#03 意味深な男

 アタシは20歳になったばかりの頃、大学を休学して家を出た。そうはいえ実家までは30分もかからないし、娘に甘い父の援助を受けていて自立などまったくしてはいない。

10代の頃の恋愛をしばらく引きずっていて環境を変えたくなり、やみくもに飛び出しただけで、目的も何も特にはなかった。この恋愛の顛末を誰にも話していなかったから地元を出た理由も言えず、“幼馴染”を始めとした地元の友達にも“親友”にも何も打ち明けずにいた。みんなはきっとお嬢様の気まぐれくらいにしか思っていなかっただろう。

結果的にこのアタシのは4年続き、その間に大学も中退してしまい、引きずっていた恋愛も忘却の彼方となる。


 この家出の4年間を彩ってくれたのは2人の男だった。

誰かを愛することに後ろ向きになっていたアタシに1人目の男を紹介したのは“親友”の彼氏だった。

彼はアタシ達より1歳年上で将来を期待されているサッカー選手で、“親友”がバイトしているブランド店でオーダーメイドのスーツを作りに来て“親友”を気に入り、2,3か月かけて口説き落とした。

しっかり者で軽々しい性格ではない“親友”だが、彼になびいたのもわかるほど、明るく楽天的で天真爛漫で有名選手であることを鼻にかけような素振りもない彼はとても魅力的だった。付き合い始めてすぐ紹介され、この彼なら“親友”を幸せにしてくれそうだと思った。


 2人はよくアタシも誘ってくれていて、3人で食事やカラオケなどに行った。

とある日、珍しく──いや、はかって“親友”の彼氏が友達を連れてきた。

それも2人はとても計画的だ。シングルの男の人だけだと、気の毒なアタシに紹介せんと余計なお世話が目立ってしまう。彼女や奥さん同伴の友人もいる。その中にシングルの男性を少しまぜて、たまたま気が合う人がいるかもという計算だ。

アタシはもともと、“クレバーな姉”のように男をたてる会話をなにげなくできる気の利くタイプでもないし、喜ばすようなかわいい会話やしぐさができるタイプでもない。

スカートは履いてきたけど、ワンピースは読んでいない。

血液型で人間を4タイプに分けるなんてアホくさいと思ってるし、SとMに分けられるほど人間単純でもないと思ってる。

ゆえにこういう場が本当に心底苦手だ。

 店の隅にある薄暗い喫煙所に避難することにした。

一服していると“親友”達のシングルの方の友人が入ってきた。

「1本ちょーだい」

少しだるそうに、だけど笑顔で話しかけてきた。

高い背を少し縮めてアタシから火をもらうと、彼はアタシに何か話しかけた。

と、同時に、話す気分じゃないアタシは出口に向かった。

背中でチッと舌打ちする音が聞こえた。いじわるなアタシは『聞こえてますよ』と言わんばかりに振り返って彼をにらんだ。

すると彼はニコっと微笑んだ。アタシも微笑み返して喫煙所を後にした。


 数日後、“親友”経由で喫煙所で会った男から連絡がきた。

アタシはすっかり恋愛から遠ざかっていて目的もないまま日々を消化しているだけだったので、連絡が来た時は少し心が弾んだ。

それにあの日会った中では1番好みのタイプだったのも事実で、心のどこかでまた会ってみたいと思っていた。あの意味深な笑顔は数日間、脳裏に焼き付いていた。

 彼も“親友”の恋人同様にサッカー選手で現在所属しているチームは違うが、同じ年なのでサッカーのうまい子供が集められる機会には顔を合わせていたから幼馴染のような仲だという。たいていプロのスポーツ選手になるような人は子供の頃から将来を期待されて特別扱いされつつもそのスポーツだけに打ち込む子供時代を送っている。ご多分に漏れず彼も高校生時代には親元を離れてサッカーの名門校に進学し、海外留学までしている。

すでに独り暮らし歴の長い彼は家事は得意で『スポーツ選手は早く結婚して安定した生活を送るべき』といった前時代的な考え方には否定的で、自分で自分の管理をしていて“内助の功”というようなものは求めていないと言ってた。

 だからだろうか、アタシのようなタイプの女に興味をもったのは。

サッカーだけの10代を過ごしてきた彼とアタシは年は1歳しか変わらないというのに、見てきた景色が全く違った。

度々食事に出かけていたが、話すたびにそれを実感した。でもそれが新鮮だった。

それは彼にとってもそのようで、クラブやライブハウスに行って夜遊びばかりしていたアタシの話を興味深げに聞いている。

アタシが勧めた音楽を聴くと感想を教えてくれるし、一緒に映画を観ようとアタシの意見を聞いてくれる。

体が資本の職業である彼は管理された中で生活しているが、アタシはまったくの自由人で

「気ままなキミを見てるの楽しい。自分がやりたいコト、全部してくれてるような気になる」

と、不思議な感覚でアタシのコトを見ている。

アタシはアタシで、さすがサッカー選手の彼のスッキリとした程よい筋肉に仕立てられたスタイルに密かに見とれていた。


 アタシと“ストライカー”は程よい距離感を保っていた。

彼は温厚で物静かな性格のせいか、なんらかの関係になることを焦らずにゆっくり2人の関係を見定めているようだった。今誰かと付き合うなら彼だとは思っていたが、まだそこまでの勇気がなくてアタシもその速度は心地よかった。

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