第17話 よく見る動画
7月も下旬に差し掛かり、地元の梅雨も明ける。その数日前から地元もかなり暑くなり、日中は精神的にも肉体的にもほとんど死んでいる状態だ。ガブガブ水を飲み、塩分ミネラルを摂取してギリギリ命を繋いでいる。
こうなってくると夜もあんまり活発とは言えないものの、やはり寝る前のルーティーンは欠かせない。気が付くとスマホの画面をずっと眺めてしまう日々だ。
そして今日も他愛もない雑談が始まった。最初はお互いの近況報告などをしていたものの、またしてもサワから質問が投げかけられてきた。
『最近どう言う動画見てる?』
『ユーチューブって事?』
『別にニコニコでも何でもいいけど』
『最近はユーチューブしか見とらんわあ』
『どう言うの見てるの?』
何だか今日の彼女は若干しつこい感じだ。俺の見ている動画を聞いて何をしようと言うのだろう。単に好奇心を満たしただけなのかも知れないけど。
俺はサワの期待に応えるべく、最近の個人的な動画視聴状況を説明した。
『見とるって言うか聴いとるって言うか……』
『BGM利用ね。分かる』
『最初はアニメのOPだとか、そう言うのを見とったんよ』
『分かる』
『その内に、関連動画でサウンドトラックとか出てくるやん? 聴いてまうやろそんなん』
『分かる』
『そっからは動画を垂れ流してる感じになってったわ』
『動画自体は見ていないと』
『BGMにしとるやつはな』
『動画とは……』
そう、俺がユーチューブを活用するのはBGM目当てだ。昔は取り込んだCDを聴いていた。それが気が付くとネットの動画になった訳だ。音質は同じだし、買った事のないアルバムも聴けるし、無料だし。こんなお得な話はない。今までCDを買っていた身からすると、むちゃくちゃズルな気はしている。
けど、人は楽に流れていくものなのだ。ネットに転がっていない音源は聴く事が出来ないと言うデメリットがあるので、お互い様だよなとか言い訳をしたりして。
ただ、動画には様々な内容のものがある訳で、サワの追求は続いた。
『じゃあ、番組としては見ている動画はない?』
『それがさあ、見とるんよ最近は』
『どう言うのを?』
『最初にハマったのは『バーバパパ』やったね』
『これまたエラい懐かしいものを』
『いやアニメの方やないで』
『あ、面白動画の人か』
『ウ”ィ”エ”でブレイクした人だけど、私が初めて知ったのは鳩EDM』
『鳩EDM?』
『鳩の曲があるんよ。最高やで?』
『パパさんの動画ってどれも不気味さがあるのがいいよね』
『揺れ幅が大きいのもええんや。可愛いのから意味不明なのまであってな』
『オススメは何かある? その鳩?』
『一番のオススメは『無責任感』やろか。名曲やで?』
『へえ、聞いてみる』
俺が最初に番組として好きになったユーチューバー、それが『バーバパパ』だ。ツイッターのTLで流れてきた曲紹介動画で一気にハマった。内容はオリジナルの楽曲PVやコント動画。音楽のセンスは最初からあったんだけど、CGアニメのクオリチィは動画を作る度に向上して行って、新作動画が出る度にその映像の内容も話題になっている。
その唯一無二なセンスは、今では多くの人に愛されているのだ。
俺が個人的なオススメユーチューバーを1人紹介したところで気を良くした彼女は、この流れに乗って更に欲しがる。
『他の動画は見てないの?』
『せやなあ……。話題になってたんで『オールマイティ・ラボ』を見始めてんで。これは面白動物紹介動画なんや』
『それはどう言うの?』
『メジャーなのからマイナーなのまで、様々な動物を結構イカれた感じで紹介してくれるんよ。時間も1~2分くらいで収めていて軽く楽しめるんやで』
『動画って長いと1時間くらいのもあるし、数分で見終わるのはいいよね』
「見たらバチクソ笑うで、保証するわ』
『メモメモ……』
このチャンネルも知ったきっかけはツイッターのTLだった。クセになるBGMに乗って紹介される動物はどんな種族もいい感じにこき下ろされる。そんな毒舌さが人気のひとつだろう。特定の動物がレギュラーになっていて、他の動物紹介なのに後半はそれらの動物紹介になってしまうと言う事が多いのも面白い。
紹介したチャンネルが気に入ったのか、サワは更に俺にお代わりを要求する。
『後は?』
『後はアニメ考察動画や感想動画とか……よく見るのは『TERUちゃん』やなあ』
『どう言う所がいいの?』
『基本5分以内で短くまとまっているのと、褒めに徹した内容、後は声がええんよ。取り上げる作品も人気作からそうでないものも取りげていて、アニメ以外ではラノベもよく動画にしてる。そこもええトコかな」
『へ~。時間が短いって事は考察動画じゃないんだ』
『そ、感想動画。でもそれがええやんな』
『分かる。考察は見ないん?』
『たまに見んねんけどな』
ユーチューブにはアニメ系の動画も多い。レビュー的なのをしているものや、じっくり考察するもの、ネットの声を拾ってまとめたものや、個人的な感想を短い言葉でまとめたものなど多岐に渡っている。
俺がこのチャンネルを挙げたのは、基本褒め動画なところと時間の短さと声の良さだ。感想系は合成音声だったらり、肉声の場合は声がチャラいと言う事も少なくない。そんな中、TERUちゃんの声は渋めな感じで滑舌と声量も良く、とても聞きやすいのだ。
ここまで結構動画を挙げたと思うのだけど、サワはまだまだしつこく追求する。
『後は?』
『後は都市伝説系と日本すごい系動画やなあ。主に見ているのはそれくらいよ?』
『じゃあ日本のトップユーチューバーの動画とかは見ないんだ』
『見いひんなあ』
『芸能人の動画も?』
『芸能人……ピエール瀧さんの『YOUR RECOMMENDATIONS』は見とるで』
『瀧さん……復帰してたんだ』
『しとるでー』
『どう言う動画なの?』
『旅番組やね。地元の人にオススメを聞いて、それに従うってコンセプトなんよ』
『へぇ~』
『これがまたじわじわと来る面白さなんや』
『じゃあ後でチェックしてみる』
瀧さんの旅番組を知ったのもまたツイッターからだった。俺がネットで知る情報はほぼツイッター経由だな。いい事なのか悪い事なのか……。ユアレコのいいところはいい意味で手作り感が満載なところと、たまに入る解説などの演出のセンスがいいところ。瀧さんの人柄も相まってファンなら100%、それ以外の人でもかなりの人が気に入ると思う。
旅番組が好きな人なら、すぐにチャンネル登録しちゃうんじゃないかな。
俺のプレゼンを聞いた彼女はこの番組にも興味を持ってくれたようだ。自分の好きなモノを身近な人も気に入ってくれると言うのは嬉しい。
と、ここまでのやり取りを経て、サワが素朴な疑問を投げかけてきた。
『しかし、タケルって有名所全然見てないの面白いな』
『いやだって、そう言うんに興味ないし。興味のあるもん見ていったら、マイナーなのに偏るのも当然やない?』
『動物系とかは見ないの? 猫とか好きじゃん』
『進んで見るものはないなあ。ああ言うんはキリがないやん』
『分かる。動物系は終わりがないよね』
『ネットニュースや関連動画に出てきたら見る事もあるんやけど』
ツイッターに動物専門のアカウントがあるように、ユーチューブの番組でも動物専門チャンネルは多い。やたら多い。俺はそう言うのは追いかけない主義だ。探し始めたらマジできりがない。たまに目に入った時に気に入ったのがあれば見るくらいで充分だ。
そして有名ユーチューバーにも全く興味はない。今見ているものも気になったものを辿って見るようになったもので、そう言う経緯だとマニアックなところで収まってしまうのだ。それでいいと思う。
今までさんざん俺から情報を聞きたがっていた彼女は、ここでやっと質問の角度を変えてきた。
『そう言う動画って倍速で見てるの?』
『倍速でも分かるやつはな。でも普通に喋ってる動画なら1.25倍速でも聞き取れないくらいになるし、動画によって調整しとるよ』
『ネット動画ってゆっくりめに話すものが多い?』
『ゆっくり動画は当然2倍速なんやけど、日本すごい系動画もすごくゆっくりなんよ。なんでやろ?」
『ゆっくりしていってね!』
どうやらサワもゆっくり動画は知っているようだ。少し前のゆっくりは自分のもの騒ぎが解決してから、逆に更に多くのゆっくり動画が出てきた気がする。日本すごい動画でもゆっくり形式で紹介するものが増えてきた。何かを紹介する時、ゆっくり形式はすごく便利なのだ。
ただ、元ネタを知らない人もどんどん増えている気はする。まぁそれも時代の流れかも知れない。大抵の人は光が当たっている部分しか見ないものだからだ。
ここまで話してきて、何となくネタも尽きてきた。俺はそろそろ話題を変えようかなと思って次のネタを考え始める。
と、ここで、まだ紹介していないお気に入り動画ひとつ思い出した。
『あ、忘れてた! 有隣堂しか知らない世界!』
『ゆーりんちー!』
『おもろいやんな』
『面白いね』
『岡崎さん最高やで!』
『間仁田さんもいいよね~』
このチャンネルを俺が知ったのは、珍しくツイッター経由でなくネットニュースからだった。その時に紹介されていた動画の内容は、小説家『中山七里先生』の一日に密着と言う、テーマとしては珍しくはないもの。しかしこの先生の仕事量がとんでもなかった。1日17時間15分執筆をしていて、その仕事っぷりに目玉が飛び出たのだ。
番組も興味深かったものの、ホストのブッコローの毒舌が楽しくて一瞬でこのチャンネルの虜に。他の動画も全て面白くて、今では新作の配信を楽しみにしている。
そして、彼女もまた俺と同じ経由でこのチャンネルを知ったらしく、ゆうりんちー同士の会話は尽きる事なく続き、やがて眠気が来て今日の会話は終わった。
もうすぐ地獄の8月がやってくる。予報によると、今年は10年に一度の暑さが待っているらしい。勘弁してくれよと思いつつ、俺は部屋の照明を切ったのだった。
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