第3話 帰宅
息を切らし、尋常ではないくらいに汗を流し、少女は軽く曲げた膝に手をついた。逃走の末に至った場所は、自宅付近にある空き地。すると偶然にも、逃走を終えた少女の前に、クラスメイトの2人組が現れた。
「あら、
パープルグレージュのショートヘアが特徴的なクラスメイトA、
「いや、ちょっと……変な、奴、に、追われ、て……」
逃走してきた少女、改め舞那は、息切れが激しいものの、日向子の問いには何とか答えられた。
「変な奴……ストーカー、とか?」
ストロベリーブロンドのロングヘアをパッツンにしたクラスメイトB、
確かに舞那は"変な奴"と言ったため、化物に追われていたという想像には至らなかった。尤も、ストーカーはストーカーで、化物に匹敵するくらいの恐怖と嫌悪感があるが。
「変な、
化物。その言葉を聞き逃さなかった日向子と沙織の両名は、多少驚きつつも、取り乱したりはしなかった。寧ろ舞那が想像していたよりも冷静である。
「化物ね……新手の変質者じゃない?」
「私もそう思う」
「信じない、て、思っ、てたよ……」
相変わらず呼吸が整わない舞那は、化物というワードを出した自分自身に呆れた。それもそのはず。唐突に"化物に終われた"と言ったところで、オカルトマニアか余程の馬鹿でない限りは信じない。
寧ろ常識人の前で化物に追われたなどというエピソードを語れば、下手をすれば不思議ちゃん扱いをされる可能性もある。
舞那は、できる限り目立たない生き方を望んでいる。故に今よりももっと冷静な状態だったならば、化物に追われたなどという真実は話さなかっただろう。
「まあでも、舞那はつまんない
「愚問。私らが信じてあげんと、舞那泣いてまうもん」
「泣かないけど……」
このような形で、互いの信頼関係が表面化されるとは思っていなかったが、ひとまず不思議ちゃん扱いされる心配は無さそうだと、舞那は安心した。
「舞那、もしまたその化物に追っかけられたら、その時は私達に連絡頂戴ね」
「舞那の敵は私らの敵やから、舞那の代わりにぶっ飛ばしたるわ」
「心強いご友人ですこと……ふぅ、ようやく落ち着いた」
日向子と沙織の2人と会話をする中で、乱れていた舞那の呼吸と鼓動は落ち着きを取り戻した。
舞那が落ち着いたことで、役目は終わったと言わんばかりに、日向子と沙織の2人は「それじゃ、また明日ね」と言い残し去った。
2人と分かれた舞那は、もう帰宅すればいい話なのだが、すぐに家の方へは向かず、一度、青髪の女性を残してきた駐車場の方角へ振り向いた。
「さっきの人、大丈夫かな……?」
件の駐車場。
既に殺伐とした空気は流れておらず、代わりに流れるのは、希薄ながらも確実な血液の風味であった。
「さっきの子……大丈夫かな?」
頭部を潰され、無様にアスファルト上で転がる黄色い化物。そのすぐ隣に立つ青髪の女性は、舞那の逃げた方角を見つめながら呟いた。
女性の体には、至る所に黄色の液体が付着している。青色の髪、頬、ノースリーブの黒いシャツ、シャツの上に羽織った青いパーカー、チェック柄のスカート、紺色のニーソックス、白と青のスニーカー。特に下半身になればなるほど付着量は多い。
女性の周囲には、黄色の足跡がある。女性の履いたスニーカーの靴底に、件の黄色い液体が付着しているのだ。また、女性だけではなく、路上、駐車してある車、塀にまで、飛び散ったように液体が付着していた。
「まあ、生きてればそれでいいや」
頭部を潰された化物の体は、溶けていくアイスクリームの映像を早送り再生しているかのように、徐々にその形を歪に変え、アスファルトに染み込んでいく。それと並行して、周囲に飛び散った黄色の液体も、蒸発でもするように音も無く消えていく。
「…………帰ろ」
そう呟くと、女性の体は、一瞬だけ青い光に包まれた。本当に一瞬であったが、鮮やかな光であった。
光が晴れると、女性の容姿が変化していた。
鮮やかな青色だった髪は、黒と見間違うようなダークネイビーになった。ただ、長さや髪型は変わらず、癖ひとつない、艶やかなセミショートであった。
ピンクのアイシャドウは消え、深紅の瞳は普通の茶色の瞳になった。さらに、先程までは掛けていなかったはずのメガネが現れた。
衣類も全て変わり、高校の制服になった。その制服は舞那の通う高校とは異なる制服である。舞那の制服は膝上丈の黒いスカートだが、この女性のスカートは僅かに膝下で、且つ深緑色。シャツは殆ど同じだが、舞那の場合はチェック柄の青いリボンを首に巻き、この女性の場合はスカートと同じ色と柄のネクタイを首から下げている。
女性の背中にはリュックが背負われていた。先程までは無かったはずであるが、光に包まれた直後に、メガネと共にどこからか現れていた。
―――遊びに行くか。
この女性の名は
龍華は、駐車場から去った。龍華が去る頃には、既に化物の体は完全に溶け、一切のシミを残すことなく消えていた。
そしていつの間にか、空気中に漂っていた血の風味も消え去り、まるで何事も無かったかのように、駐車場とその周辺は静かになった。
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