#05 クラブの男たち

 アタシはバイトをすることにした。

アタシに甘い父からの結構な額の援助はあったが大学も休学しているのでやることがなく、よく一緒に遊んでいた“親友”は大学とバイトが忙しいのと恋人との仲が深まったのもあって一緒に過ごす機会が減っていて、独りの時間を持て余していたからだ。

 クラブで親しくなったヒップホップグループのアシスタントの仕事を始めた。

ラッパー2人とDJ1人の3人組は、クラブ界隈ではよく知られた存在だったがメジャーデビューをしていないので世間一般の知名度はそれほどだった。

彼らはこだわりを持っていたので、メジャーへの誘いがあっても歌詞や曲への制約を受けそうな大手とは契約を望んでおらず、自由に活動していた。ヒップホップ文脈の中ではリスペクトされているにもかかわらず、彼らの音楽業界での地位は末端だった。

しかしそのように硬派に活動している彼らのファンだったし、何度も会っているうちに仲良くもなっていたので、アタシにとってはありがたい仕事だった。

 主な仕事はスケジュール管理で出演依頼の電話の応対やレコーディングの日程調整などだった。

DJは自分達以外のラッパーやミュージシャンにトラックを作って提供していたし、ラッパーの1人はよく客演で呼ばれたりしていた。もう1人のラッパーは音楽評論などの執筆も行っていた。そしてクラブでは人気があったので毎週末のように関東を中心として各地のクラブに出演していた。

 大きな音楽業界での地位は末端かもしれないが、クラブシーン、ヒップホップシーンでは確固たる地位を築いていて多忙だった。

3人に対して1人のマネージャーしかおらず、現場に一緒に出掛けているマネージャーは手一杯で、アタシはそのマネージャーの補佐的な仕事だった。

仕事用の電話を渡されてその電話はよく鳴ったが、それほど難しい仕事でもないし仲の良い人達と一緒だったので楽しいバイトだった。

 

 “ストライカー”は明るく賑やかなタイプではないが、いがいと社交的でアタシの仕事にも遊びにも着いて来た。アシスタントとしてクラブに行くときも一緒に来て、ラッパー達と仲良くなっていたり、一緒にライブハウスにバンドを観にいったりした。

ある夜、寝ようとしてベッドに2人で横たわっている時彼が突然言った。

「最近、オレの世界って小さかったんだなって思ってんだよね」

「小さい? 世界相手に戦ってるのに?」

彼が何を言い出したのかと思って聞くと、彼はアタシと付き合うようになって今まで会わなかったタイプの人達と話をして刺激を受けたようだ。

アタシ達はお互いの世界を共有するようになって、お互いの存在が重要なものに変わっていってる実感があった。

 “ストライカー”がオフシーズンの週末、一緒にクラブに行った。アシスタントをしてるヒップホップグループの出番があったが、クラブでの出番は友人も沢山いるし仕事兼遊びといった感じで楽しかった。

この店はきらびやかで派手な店構えではなくわりと雑然としていたが、出演するアーティスト達のチョイスがウケていて人気店だった。週末になると人で溢れかえり、有名人や音楽関係者などもよく訪れていた。

ステージからだいぶ離れたところにVIPエリアがある。有名人などは遊びに来るとそこのソファで豪遊してるのを度々見かける。

アタシみたいに仕事でクラブに来てる人──ラッパーやダンサー、DJなど含め、それから最初の頃のアタシのように音楽を純粋に楽しんでいる客にとってはVIPの豪遊は他人事で、有名人が少しでも生意気な態度をとると楽屋では悪口で盛り上がっていた。大概の出演者は世間一般では無名なので、有名人や音楽関係のお偉いさんには見下されてしまう。それと女性はセクハラの対象になってしまう。

でもVIPの豪遊はクラブの大事な収入源なので、どんなに横暴でも見て見ぬふりされている。

「キミ、あのグループのマネージャーって聞いたけど」

と、グループがステージに立っている時、VIPエリア近くのバーカウンターで顔見知りのバーテンダーと話しながら飲んでいたアタシに1人の男が話しかけてきた。

「はい、アシスタントですけど」

声がした右を向くと、ブランドのロゴがデカデカと入ったシャツを着てギラギラと光る腕時計をした男が笑顔で名刺を差し出してきた。ヒップホップのクラブハコにはまったく不釣り合いなその男は有名なレコード会社の社長だった。

「あのグループいいよね。よかったら話したいから電話してきてよ、キミのプライベートの番号でね」

その社長はアタシの右肩に手を置いて笑顔で言った。ハッキリ言わないがアタシが親密になれば、ヒップホップグループに目をかけてやろうという誘いだ。

アタシは何度かこういう経験はしていたので苦笑いしてその場をやり過ごそうとしたが、左隣には“ストライカー”がいた。

「オレの女に用っすか?」

と、カウンターに身を乗り出してレコード会社の社長に向って言った。

温厚な彼がめずらしく鋭い目つきで厳しい口調だった。その社長は「邪魔したね」と苦い笑顔を作ってアタシ達に背を向けてVIPエリアの方に去って行った。

アタシはその背中に向って左手の中指を立てると、彼がその中指を握ったのでアタシが笑いながら彼を見た。

「平気?」

と、彼が心配そうに聞く。

「もう慣れっこだよ」

「こんなのに慣れちゃダメだよ」

ヒップホップグループの人達ももちろん、出演者やその関係者の間ではこういうセクハラはムシしようという事になっていた。そのセクハラを受けてまで仕事をとる必要はないというのがコンセンサスだった。なのでアタシはきっちりとムシした上にひっそりと中指を立ててきたので気にはしていなかった。

でも彼がアタシの為にあの社長に反撃しようとしてくれたし、アタシに優しい言葉を言ってくれたので感動した。愛されている事を実感した。

今すぐに彼を抱きしめてキスしたい気分だったが、周りには大勢の人がいて恥ずかしいので腕を組むだけで我慢した。

腕を絡ませたアタシ見て彼はニッコリと笑った。

 クラブに出入りしているとたくさんの人に会う。いろいろな人と親しくなった。だけど1番信頼できてアタシを1番大切にしてくれるのは“ストライカー”だとこの時点で確信していた。

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