第15話 蛙化現象
7月も一週間を過ぎて、蝉も鳴き始める。梅雨もそろそろ明けるのだろう。暑い時期を前に夏の覚悟も決まってくる。去年も乗り越えられた夏。この季節をやり過ごすグッズもしっかり揃えてきた。もう『どんと来い! 夏』状態だ。
今年は虫よけにハッカ油も購入してみようかな。そんな感じで新しい夏グッズの計画を考えながら、今夜も楽しい雑談タイムへと突入。今宵はどんなテーマで盛り上がるかな。
『やっほ』
『ばんわ~』
『最近蛙化現象が話題になってんね』
『おっ、いきなりきたね』
『どう思う?』
『そう言う人もいるんやろなって言うだけかな』
いつの間にか世間に浸透していた『蛙化現象』。俺がそれを知ったのは診断ドットコムの診断からだった。意味が分からないまま診断してその診断結果を見ても意味が分からなかったので、ググって意味を知ったと言う……。
蛙化現象――それは両想いになった途端に相手に魅力を感じられなくなる現象――らしい。正直そんな感覚になった事はないので、共感は出来ない。ただ、そう言う人もいるのだなあと言う印象だ。
何故サワがこの話を振ってきたのか分からなかったものの、彼女からの返信でその理由が判明する。
『実際、そう言う感じになった事ある?』
『付き合い始めてから一緒に行動するようになって幻滅するって言うならあるかも。だって付き合うまでは理想しか見てない訳やし』
『まあね』
『でも蛙化ってそう言うんでもないやんな』
『よし落とせた、はい次ーみたいな?』
『ゲームみたいな? 付き合えたんだから少しは付き合えよっとは思うわ』
そう、サワも蛙化現象に共感出来ていないみたいで、俺に同意を求める的な感じのようだ。この現象は若い女子が多く罹患(?)するもののようなのに、なんで男の俺に同意を求めるかな。単に流行り言葉だからだろうか。
そんな風に考えていると、彼女なりのこの現象への解釈が返ってきた。
『まぁでも自分みたいなのと付き合えるやつはつまらんやつだ的なアレかもなあ』
『面倒くさあ……』
『メンタルがアレしてそうではある』
『幼少期に両親からの愛が足らんかったんやろか?』
『世の中のメンタル系の問題全てに応用のきく答え……』
両親からの愛情不足がメンタル系の病気の根本的な理由になる場合は多い。むちゃくちゃ多い。だからこそ、こう言った話題にはこれを出せば無難なのだ。大事件を語るコメンテーターが最後に「社会の歪みが事件の原因なのかも知れません」と言うのと同じだ。テンプレな以上、実は何も考えていないとも言える。
この思考を放棄した俺の答えを目にした彼女は、早くもこのテーマのまとめに入ってきた。
『まぁでも蛙化はさ、若い頃の恋に恋する感じなのかも』
『確かに大人の恋で蛙化はないやんな。結婚を前提にしたりとかもするし』
『でもそれ今はないだけで、やがての大人の蛙化も普通になったりするかもよ?』
『恋愛難しいわー。上手くいく気がせんよもう』
『でもさ、付き合いが深まってからの別れ話トラブルよりかはマシじゃない?』
『確かに色々積み重なるとなあ……。恋愛の難易度が上がると少子化が進むぜ』
俺はつい最近の恋愛の難しさを軽く嘆いてしまう。それは本音ではあるけれど、少々強引な話の持って行き方だったようだ。
彼女は極論ぽい〆め方をした俺にやんわりと釘を刺す。
『少子化には様々な要因があるし、蛙化で少子化ヤバいと言うのも極論かな』
『せやな。ちょい言い過ぎたわ』
『てかさ、蛙化に共感する若者は多いみたいだけど、そう言う人は蛙化してるのかなあ?』
『さあ? どうなんやろ』
『まぁ実際、昔からそう言う人はいたんだろうけどねえ』
『熱しやすく冷めやすいのが恋やしなあ』
確か昔見た調査結果か何かで、恋愛の気持ちは数年で覚めるとか言うのを読んだ気がする。そこから長持ちさせるには愛情にならないといけないらしい。家族愛と言う縛りが2人の関係を長持ちさせるのだろう。勿論例外はあると思うけど。
だから蛙化ってのは恋に恋して恋に幻想や理想を持つ恋の経験の浅い若い人がなりやすいものなのだろう、多分。
そして、世間の流行りがそうなのなら、それを利用しようと言う流れになった。言い出したのは勿論サワだ。
『蛙化が流行ってんならさ、恋が成就する度に冷めて別の恋人を探す恋愛漫画とか受けるかな』
『無理やろ。そもそもそう言うの読みたい?』
『読まないな』
『それが答えやん』
『サブキャラでそう言うのがいるのはいいけど、メインでそれだとねえ』
『実際描いてみたら受けるかもやけど』
『まぁ描き方だろうね。相当上手くやれば、あるいは……?』
蛙化現象が恋愛パターンのひとつなら、それをネタにした作品が既に作られていてもおかしくない。おかしくないと言うかもう誰かが描いていたりするのかも。とは言え、蛙化現象はある意味テンプレのひとつなので、普通に描写しただけでは面白くないだろう。必ず相手を振る落ちになるからだ。
となると、最初は蛙化でどんどん振っていたものの、やがて真実の愛に気付く展開がいいのだろうか。そう言う流れもある種のテンプレではあるけれど。
と、1人妄想を膨らませていたところで、俺はこの話を切り出してきた彼女の事が少し心配になった。
『ところで、最近恋しとる?』
『してないねえ。恋しなくても別に平気だし、出会いもないし』
『出会いかぁ~。婚活とかどうなん?』
『まだはえーわ』
『手遅れにならんよーにね』
『うっせーわ!』
うーん、つい口が、いや、指が滑ってしまった。サワが機嫌を悪くしたので、俺はここから怒涛の謝罪ムーブに入る。何とかちゃんと話を聞いてくれるところまで関係を修復出来たところで今日の雑談はお開きになった。
梅雨もそろそろ明けるのだろう。週間天気予報を見ると数日後からは晴れマークばかりが並ぶ。そろそろ風鈴を吊るしてもいいかなと、俺は窓の外を眺めたのだった。
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