第6話 色彩

「なんで、私のこと知ってるの?」


 初対面の相手に、名前や誕生日、血液型、家族構成に至るまで知られていたことに正直ゾッとしたが、その嫌悪や寒気は一旦抑え、舞那はアイリスに問う。


「その反応、つまりは先程のプロフィールは合っているということだね。安心したよ。さて次は、僕が君の質問に答えるとしよう」


 登場以降ずっと立っていたアイリスは、舞那と目線を合わせて会話をする為か、舞那の隣にゆっくりと座り込んだ。

 座る際に髪がふわりと揺れ、微かに漂っていたバニラの香りが主張を強めた。決して強すぎないその香りに、困惑し続ける舞那の心は、僅かに柔らかくなった気がした。


「自分で言うのは少々照れるが、僕は神様のような存在でね、辞書なんてものは必要ない。しかし僕は全知全能ではない。知りたい時に、知りたい事柄を知れる。それだけだよ。つまり君のプロフィールも、厳密には知っていた訳ではなく、たった今理解したんだ」


 遂に神を自称したアイリスだったが、その発言を、舞那は疑わなかった。事実、アイリスは世界の時間を止めた。舞那以外の全ての時間を、である。時計の針を止めることは人間にもできるが、実際に時間を止めたとなれば、それは神か、或いは異能力者の仕業に違いない。

 また、アイリスが述べた通り、舞那はアニメ鑑賞が趣味である。幅広いジャンルの作品を閲覧してきた為、異能力やそれに近い類の作品も目を通してきた。

 故に受け入れられる。有り得ないと断言する現実主義者ではなく、現実に有り得ないものを作品として閲覧してきたオタクだからこそ、非現実的な話も、非現実的な状況も、何とか受け入れられる。

 寧ろアイリスは、舞那の正確を理解したからこそ、敢えてあっさりと話した。比較的簡単に受け入れてくれると理解したから、遠回りもせず、オブラートに包むようなこともせず話せた。


「なら神様に質問。あの化物は何?」

「見ての通り化物だ。詳細に話すならば、プロキシーという名だ。人を殺し、時には食すことを生き甲斐にする、人類にとって有害でしかない存在だよ」


 化物、改めプロキシーは、確かに杏樹を血まみれにして、舞那の首を掴んだ。殺そうとしていた。しかしプロキシーが人を食すこともあると聞き、唐突に悪寒が走った。


「あれは元々、この世界に存在しない。言うなれば、あれは異世界の化物なんだ」

「異世界? ラノベでよくある異世界のこと?」

「どちらかと言えば平行世界だ」

「つまりは違う未来を辿った現実世界ってこと?」

「そうなるね。理解が早くてとても助かるよ」


 沈黙や熟考の時間など与えない程の、初対面とは思えないペースで話す2人。どうやら舞那の理解力はアイリスの想像を多少上回っていたらしく、内心、アイリスは少し驚いていた。


「化物……プロキシーが異世界から来たってことは、色彩少女も異世界の住人、とか?」

「いいや、色彩少女はこの世界の住人だよ。例えば、今我々の目の前で戦っている彼女は犬飼龍華という名で、君と同じオタク気質な女性だったりする。彼女も君と同じくプロキシーと遭遇したんだが、今はこうして、色彩少女になった」

「……というか、色彩少女って何?」


 何気無く会話に差し込んだものの、舞那はまだ、色彩少女というものを知らない。


「プロキシーを殺せる者達だ。色彩少女は最大で9人まで存在できる。赤、青、黄、橙、紫、緑、白、黒、灰。1色につき1人、色彩少女が当てはまる。そして1色につき1つ、武器を所有できる」

「なら、そこで戦ってる人は青……ってこと?」

「その通り。彼女は青で、青の武器は篭手。あのパーカーの袖の下に装備している。因みに現状、9色のうち5色が埋まっている。逆に言えば、まだ残りの4色は空席だ」


 その発言の後、これまでの会話の中で初の沈黙が挟まった。その沈黙は10秒にも満たない時間であったが、これまでのペースを考えれば十分な沈黙であった。

 沈黙を挟んだのは舞那で、また、その沈黙を抜き取ったのも、舞那だった。


「……これは私の推察だけど、もしかして、色彩少女にならないかって勧誘してくる感じ? 君も一緒に戦わないかって、そんな感じ?」

「あ、ああ。そのつもりだったのだけど……本当に理解が早いね。正直ちょっと引いちゃったよ」


 よくある、君も一緒に戦わないか。シチュエーション。

 主人公が変身ヒーローや魔法少女、ロボットのパイロット等に勧誘されるパターン。或いは離反、背信を前提とした敵兵への勧誘。

 アニメや漫画ではよくある話であり、また、ありふれた話である。故に舞那は、不覚にもそのパターンを今回の会話の内容に照らし合わせてしまい、「色彩少女にならないかとアイリスが舞那を勧誘する」シナリオを完全に狂わせた。


「勧誘の答えを話す前に、もう幾つか聞かせて。何で杏樹がプロキシーに?」

「伝染だよ。プロキシーの体を構成する力が遺体に流れ込み、遺体をプロキシーに変えた。これは病気と一緒でね、伝染する場合としない場合がある」

「病気なら杏樹を救える?」

「残念だが救えない。彼女はもう死んでいるからね」


 もしも救えるならば。そんなことも考えたが、あんな変貌を経た杏樹を救うことなどは不可能であると、正直、察してはいた。しかし今、アイリスが「もう死んでいる」と発言した時点で、死人を救えるかもしれないという僅かながらの希望は消え去った。


「なら色彩少女が存在する理由は?」

「プロキシーから可能な限り人々を救う。そしてやがては、プロキシーを生み出す根源を叩く」

「根源……それがラスボスってことでいい?」

「構わない。根源さえ叩けばもうプロキシーは生まれない」


 ここまでの僅かな時間で、舞那は色彩少女とプロキシーに関しての情報をある程度理解した。つもりである。


「先に言っておくが、これは強要ではない。任意で戦うか否か、という話だ。因みに返礼は無い。君が友達や家族、仲間や恋人を守りたいと願うのであれば、守るための力を与える。分かるかい? 与えているのはコチラの方だ。言わば、戦う意志を見せたものに対して与えられる返礼こそ、プロキシーと戦うための力だ」

「そっちのパターンね。許容範囲よ」


 舞那が想定していたパターンは2つある。

 1つは、返礼無しに任意で戦うパターン。

 もう1つは、半ば強制的に戦いへ参加させられるが、代わりに、返礼や、一つだけ願いを叶えられるパターン。

 アイリスが提示したのは前者であるため、ボランティアで戦うのか否か、決定権は舞那にある。


「君は、戦いに返礼を求める凡人かい? それとも、返礼など不要と吐き捨てる奇人かい? もしも凡人であると明言するならば、僕はこの場から去る。凡人に戦いは不可能だからね」


 返礼とは、人間を動かす燃料でもある。物欲が強い人間ほど、返礼という言葉に反応する。しかしアイリスは、返礼を前提として戦う者を、戦士とは呼びたくない。

 返礼など求めず、誰かの笑顔や、誰かの命を守る為に戦う。そんな人間こそ、アイリスの描く理想の戦士であり、色彩少女に相応しい存在であると考えている。

 凡人か、奇人か。その問いに答えるまで、舞那は殆ど時間を置かなかった。何故ならば、既に舞那は自らを「凡人である」と認めていないからである。


「アイリスさん」

「アイリス、と呼び捨てで構わないよ」

「ならアイリス。私は色彩少女になる。返礼なんて要らない。寧ろ、昔憧れた、誰かを守る力が手に入るのならば、下手な返礼より余程嬉しい」


 舞那は幼少期からアニメを見ていたのだが、当時はアニメと同時に、ヒーローの登場する特撮作品も見ていた。

 人間を超えた力で戦うヒーローに憧れ、自分もいつかヒーローになりたいとさえ考えていた。

 そして今、そのチャンスがやってきたのだ。


「では、自ら奇人になると決意した、ということだね」

「……奇人じゃない」


 もう、恐怖と疲弊による脚の震えは止まった。

 もう、困惑で早まった鼓動は落ち着いた。

 もう、不規則だった呼吸は整った。

 もう、10分前の自分とは違う。


「ヒーローよ!」


 舞那は、奇人ではなく、ヒーローになると決意した。その判断と発言に、アイリスは呆れを混ぜたような微笑みを見せ、新たに言葉を紡いだ。


「ならば、もう少しだけ詳しく、色彩少女について教えてあげよう。話が終わり次第、君には、そこに居る犬飼龍華と共に戦ってもらおう」

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