やもん」
「産んでもらった覚えないんだけどなぁ……でも嬉しい。2人が私の両親の代わりってのも、案外悪くないかも」
舞那には母親が居ない。既に故人なのだ。
写真が家にある為、顔は分かる。しかし交わした会話やその声は覚えていない。それもそのはず、舞那の母が死んだのは、舞那が小学校に上がる半年前のことであった。
舞那に兄弟は居ない。唯一の家族である父は、出版社にて鬼のように働いているため、家に帰る時間が少ない。家族と触れ合う時間が、他のクラスメイトに比べて圧倒的に少ない。
舞那が父子家庭であることを知る人物は、舞那の数少ない友人だけ。そしてその数少ない友人である日向子と沙織も、勿論舞那の家庭事情を知っている。
「いつか日向子と沙織が結婚したなら、そん時には養子になってあげてもいいけど?」
そして、日向子と沙織が舞那の家庭事情を知った後、舞那は2人から秘密を聞かされていた。それは、日向子と沙織が交際しているということ。
正確に言えば、偶然2人の関係性を知ってしまった舞那が、直後に2人からカミングアウトを受けたのだが。
「3人家族で暮らすってのも全然OKなんだけど……私達が大人になる頃に、日本の法律がどうなってるか次第だよね」
「確かに。
現時点、日本国内に於ける同性婚は認められていない。ジェンダーレス云々、トランスジェンダー云々の話題が広まりつつある現代にして、同性婚を頑なに認めないこの国は、舞那達から言わせれば理不尽な国である。
同性婚以前に、同性愛さえも白い目で見てしまうような人間が未だに多いのだ。出生率という皮を被せてこの話題を認めない人間も居るようであるが、そもそも女性は子供を産む為の道具ではない。寧ろ好きでも無い男の種を植え付けられ、大した愛の無い子供が生まれてきて、それでこの国は安泰なのか。それで国民は納得できるのか。それで国民は満足なのか。
否、そんなはずがない。
重要なのは、如何にして人々を繋ぐ愛を深めるか。love&peaceという言葉があるように、この世界に必要なのは愛と平和である。
平和が無ければ愛は薄れる。
愛が無ければ平和が崩れる。
愛の形や色は人それぞれ。その愛を向ける相手を誰かが決めるのは、無粋極まりない。愛にはそもそも、性別という壁など必要ないのだ。
同性愛肯定派と否定派で分かれている時点で、この世界に完全な平和など訪れないだろう。
「結婚できなかったら、3人でshare houseでもする?」
「日向子がパパでウチがママ、舞那が娘ってこと?」
「その頃には娘の私も嫁入りしてるかもね」
寝起きの時点からずっと暗かった舞那だったが、日向子と沙織が合流し、駅構内で家族の話をしているうちに、失っていた元気が戻りつつあった。あまり良くなかった顔色もすっかり良くなり、会話を続けながらも、日向子と沙織は安心した。
舞那の機嫌と気分が良くなった頃に、遮断機がカンカンと音を立てながらバーを下ろしていき、電車到着を知らせた。
駅に入ってくる電車。通勤通学の時間帯ということもあり、いつも通り人は多い。しかし舞那達3人は、1人も
「お、Good morning」
「あ、おはよ……」
電車に乗って早々に、舞那達はクラスメイトと遭遇した。
そのクラスメイトの名は大野。舞那と沙織とはクラスメイト以上友人未満くらいの関係性ではあるが、日向子とは友人関係にある。
さて、顔を合わせた時には、大野はいつもとは様子が違っていた。普段からそう明るい方ではないが、今日は特別、気分が沈んでいた。
あまり接点の無い舞那と沙織は、大野の様子に違和感は覚えなかったが、友人である日向子だけは、大野の違和感に気付けた。
「どした? 元気無いじゃん」
「……日向子、まだ聞いてない感じ?」
「ん? 何?」
日向子が"まだ聞いていない"と察した大野は、自身をリラックスさせるかのように軽く息を吐き、一度唾を飲んだ後に息を吸った。
「久我っち、失踪したらしいよ……」
久我っち。その名を聞いた途端に、元に戻っていた舞那の顔色は、また、少し悪くなった。
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