白と黒

第9話 鈍重

 舞那には、同じ学校に友人が3人いる。

 1人は久我くが杏樹あんじゅ。しかし杏樹はプロキシーへ変貌し、舞那の手によって殺害された。よって、この時点で友人の数は3人から2人になってしまった。

 1人は西条さいじょう日向子ひなこ。パープルグレージュのショートヘアと、会話の中に時折たまに英語を混ぜてくる(しかも意外と流暢)、という特徴を持つ。

 1人は松浦まつうら沙織さおり。ストロベリーブロンドのパッツンロングヘアと、関西よりのイントネーションが特徴。

 日向子と沙織は、舞那と出会うより以前から交流があるようで、学校内でも有名の仲良しコンビとして認識されている。2人が一時的な仲違いをすることは万に一つの可能性も無いとさえ思われている。

 さて、そんな2人には、ある噂があった。


「テスト勉強を名目にしちゃえば、沙織の家に泊まって夜更かししても、誰も文句は言わない。そう考えると、テスト期間って案外都合がいいのかもね」

「泊まって夜更かしなんか、テスト無くたってやってるやん。それにウチらに文句言う人なんからんやろ?」

「That's true.それもそうだね」

「まあそもそも、テスト勉強すらやってないし……」


 日付が変わり少し経つ頃。沙織と、沙織の家に泊まる日向子は、同じ室内で会話をしている。室内の照明度合はかなり控えめで、テスト勉強をするには適さない程度に薄暗い。

 それもそのはず、2人はテスト勉強をしていない。

 2人は椅子にも、床にも座らず、机とも向き合っていない。

 では、2人は一体何をしているのか、という話なのだが、ここで、上述した"2人の噂"とも合わせてお話しよう。


「テスト勉強そっちのけで"する"なんて、背徳感があってvery goodでしょ?」

「日向子が"したい"ぅたけん、ウチは仕方な~く付き合ってあげたんよ?」

「その割には、沙織さっきすっごいエッチな顔してたよ?」

「キスが長過ぎて頭に血ぃ上ってん」

「Really?」

うっさいアホ」


 2人は、つい先程までベッドの上で甘く絡み合い、今はその事後をゆったりと過ごしている。ある意味、保健体育の勉強とも言い訳はできるが、そもそも今回のテスト科目に保健体育は無い。


「……可愛かったよ、沙織」

「……うん」


 この2人は、表向きは大親友。

 真の関係性は、親友、兼、恋人である。

 しかしその真実を知る者は殆ど居ない。飽く迄も噂が流れるだけで、誰も、その真実を追求はしない。

 追求はせず、真実を知るのは、ただ1人。



 ◇◇◇



 スマートフォンのアラームが鳴る2分前。窓の外に充満する陽の光をカーテンで阻害した室内で、舞那は目覚めた。浅い眠りは嫌な夢を見せ、あまり眠れた気がしない。

 夢の中で、舞那は杏樹と対面していた。会話も何も無く、ただ見つめあっていたのだが、唐突に杏樹がプロキシーへ変貌し、舞那が自分の手で杏樹を殺す。殺した直後に目が覚め、時刻が夜中だと気付き、また眠る。そしてまた同じ夢を見る。

 嫌な夢を見て、目覚め、また眠る。そんなループを繰り返した末に、舞那の体と頭は疲弊していた。


 ―――学校……行きたくない。


 今日もまた、学校ではテストを行う。別にテストが嫌な訳では無いが、今日の舞那は、ベッドに敷かれた掛け布団から出ることを躊躇った。

 昨日の昼、プロキシーと化した杏樹を殺した舞那は、入浴時とトイレの時以外はずっとベッドの上に居た。ヒーローになると意気込んだ末に得た喪失感と罪悪感が、舞那に必要最低限以外の行動を促さなかったのだ。

 趣味のアニメや特撮の鑑賞もせず、ゲームもせず、ただ天上や壁面を静かに見つめるだけで、何もしなかった。

 人間の体を変身させる力が体内に入り、人間を容易く殺してしまう力を持つプロキシーと戦い、杏樹を殺した1日。体に蓄積された心身両方へのストレスはそれなりに重く、限りなく倦怠感に近い感情がベッドに根を張っているらしい。


 ―――……でも、行かなきゃ。


 家の中には、舞那1人だけ。起きろと促す家族は居ないため、自分で自分に行動を促さなければならない。

 しかし意外なことに、舞那の重い体を動かしたのは、舞那の意思ではなく、「自分だけが不幸の中に居るとは考えるな」という龍華の言葉だった。

 杏樹を死なせたことを引き摺り、立ち上がることさえも諦めてしまうのは、それは舞那の自由である。しかし杏樹が死んだことなど知らないであろう杏樹の両親は、今頃どうしているのだろうか。

 杏樹の遺体は残っていない。故に残された杏樹の家族達は、杏樹が死んだことを知らない。恐らくは行方不明扱いとして、見つかりもしない杏樹を探すのだろう。

 杏樹の家族は、床に伏せてはいない。冷たい手で心臓を掴まれるような不安と恐怖を抱きながらも、立ち上がり、杏樹を探している。そんな中、血の繋がりも無い舞那が伏せ続けるのは、果たしてあるべき姿なのだろうか。

 舞那の答えは、ノー。であった。杏樹の行方の真実を知る以上は、杏樹の家族と同等か、それ以上の絶望を抱くだろう。しかし舞那は、そんな自分自身を許さなかった。

 否、龍華の言葉が、舞那の判断を決めさせたのだ。


「起き、ろ、私……」


 酷く疲れた翌朝よりも、体が重い。体重は45キロ以下を維持しているが、一晩で10キロ程度重くなったような感覚さえある。


「起き、ろ!」


 半ば無理矢理ながらベッドから体を落とし、落下の衝撃を体全体に響かせる。氷塊や巨石を砕くような感覚で自ら落下したのだが、ただ痛いだけで、体の重さは変わらなかった。

 どうやら寝起きで思考能力が低下しているらしい。

 間抜けな行動に走る舞那を笑う者はこの場に居らず、舞那もまた、自らの行動には笑えなかった。

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