2008年 - About A Girl
年が変わりアタシはバイトを始めた。アタシに甘い父からの結構な額の援助はあったが大学も休学しているのでやることがなかった。
クラブで親しくなったヒップホップグループのアシスタントの仕事だ。
ラッパー2人とDJ1人の3人組は、クラブ界隈ではよく知られた存在だったがメジャーデビューをしていないので世間一般の知名度はそれほどだった。
彼らはこだわりを持っていたので、メジャーへの誘いがあっても歌詞や曲への制約を受けそうな大手とは契約を望んでおらず、自由に活動していた。ヒップホップ文脈の中ではリスペクトされているにもかかわらず、彼らの音楽業界での地位は末端だった。
しかしそのように硬派に活動している彼らのファンだったし、何度も会っているうちに仲良くもなっていたので、アタシにとってはありがたい仕事だった。
主な仕事はスケジュール管理で出演依頼の電話の応対やレコーディングの日程調整などだった。
DJは自分達以外のラッパーやミュージシャンにトラックを作って提供していたし、ラッパーの1人はよく客演で呼ばれたりしていた。もう1人のラッパーは音楽評論などの執筆も行っていた。そしてクラブでは人気があったので毎週末のように関東を中心として各地のクラブに出演していた。
大きな音楽業界での地位は末端かもしれないが、クラブシーン、ヒップホップシーンでは確固たる地位を築いていて多忙だった。
3人に対して1人のマネージャーしかおらず、現場に一緒に出掛けているマネージャーは手一杯で、アタシはそのマネージャーの補佐的な仕事だった。
仕事用の電話を渡されてその電話はよく鳴ったが、それほど難しい仕事でもないし仲の良い人達と一緒だったので楽しいバイトだった。
♪ Michael Jackson - Off the Wall
https://youtu.be/_BfcRjZn6y4
バイトに並行して先日知り合ったサッカー選手“ストライカー”とはデートを繰り返していた。
身長が高くさすがにスタイルはいい。程よく筋肉質でセクシーな腕に密かに見とれていた。黒い長い髪に鋭い目つきなわりに、性格はとにかく静かで温和だった。
かなりシャイでなかなか『付き合おう』と言わない。彼は確実にアタシを求めていたけど言い出さない。アタシは待っていた。
大学を休学し新天地を求めて引っ越したのにもかかわらず、何もなく変わらないアタシは夜独りでボーっとラジオを聴いていた。
数年前に若くして亡くなったシンガー兼ギタリストの特集だった。今はもう解散してしまっているそのバンドの聞き覚えのある曲が流れた。
ただそれに聴き入った。
急に淋しくなったアタシは“ストライカー”に電話をした。
『どうした?』
まもなく日付が変わる頃だったので彼はもう寝てたようで寝起きの声だった。でも優しい彼の声にほっとした。
「なんか、ちょっと……。何でもないんだけど……。ゴメン、遅くに」
『そっち行こっか?』
何とも言わないアタシに対して彼はそう言って車を走らせてウチまでやって来た。
彼は今は都内のチームに所属していて都心に住んでいたので、ウチまでは車で40分はかかる。深夜にもかかわらず玄関に現れた彼の姿に、アタシは我を忘れて思わず抱きついた。
「どうしたの。」
急なアタシの行動に驚いた彼は笑っていた。アタシは彼から離れて
「好き……、かも」
と、彼の目を見て
「かも?」
やっぱり彼は笑って、またアタシを抱きしめて
「オレは好きだよ」
と言った後にキスをした。
アタシは淋しかったはずだが、その言葉とキスで孤独感から抜け出し一気に体温が上昇し多幸感に包まれた。密かに見とれていた筋肉質な腕に抱かれて、アタシは自分が想像していた以上に彼を思っていた事に気がついた。そしてそのまま2人でベッドに行って一晩一緒に過ごした。
翌朝、「やべぇ……」と言って飛び起きた彼が筋肉質な上半身を起こして、慌ただしく洋服を探す音でアタシは目覚めた。
「遅刻すると罰金なんだよ」
彼はそう言いながらベッドに裸でうつ伏せになったままのアタシを見ながら、いそいそと服を着ている。アタシのシャツも見つけた彼は
「着て、遅刻してもいいかって気分になっちゃうから」
と、言ってアタシに向かってシャツをほおった。
そして服を着た彼は起きてすぐだというのに玄関に向かって、アタシはシャツだけを着てついて行った。
「アタシの為にゴール決めてね」
この状況に少し恥ずかしかったアタシはジョークを言うと
「うん……っていうか……今日、練習日。だからシュートはめっちゃ打つと思う」
フォワードの彼は苦笑いして髪もボサボサのアタシに軽くキスをして去って行った。
午前中から練習があるのにアタシの為に深夜にウチに来てくれたのだった。あまり寝られずにけだるさが後を引いたが、彼の愛を感じていた。
♪ Nirvana - About A Girl
https://youtu.be/AhcttcXcRYY
早速アタシは“親友”に電話して、“ストライカー”との事を報告した。
『絶対付き合うと思ってた!』
と、“親友”は興奮している。
『彼、あんたと初めて会った時すぐにアタシ達に探り入れて来たもん』
「そんな話聞いてないよ」
『言うと警戒するでしょ、絶対付き合ってほしかったんだぁ。彼イイヤツだからさ』
“親友”とその彼はアタシ達が交際に発展して欲しいと願っていたという。彼女は何故かアタシよりアタシの幸せが嬉しそうだった。
「アタシ達これからライバルだね」
“親友”の彼とアタシの“ストライカー”は違うチームなのでそういうことになる。
『ま、正直結果はね……ケガしないでいてくれればそれでいいってのが本音なんだけどね』
プロスポーツ選手の彼女になって数年経っている“親友”の言葉を聞いてそういうものなのかと思った。
アタシはサッカーはほとんど知らなかったので、本を買いルールや歴史を勉強した。
「サッカー始めるの?」
と、“ストライカー”はそんなアタシを見て言っていたが、アタシは彼が幼い頃から掛けてきたモノを理解したかった。そしてちゃんと応援したかった。
「別に勉強しなくても……サッカー知らないからって嫌いになったりしないよ?」
彼はそう言うが、何よりルールを知った上で観るサッカーは楽しかった。戦術が解るとなお楽しい。アタシはどんどん夢中になって、ヨーロッパのサッカーまで見るようになった。
「解説者にでもなるの?」
と、彼はアタシの成長ぶりに驚いていた。
知識を得てサッカーの楽しみ方が解ったアタシは毎試合とはいかないまでも、月に数度彼の試合を観戦しにホームスタジアムまで行っていた。
“親友”の彼がいるチームとの対戦の日、アタシと“親友”は一緒にスタジアムに行きメインスタンドの前の方の席で観戦した。その時点の状況ではアタシの彼のチームの方が成績が悪かった。
「どっちが勝っても私達の友情は変わらないよ。ま、ウチが勝つけど」
と、試合が始まる前に“親友”が煽るので、アタシ達はライバルという設定をふざけて楽しみながら観戦した。
スコアレスドローのまま後半に入った。そして間もなくアタシの彼が点を決めた。アタシが小さく跳ねながら手を叩いて喜んでいると、ゴール前からメインスタンドの方に向って彼が走りながら拳をコチラに見せていた。
アタシの姿など解らないだろうが多分アタシに向ってだ。
彼はお揃いで買った指輪を外さずにそれをテーピングして試合中も付けている。そのテープで巻かれて見えなくなっている指輪をアタシに向けて合図を送ったのだ。アタシは彼とおそろいの指輪をしている左手を胸にあてて右手で覆った。彼と目が合っているような気がしてアタシは走る彼を笑顔のまま見つめた。
その一部始終を横で見ていた“親友”は
「いいなーそういうの憧れる―」
と、アタシの腕をつかんで言い出した。何故なら彼女の彼はディフェンダーなのでゴールを決めることがほとんどない。
「まじで、せっかくサッカー選手と付き合うなら前めの選手だな」
と、彼女はつぶやいたので
「セットプレーだよ、セットプレー」
と、笑いながらフォローした。
♪ Britney Spears - Toxic
https://youtu.be/LOZuxwVk7TU?si=Dt0HrF0ebry8BPpo
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▶R-D-J -= Ro
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▶アメリ - ジャン=ピエール ジュネ 監督・映画(2001)
▶Dawn of the Dead/Zombie 邦題:ゾンビ - ジョージ A ロメロ監督・映画(1979)
▶Cannibal Holocaust 邦題:食人族 - ルッジェロ デオダート監督・映画(1983)
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