#06 愛した男②

 “ストライカー”が移籍に伴って引っ越をして遠距離恋愛を続けていたアタシ達、新チームでのシーズンが始まってからは彼は東京に来ることはできなくなりアタシが月に1、2度まとまって数日彼の家に滞在するというサイクルを繰り返していた。

会えたときはうれしいし、一緒にいるときは楽しかった。

距離ができてしまったがキモチに変わりはなかった。

しかしやはり距離というのはやっかいなもので、以前ほど順調とはいえなかった。

アタシは彼の浮気を疑っていたし、彼もアタシと“V”の関係を疑っていた。でもお互い確証もなく決定的な何かがあったわけではなかったので付き合いは続いていた。


 その週末も雪が舞っていた。

新幹線から降りたアタシはキャリーバッグを抱えてタクシーに乗り彼の借りているマンションに着き、キャリーバッグをガタガタと鳴らしながら彼の住む一室の前に来た。

チャイムを鳴らすと想定外の光景が ── いや、想定内だった。

肩より少し短いミルクティ色の髪で、ふんわり系のメイク、大学生時代にはミスコンでいい線までいったけどアナウンサーにはなれなかったふうな、20代前半の女の子が出てきた。

彼女は口を開けたまま目を見開いて何も言わなかった。。

アタシが誰なのかはわかったようで、アタシの存在を知ったうえで彼とそういう関係に至ったわけだ。

 奥から異変を察した彼もでてきたが何も言えず、シラケたアタシの目を見てバツが悪そうな顔をした。

ごめんというようなその顔はかわいかったが、

「アタシ、戻るね」

と、言ってクルリと体を反転させて来た道を戻ろうとして玄関の扉を閉めた。マンションのエレベーターを待っていると、慌てたように彼が出てきて「待って」と、言ってアタシの少し後ろに立った。

「待ってって……3人で食事でもするの?」

アタシは冷たく返答した。

「だよな……ごめん……」

「とりあえずアタシが行くよ。駅前のホテルに泊まる」

「後でそっち行くよ」

申し訳なさそうな彼のしんみりした声に絆されることなく、アタシは冷静に会話をして駅近くのホテルに向かって雪道を戻った。

雪が積もってキャリーバッグの車輪が回らない。重たい気持ちを引きずるように重たいバッグを引きずった。らちがあかなくなって抱えてザクザクと雪を踏みしめて歩みを進めた。

 アタシは駅の隣のホテルに部屋をとり、荷物を置いてコートを脱いで雪景色の外を眺めながらため息を付いた。

アタシは彼の浮気を知っていた。

1回目は知ってはいたけど見逃した。

2回目は*シミュレーションばりに大騒ぎして謝罪とシャネルのバッグを勝ち取った。

今回は見事な*オウンゴール。

今までは許してきた。それは多分、彼を愛していたからだ。彼を失いたくなかったのだ。それに浮気は浮気で彼はアタシを愛していたのもわかっていた。そう言っていたし、それを感じてもいた。

 数分後、彼がアタシの部屋を訪ねてきた。

以前のように言い訳もせずただひたすら謝り、アタシのことを愛していると何度も言ってた。でももう続ける気はなかった。

嫌いになったわけではないが、また同じことが繰り返されるような気もしたし、やはり距離は変えられないと諦めが勝った。

それで“ストライカー”とは終わった。


 “ストライカー”とは1年ほどの付き合いだった。

最後はまさか浮気現場に踏み込むなんてマンガのような展開で笑えるほど醜いが、彼には感謝もしている。

決して理想的ではない10代の頃の恋愛をひきずって恋愛から遠ざかっていたアタシにまた人を愛することと愛されることの幸せを教えてくれた。

考えてみればソレを教えてくれた最初の人だったのかもしれない。



◆◆◆


▶シミュレーション - 相手選手のファウルによる転倒を装って、審判を欺く行為のこと

▶オウンゴール - 自分の能動的な行動によって自陣のゴールに誤って失点してしまうこと

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