2007年 - Blitzkrieg Bop
*
アタシは都心から少し下った場所で1人暮らしを始めた。実家までは電車で1時間くらいだが、環境が変わり毎日が刺激的だった。
ヒップホップが好きなアタシは近くの繁華街のクラブに行ってみた。クラブならお決まりだが、さっそく男に声をかけられ、ムシしていると腕を強くつかまれた。
「ねぇ、あっち行こ」
見かねたようで*
「ありがとう」
と、アタシが言うと
「めんどくさいのたまにいるよね。コッチは音聞きに来てるだけなのに」
キリッとしたクールな瞳の彼女は笑顔で言った。
彼女もヒップホップが好きで毎週末クラブに来ていて、偶然にも同じ年齢だったこともあり意気投合して連絡先を交換した。
それから待ち合わせて彼女と遊ぶようになった。彼女は面倒見がよくとても親切で姉御肌で、この街のことをいろいろ教えてくれた。クラブ以外にもレコード屋、服屋、ファストフード、若い女の子が行くところはどこへでも行った。
コチラにきて初めてできた友達で“親友”になった。
「好きな人とかいないの?」
ある日“親友”が聞いた。毎週末クラブに行っていたので顔見知りも増えたが、誰かに特別な感情を抱くこともなく、誰かと特別な関係になることもなかった。
マジメとかそういうわけじゃなく、ただなんとなく誰か1人と親密になる気分にはなれなかった。
この時のアタシは誰かと親密になってその人を失うのが怖くなっていた。
また“親友”とクラブに行ったある夜、バーで自分の番を待っていたアタシは声を掛けられた。
「ねぇ、きみ、VIPの人達が呼んでるよ。よかったら行ってみて」
と、クラブのスタッフシャツを着た人に声をかけられた。
その店はフロアの中2階にロフトのような作りのVIPエリアがある。フロアからもその様子は見えるし、VIPエリアから柵越しに中の人がフロアを見下ろしたりしていたので、誰が来ているかはわかった。この日は有名なサッカー選手が来ているとウワサになっていた。
アタシはフロアで踊っていたいし、ステージ上のラッパーやDJ、ダンサーのパフォーマンスを楽しみたい。そういうVIPな遊び方に興味はなかったので誘いをムシすることにした。
「あんた目立つから、目つけられたんだね」
“親友”はアタシに向って言った。
「どうせヤりたいだけでしょ」
きっとそういうことなのだろう。有名人と少しでもお近づきになりたくて誘いに乗る女の子も沢山いるだろうが、アタシはそういうのには関心がなかった。
「あぁいうのがいるからサッカー選手はチャライとか言われるんだよね。ウチのなんか今頃寝てるよ」
確かにサッカー選手は遊んでいる人が多いイメージだが、そんなことより“親友”の言葉の最後の方が気になった。
「ウチのって?」
と、アタシが聞くと
「あぁ、私の彼もサッカーやってんの。プロで」
彼女に2歳年上の彼氏がいることは聞いていたが、職業までは聞いておらずアタシは驚いて
「うそ! すごいじゃん」
「すごくはないよ。まぁ、彼はすごい選手だけどね」
そして数日後ついに“親友”の彼氏を紹介してもらうことになった。彼女のサッカー選手の彼氏は、スマートで愛想もよく人当たりもいい。ユーモアがあって周りを明るくするタイプだった。
「キミに合う男紹介するから。オレに任せて」
と、頼みもしないのにノリのイイ彼はそう言って、すぐに打ち解けて仲良くなった。
“親友”が務めているブランドにオーダーでスーツを作り来た彼が一目惚れしたというのが馴れ初めだ。調子のいい彼としっかり者の彼女はとてもお似合いだった。
恋愛に憶病になっていたアタシにはこんな素敵な恋愛をする日はとうぶん訪れないと思っていた。
♪ Lauryn Hill - Doo-Wop
https://youtu.be/T6QKqFPRZSA
“親友”の静止を聞かずアタシは新たな冒険に出た。
ライブハウスだ。
家には
アコギやピアノがあったから両親を喜ばせたくて、
おかげで“クレバーな姉”は夏休みの間、祖母の家から帰ってこなかった。
15歳の誕生日には母がギタリストと交際していたから、エレキギターをもらった。夏中
一瞬ではあったがロック少女期を過ごしたことのあるアタシには ライブハウスは魅力的だった。
いつも駅からクラブに行く途中にあるライブハウスには、通りかかる度に人だかりができていて気になっていた。
地下にあるライブハウスはビルに対してに水平についている外の階段を下りて行く。道路沿いの柵越しに階段を見下ろすとバンギャル達がその階段の脇でタバコを吸ったり鏡を見たりしている。たくさんの人が出入りしてた。入る勇気が出ない上、中はかなりの混雑のように見えて階段の上で立ち尽くしてると、
「もう終わるよ?」
と、背の高い男の人が声をかけてきた。
声の方を見上げた瞬間その男の人はバンギャル達に囲まれてサインや握手を求められていた。
どうやらもう最後のバンドで、アタシは勇気が出ないままライブハウス経験をしそこなってしまった。帰ろうとするアタシの腕を引っ張り、さっきの男の人が打ち上げに誘った。
しかし周囲にいるバンギャル達の視線がいたすぎて、このままじゃ無事帰れそうにない。さらにこの打ち上げとやらに行っても無事帰れそうにない。苦し紛れにでた強烈な一撃でその場を回避しようとした。
「セックスはしません!」
大笑いした男の人は 仲間とファンの子とアタシをつれて打ち上げへに行った。
♪ Elton John - Crocodile Rock
https://youtu.be/JrpI7WbJcO8?si=uR_kMMzOlFdCk9JY
目が覚めたらそこは玄関だった。
記憶以外、持ち物も尊厳もなにも失わず無事帰宅していた。
打ち上げに誘ってくれた男の人は、以前インディーズで注目を集めていたバンドのベーシストだった。今は事情があって活動休止しているらしい。
始めて聞いたバンド名だったので検索してみると、5人組のそのバンドはうっすら化粧をしているメンバーもいて90年代終わりに流行った
昨日は後輩バンドを見に来ていただけで、自身のバンドが活動休止中の彼はバーでカバーバンドをやって食い繋いでいるらしい。
一緒にいた古参ファンの子によれば、その“V”にはいがいと真面目な会社員の彼女がいる。
彼はクールであまり愛想もよくない、自分の世界がある感じのタイプでファンの子でも近寄りがたそうだった。やはり人前に出る選ばれし人間か、やや筋肉質で背が高く顔は冷たくキリっとして、少しうっとおしそうな長い髪はセクシーでオーラがあった。
そんな彼がアタシを誘ったのは*
騒がしい居酒屋の店内で『いいシャツ』と、低い声でボソっと言われたのは覚えている。
夕方“V”からメールが来た。
<オレは*
♪ Ramones - Blitzkrieg Bop
https://youtu.be/skdE0KAFCEA
(イジワル)
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