2007年 - Hello, Goodbye

 それ以来、“V”はよく飲みに誘ってくれた。

音楽関係者がいたり、ファンの子がいたり沢山の人と一緒に飲んだ。アタシの未熟なロック話にも付き合ってくれたし、飲みすぎたときは背負って家まで送ってくれた。そのおかげでお気に入りのヒールをなくしたこともある。

 ある日の飲み会に、“V”たちの先輩が来ていた。

かつては“V”たち以上にバンギャルに囲まれてバブルなバンド生活をしていた人だ。

Beatlesビートルズなどに影響を受けた田舎のロック少年がバンドを組んで上京して20代で成功。

まもなく40代になって今は若手の面倒をみたり、レコード会社に縛られることなく自由に音楽活動している。いろんな経験をしてきただろう先輩は、とても紳士で過去をひけらかすようなタイプではなかった。ノリがよくてユーモアもある。若手からの信頼も厚く、新しい世代への理解もあった。

アタシはこの“ステキな先輩”にとても惹かれた。


♪ The Beatles - I Want To Hold Your Hand

https://youtu.be/jenWdylTtzs



 Beatlesビートルズは歴史上の人物としか認識してないアタシには“ステキな先輩”は教科書だった。ポールはベースを逆に持ってることすら気づいてなかったアタシに、彼が幼い頃から経験してきたロック話をしてくれた。Led Zeppelinレッド ツェッペリンを始めて聞いたときどんな風に思ったかとか、アタシには存在して当たり前だったAerosmithエアロスミスが出てきた時の衝撃とか。

アタシはDeep PurpleディープパープルBurnバーンのフックが『バーーーーーーン』だけなのはスゴイ発明だと言うと、ギターがメインの時代だったからだと笑っていた。

 それから数回、彼とは食事に行った。大人だし憧れずにはいられなかった。

だけど 彼には奥さんもいたし子供もいた。

3回目のデートで、もう会うのをやめようと決めた。深入りする前に。

彼の小さいけど高級そうな車で海の見えるレストランまでドライブをした。

気取ったレストランではなく、意識は高い系だけどカジュアルでアタシでも気兼ねないちょうどいいかんじで、彼はそのへんのチョイスもセンスがいい。

ドライブ中もレストランでも、あいかわらず音楽の話とかアタシのどうでもいい話とかを楽しくした。

 家まで送ってもらってアタシは意を決してもう会えないと言った。

彼は悲しい笑顔でうなずいていた。もちろん何故かは聞かない。

アタシは笑顔で車を見送った。

きっと彼もアタシを好きだった。


♪ The Beatles - Hello, Goodbye

https://youtu.be/rblYSKz_VnI



 未だにTVからBeatlesビートルズが流れてくると少し痛む。

あいかわらず“親友”とその彼と夕飯を食べに出かけた。

“親友”は涙ながらに青春ドラマよろしくアタシの肩をだいて「あんたの決断を誇りに思う」と、言った。“ステキな先輩”の件だ。


 今日は珍しく──いや、はかって“親友”の彼氏が友達を連れてきた。

それも2人はとても計画的だ。シングルの男の人だけだと、気の毒なアタシに紹介せんと余計なお世話が目立ってしまう。彼女や奥さん同伴の友人もいる。その中にシングルの男性を少しまぜて、たまたま気が合う人がいるかもという計算だ。

アタシはもともと、“クレバーな姉”のように男をたてる会話をなにげなくできる気の利くタイプでもないし、“プリンセス”のように男を喜ばすようなかわいい会話やしぐさができるタイプでもない。

スカートは履いてきたけど、ワンピースは読んでいない。

血液型で人間を4タイプに分けるなんてアホくさいと思ってるし、SとMに分けられるほど人間単純でもないと思ってる。

ゆえにこういう場が本当に心底苦手だ。


 店の隅にある薄暗い喫煙所に避難することにした。

一服していると“親友”達のシングルの方の友人が入ってきた。

「1本ちょーだい」

少しだるそうに、だけど笑顔で話しかけてきた。

高い背を少し縮めてアタシから火をもらうと、彼はアタシに何か話しかけた。

と、同時に、話す気分じゃないアタシは出口に向かった。

背中でチッと舌打ちする音が聞こえた。いじわるなアタシは『聞こえてますよ』と言わんばかりに振り返って彼をにらんだ。

すると彼はニコっと微笑んだ。アタシも微笑み返して喫煙所を後にした。


♪ Sweet - Fox On The Run

https://youtu.be/qBdFA6sI6-8



 昼過ぎ、知らない男の人から電話がかかってきた。間違い電話かと切りかけたとき、

「喫煙所で……」

と、名乗った。あのシングルの男性だった。

「よかったら、今度は喫煙所じゃなくて食事でも……」と、誘われ、数日後食事にいく約束をした。

 彼は“親友”の彼氏と同じサッカー選手でチームは違うけれど地元が近いので子供の頃から親しくしていて、今では一緒にタトゥーを入れるほどの仲らしい。

電話では明るくよく話して女の人を楽しませるタイプではまったくないけど、かえってそれがアタシには好印象だった。サッカー選手なんてどうせみんな遊び人だろうと勝手な思い込みをしていたから、控えめな彼が新鮮だった。


♪ Oasis - Wonderwall

https://youtu.be/6hzrDeceEKc



 あらたまってデートとなるとなかなか緊張するものだが、彼は映画を選んだ。

“ IRON MAN《アイアンマン》”を観た。

デートムービーかと言われるとそうではないが*R-D-Jロバートダウニージュニアの復活が見事だったし、アメコミ映画としても面白かった。

The Dark Knightダークナイト”のように暗くなかったのもよかった。

 多分スポーツ中心の教育を受け生活してきた彼は、 映画や音楽なんかにはさほど触れてこなかっただろう。

むしろそんなことばかりしてたアタシとは正反対だ。

好きな映画を聞かれたら、“Titanicタイタニック”や“アメリ”とは言わない。

“|Dawn of the Dead:Zombie《ゾンビ》”か“Cannibal Holocaustしょくじんぞく”と答えるアタシ。

映画の趣味は合うかどうかわからないが、多分合わないが、食事も会話も楽しく最初のデートは成功だった。


♪ BLACK SABBATH - Iron Man

https://youtu.be/5s7_WbiR79E

(ダークナイトはジョーカーが勝ってたら最高。)

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