2008年 - The Choice Is Yours

 “親友”達が結婚した。豪華なドレスに豪華な食事、豪華なゲストで豪華な式だった。“ストライカー”と一緒に参列した。彼は友達や仲間をたくさん紹介してくれて楽しかった。

“親友”の彼が

「おまえらも結婚しろよ、身の回りが安定すると仕事に集中出来るようになるんだから」

と、アタシ達に向って言った。

アタシは“ストライカー”の事は心から愛していたし一緒にいるのも楽しかったが、結婚となると別だった。結婚事態に興味がなかった。

“親友”は結婚をきっかけに仕事を辞めた。賢く面倒見のいい彼女はこの家でイイ司令塔になるだろう。

 偶然の出会いで友達になって、恋人になったり親友になったり、その中から結婚して新たな家族が誕生したり。

知らない土地に1人で来たアタシにも、できた。


人生は素晴らしい。


♪ SWEETBOX - LIFE IS COOL

https://youtu.be/eOqSUto9Z1g



 アタシと“ストライカー”の付き合いは順調だった。

ほとんどを彼の家で過ごしていたアタシは、ヒップホップ3人組のアシスタントをしながら家事もやった。

それまで料理などしたことはなかったので、レシピ本を買ったりネットで調べながら料理を覚えた。

「毎日作らなくていいよ。外食したってどうなるわけでもないっしょ」

と、彼は言うが“親友”が完璧にスポーツ選手の嫁という仕事をこなしているのを見ると、アタシもやらなくてはならない気になっていた。

 一緒にアタシの作ったバランスの取れた夕飯を食べている時に、スポーツ選手の嫁もしくは彼女についての話になった。

「オレは別に支えて欲しいとか思わないしなぁ……。独り暮らし長いし、自分でうまくやれるからさぁ」

彼はサッカー強豪高校に進学するために親元を離れ、その時から独り暮らしをしている。プロチームに入団して1年目には外国のチームに修行に出してもらったりしていて、海外での独り暮らしの経験まである。

普段から自分から進んで洗濯も掃除もするしゴミ出しもする。クリーニングにだって自分で持っていく。わりと真面目に自分で自分の体は管理しているし、派手な夜遊びをするようなタイプでもなかった。未だに『スポーツ選手は早く嫁をもらってプラベートを安定させていいパフォーマンスをすべき』といった前時代的な考えに支配されている中で、進歩的なスポーツ選手だと思っていた。

「アタシ別に苦じゃないよ?いがいと料理楽しいし」

「それならいいけど、オレは一緒にいられるだけで十分だからね」

彼は気を使ってくれているのか喜ぶような事を言ってくれる。だからアタシも逆に彼の為に何かしたくなる。

 毎日一緒に起きてそれぞれの仕事をして、家事を分担しアタシの作った夕飯を一緒に食べる。たまに外食したり外でデートして、夜は愛し合って一緒のベッドで眠る。

こんなルーティンを過ごしていて、こうやって2人の日々を積み重ねていっていつか結婚したい気持ちになって結婚するのかと、アタシは客観的に思っていた。


♪ Nirvana – Drain You

https://youtu.be/dUb69RIqfO8?si=AOa_bh6jKSjRffZh

(途中でカートが使えないギター捨てるとこスキ。)



 “ストライカー”は明るく賑やかなタイプではないが、いがいと社交的でアタシの仕事にも遊びにも着いて来た。

アシスタントとしてクラブに行くときも一緒に来て、ラッパー達と仲良くなったり、“V”のカバーバンドを見に一緒にバーに行って“V”とも仲良くなっていた。特に“V”はサッカーファンだったので意気投合していた。

ある夜、寝ようとしてベッドに2人で横たわっている時彼が突然言った。

「最近、オレの世界って小さかったんだなって思ってんだよね」

「小さい?世界相手に戦ってるのに?」

彼が何を言い出したのかと思って聞くと、彼はアタシと付き合うようになって今まで会わなかったタイプの人達と話をして刺激を受けたようだ。

アタシ達はお互いの世界を共有するようになって、お互いの存在が重要なものに変わっていってる実感があった。


 “ストライカー”がオフシーズンの週末、一緒にクラブに行った。アシスタントをしてるヒップホップグループの出番があったが、クラブでの出番は友人も沢山いるし仕事兼遊びといった感じで楽しかった。

この店はきらびやかで派手な店構えではなくわりと雑然としていたが、出演するアーティスト達のチョイスがウケていて人気店だった。週末になると人で溢れかえり、有名人や音楽関係者などもよく訪れていた。

ステージからだいぶ離れたところにVIPエリアがある。有名人などは遊びに来るとそこのソファで豪遊してるのを度々見かける。

アタシみたいに仕事でクラブに来てる人──ラッパーやダンサー、DJなど含め、それから最初の頃のアタシのように音楽を純粋に楽しんでいる客にとってはVIPの豪遊は他人事で、有名人が少しでも生意気な態度をとると楽屋では悪口で盛り上がっていた。大概の出演者は世間一般では無名なので、有名人や音楽関係のお偉いさんには見下されてしまう。それと女性はセクハラの対象になってしまう。

でもVIPの豪遊はクラブの大事な収入源なので、どんなに横暴でも見て見ぬふりされている。

「キミ、あのグループのマネージャーって聞いたけど」

と、グループがステージに立っている時、VIPエリア近くのバーカウンターで顔見知りのバーテンダーと話しながら飲んでいたアタシに1人の男が話しかけてきた。

「はい、アシスタントですけど」

声がした右を向くと、ブランドのロゴがデカデカと入ったシャツを着てギラギラと光る腕時計をした男が笑顔で名刺を差し出してきた。ヒップホップのクラブハコにはまったく不釣り合いなその男は有名なレコード会社の社長だった。

「あのグループいいよね。よかったら話したいから電話してきてよ、キミのプライベートの番号でね」

その社長はアタシの右肩に手を置いて笑顔で言った。ハッキリ言わないがアタシが親密になれば、ヒップホップグループに目をかけてやろうという誘いだ。

アタシは何度かこういう経験はしていたので苦笑いしてその場をやり過ごそうとしたが、左隣には“ストライカー”がいた。

「オレの女に用っすか?」

と、カウンターに身を乗り出してレコード会社の社長に向って言った。

温厚な彼がめずらしく鋭い目つきで厳しい口調だった。その社長は「邪魔したね」と苦い笑顔を作ってアタシ達に背を向けてVIPエリアの方に去って行った。

アタシはその背中に向って左手の中指を立てると、彼がその中指を握ったのでアタシが笑いながら彼を見た。

「平気?」

と、彼が心配そうに聞く。

「もう慣れっこだよ」

「こんなのに慣れちゃダメだよ」

ヒップホップグループの人達ももちろん、出演者やその関係者の間ではこういうセクハラはムシしようという事になっていた。そのセクハラを受けてまで仕事をとる必要はないというのがコンセンサスだった。なのでアタシはきっちりとムシした上にひっそりと中指を立ててきたので気にはしていなかった。

でも彼がアタシの為にあの社長に反撃しようとしてくれたし、アタシに優しい言葉を言ってくれたので感動した。愛されている事を実感した。

今すぐに彼を抱きしめてキスしたい気分だったが、周りには大勢の人がいて恥ずかしいので腕を組むだけで我慢した。

そして爆音で普通の会話は難しいので、組んだその腕を引っ張って彼の耳を自分の口のそばに近づけて

「帰ったらエッチしようね」

と、言うと彼はアタシを見てニッコリと笑った。今はとりあえずこれ以上の愛情表現が思い浮かばなかった。


♪ Carla Thomas - B-A-B-Y

https://youtu.be/FZu6FMAksrs?si=lq6ca2mIuaQVz4Fl



 “ストライカー”と充実した日々を送っていた。

地元の事もすっかり忘れ、たまに“プリンセス”と電話で話すくらいだった。

ここの暮らしが気に入っていた。


 しかしそうは長く続かなかった。 “ストライカー”が別のチームに移籍することになった。東北のチームでここからは新幹線を使う距離だ。

彼は引っ越さなければならない。

毎日楽しく過ごしていたアタシ達に急に現実が襲って来た。

アタシも一緒に引っ越すのか、もし引っ越したら一緒に住むのか、今借りている部屋はどうするのか、バイトは辞めるのか、一緒に住んだとしてアタシはそこで何をするのか。

一気に話し合わなくてはならない現実的な問題が押し寄せてきた。

「結婚して一緒に引っ越す?」

彼は唐突にアタシに質問した。ただアタシを連れて行くには心苦しくて、ちゃんとアタシへの責任を取るという意味での発言だったのだろう。

「なんか、それは違う気がする。結婚ってそうやって決めるもんじゃない気がする」

アタシが答えると

「うん、オレもそれは同感……」

と、彼は言った。

別に結婚を否定するつもりはない、いづれするかもしれないし、しないかもしれない。今はしたいとは思っていない。相手が誰であろうと。

彼との結婚を想像してみて、悪いところはない。彼とは気が合うし、問題はなかった。彼はアタシにとって最高のパートナーであるのは間違いない。

 彼はスポーツ選手は早く落ち着くべきだというのも古臭いとバカにしてたし、家で旦那の健康を考えた夕飯を作って待ってるような“支える妻”も好きではなかった。タバコを1本わけてくれちゃうようなアタシが好きだった。

“親友”達はアタシ達に結婚するように言ったけど、結婚にはお互い興味がなかった。というより、今の関係で十分素晴らしいものだった。

彼はアタシのことをよくわかっていた。

彼だけが引っ越して今のまま流れに任せて続けていこうと決めて、アタシ達の遠距離恋愛が始まった。


♪ Black Sheep - The Choice Is Yours

https://youtu.be/K9F5xcpjDMU

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