第16話 地元自慢
7月も中旬を過ぎて、ようやく梅雨明けの話も聞こえてきた。とは言え、その直前の大雨が地域によっては災害レベルになっている。幸い、俺の地元は被害が出るほどの雨量は発生しておらず、この手の話題を対岸の火事のように眺めていた。毎年のように発生してしまう大雨被害、早く落ち着いて欲しいものだ。
考えてみれば、地元の自然環境はとても恵まれている。他地域との比較にはなるけど、夏はそこまで暑くはならないし、冬のそこまで寒くならない。おまけに大雨も地震の被害も大規模なものはほとんどない。自然環境だけで言えば、日本の中でも住みやすい方なのではないだろうか。
こう言う地域別の特性のようなものは意外と地元民には分からないし、だからこそ、その素晴らしさを自覚出来ている人は少ないように思う。どんなに他地域から羨ましがられても、そこに住む人々にとっての当たり前の風景はつまらないものだと思いがちだ。
俺は雨がやんでも星空の見えない夜空を見上げながら、地元の良さについて考えを巡らせていた。
『地元のいいところって地元民は分からんもんやなあ』
『どしたん?』
夜の雑談でもついこのテーマを投げてしまい、サワから不思議がられてしまった。なので、今宵は『地元』をテーマに話して行こうと指を滑らせる。
『いや、マジで思い浮かばへんねん』
『そっちはほら、自然が豊かとかじゃない? まずは』
『田舎やからね』
やはり一番最初に出てきたのは自然の豊かさだった。今まで俺はあまり地元バレする話はしていなかったものの、田舎ネタをよく出していたのでその印象が残っていたらしい。
とは言え、田舎だからまずは自然だと言うのはテンプレとは言え無難すぎる気はする。俺が他に地元情報を出していないのも悪いんだけど。
すると、彼女側から田舎のイメージあるあるな質問が飛んできた。
『やっぱり不便?』
『多くを望まなければ色々一通りは揃ってるし、そうでもないで』
『ならいいじゃん』
『それに、そこまで豊かな自然って訳でもないねん。星もあんま見えへんし』
『そうなの?』
『昔見た群馬の星空は綺麗やったな……地元と比べ物にならんかったわ』
『工場とかがあるって事?』
『そこまで都会じゃないから、そっち系の汚染なんかもなあ……』
『淋しいねえ』
地元はハッキリ言って星があまり見えない。生で天の川を見た事もない。子供の頃はもっと星が見えていた気もするけど、アレは思い出補正だろうか? ただ、田舎には違いないので、星が見えない理由もあるはず。空が澄んでいないのだから工場などの煙が原因の可能性は少なくないだろう。割りと工業都市ではあるし……。
俺が星の見えない田舎と言う、田舎らしさのなさに軽く絶望していると、サワから別の視点からの良さがあるのではないかと言う指摘が飛んできた。
『でも、美味しいものとかはあるんじゃ?』
『地元民はそれが普通だから分からんのよね』
『あ~』
『それが当たり前だと、いいものって言う認識が持てないやつよ』
『あるねえ~』
『とは言え、全国的に有名な何かもあるんじゃない? それを自慢すれば』
『ないんやなそれが』
『田舎のヤンキーかな?』
どこかのニュースインタビューで地元の魅力を聞かれたマイルドヤンキーな見た目の人が語った「ないんだなこれが」と言う言葉は伝説となり、有名なネットミームになっている。地元の魅力を語る状況になると、しばしば使われる便利な言葉だ。
とは言え、これは地元民が地元の魅力に『気付いていないだけ』。画面の向こうの彼女は第三者視点で魅力を探る方法を教えてくれた。
『まずはググってみなよ。色々見つかるって』
『お、せやな』
確かに検索すればこの手の情報もすぐに見つかるだろう。俺はアドバイスに従って早速地元の検索を開始する。すると、あっと言う間に該当サイトがいくつもヒットした。俺は上位に示されたサイトに軽く訪問する。そこは旅行系サイトなだけあって、見慣れた地元の名所がすごく魅力的に紹介されていた。
読み込むと時間を食ってしまうので、ざっとタイトルだけを見てすぐにサワに報告。
『色々見つかったわ』
『それそれ。そう言うのを誇ればいいのよ』
『むうううん。でも地元にあるものよりもっとすごいの他地域にある気がすんねん』
『それはあっていいんじゃない? 一番でなくていい。その土地にそれがあるってのがいいんだよ。その土地の自然、建物、料理……それがやっぱり唯一無二だから』
『おおきに。ちょっと元気が出てきたで』
俺は彼女の言葉に救われる。と、同時に地元に誇りも持ててきた。自虐的思考と言うか、どうも地元はちっぽけだと無理やり思い込んでいたみたいだ。誰もそんな事言っていないのに。自分自身の持つ劣等感を地元にも反映させていたのかも知れない。ダメだな、こう言うのは……。
俺が自省していると、サワから確認の言葉が飛んでくる。
『実際、観光客とかも来るんでしょ?』
『いるとは思うけど、あんま見た目じゃ分からんで』
『まぁ同じ日本人ならねえ』
『わざわざ遠くから地元に来ても、見るもんなんてないと思うんやけど……』
『それは分からんよ。って言うか、見たい、体験したいものがあるから来てるんだってば』
『だとしたらええな。おもてなしをしたい気分や』
彼女からの言葉を聞いた俺は地元に来る観光客の認識を改める。何も見るところがないと思っていた地元も、他の地域の人から見れば意外と魅力があるのかも知れない。そう言う良さを知っている人がいるなら、是非ともその話を聞いてみたいものだ。
毎日この土地で暮らしているため、地元に何があってもそれを全然感じられなくなってしまっている。感覚が麻痺しているんだろうな。
この俺の考えを察したのか、サワは呆れたようなトーンで返信を返してきた。
『まぁ実際、地元民は地元の良さ分かってないよね』
『そりゃ、生まれてからずっと地元にいたら何があってもそれが当たり前やからね」
『こう言うの、地元以外の人が気付くんだよね。美味しい食べ物も、地元の景色も、建物も、そう言うのが魅力的やったりするんだから』
『工業製品とかに有名なものがあるかもやしなあ』
『地元民こそ、もっと地元を知らないとね。他の地域から来た人を案内出来るくらいにはならなきゃ』
彼女の言葉に俺は改めて地元の事を考える。地元の人が地元を案内するって普通の事だと思うけど、地元の事をよく知る地元民じゃないとそれは成り立たないんだなぁ。
俺は地元の良さをあんまり知らないから、地元の紹介を頼まれても上手く案内出来る自信がない。ある意味それは地元民失格と言えるだろう。圧倒的に地元愛が足らない……っ! だめだ……っ! このままでは……っ!
『つまり、地元民はもっと地元に興味を持てっちゅー事やな』
『そう言う事』
『地元なんて大した事ないとずっと思ってたから、それで自信が持てなかったんやろなあ……』
『自信持ちなよ。どんな土地だっていいところはあるって。何の記録もなくてもさ……』
『そう言や、地元は住みたい田舎の全国1位やったわ』
『何それむっちゃ自慢ー!』
俺がポロッと出した情報にサワは嫉妬混じりの反応を返す。住みたい田舎と言っても市町村単位の話であって、極めてローカルなものだ。全国1位と言うのも、その調査をした雑誌での結果であって、他の調査では同じ結果になってはいない。
俺は焦ってこの事実を説明したものの、彼女は今までのやり取りを住みたい田舎1位を言いたいがための前フリだったと言って譲らない。結局それでいいやと俺が折れた所で今日の雑談は終わりになった。
じきに地元は梅雨明けするだろう。またあの厳しく暑い日々がやってくる。俺は軽くため息を吐き出すと、照明を消して布団に潜ったのだった。
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