第13話 始められないダイエット

 カレンダーはついに7月に突入。地元の梅雨明けももうすぐだろう。俺は冬生まれなので、暑い夏は苦手だ。汗もかくし、頭痛もしてくる。地元がもっと暑い地域だったら発狂していたかも知れない。

 今はまだ梅雨明けしていないし、セミも鳴いていないのでギリ耐えられている。しかし、梅雨が明けてもそれを維持出来るかどうか、今から心配だ。何故なら、今年も猛暑になる事が確実なようだからだ。ああああああ~っ。


 そんな事前に迫る暑い季節を前に戦々恐々していたところで、サワからの挨拶が届いた。


『暑いね~。まだ生きてるか~?』

『しみそうや』

『そっちも熱帯夜?』

『熱帯夜は25℃以上の夜の事やろ。とっくの前からや~』

『て言うか、25℃ならまだ過ごしやすいよね~』

『これからどんどん暑くなる~><』


 暑さに参っていた俺は、思わずエセ関西弁を忘れてしまう。まぁネット上だけのキャラ付けだし、サワの方も察してくれるだろう。それにしても、このままだと暑い暑いのこだまだけで終わってしまう。何か中身のある話題はないかな……。

 俺が指を遊ばせながら話題を探していると、彼女の方から話を切り出してきた。


『夏は薄着の季節じゃん?』

『せやな』

『ダイエットしてる?』

『ほ?』

『あ、タケルは痩せてる系?』

『最近はそうでもないで』


 そうだ、夏は薄着になるから、女子は体型を気にするものなのだった。その視点がなかった事を俺は少し反省する。俺の体型はと言うと、少し前までは痩せている部類だったものの、いつの間にかズボンのベルトの位置がひとつ分ズレてきていた。お腹周りが豊かになってきているのだ。運動していないから仕方がない。

 俺の事情を確認した彼女は、早速自分のフィールドに引きずり込もうとする。


『じゃあ、ダイエットしなくちゃ』

『まぁ正味の話、しようと考えた事はあるで……』

『してないんだ?』

『そうとも言う』


 ダイエット、した方がいいとは思う。お腹周り以外でも、体重計に乗ると明らかに増えているからだ。実は体重を意識してからダイエットする気にはなっているのだ。その思いを行動に移せていないからこそ、言葉の歯切れも悪くなる。

 言葉だけのやり取りでもそれを敏感に感じ取ったサワは、俺の弱い心を強く後押しし始めた。


『体重がヤバいと感じたらダイエットしないと』

『そうよなあ』

『何故やんないの?』

『続かへんねん』

『分かる』


 この流れから察するに、彼女もダイエットに失敗しているのだろう。女性だし、いくらか成功してはリバウンドしているのかも知れない。その辺りは男も一緒か、うん。

 共感してもらえたところで、彼女からの質問が飛んでくる。


『どう言うのをやろうとしてたん?』

『筋トレとか、ウォーキングとか』

『食事制限は?』

『やれてたらやってる』

『意志弱いじゃん』

『うう……ついお菓子の手が伸びてしまうんや』


 そう、俺はお菓子が好きで小腹が空く度に手が伸びている。これがデブる原因だと言うのは百も承知だ。だからこそ、自覚してからは以前より数は減らしてはいる。しかし完全撤廃は出来ないまま……。俺は、俺はきっと呪われているんだ。お菓子を見ると抑えが効かなくなる呪いに……っ!

 そう心の中で葛藤していると、サワからのダイレクトな一撃がオレの心を射抜いた。


『お菓子全然食べないだけでも痩せるんじゃない?』

『ぐはあ!』

『そんなに食べるの?』

『部屋にはお菓子がどっさりあんねん』

『そりゃ太るわ』

『ぐぬぬ……』


 俺は彼女からの正論に全く反応が出来ない。自覚があるからなおさらだ。ああ、どうしてお菓子はこう魅惑的なんだ。それもこれも日本のお菓子が美味しすぎるから良くないんだ。日本すごい動画でも日本のお菓子は別格だと言う内容は多い。

 つまり、俺が悪いんじゃない。日本と言う国が最高のお菓子天国だからって言うだけなんだ……っ!


 と、責任を転嫁しても何も変わらない。何も変わらなきゃ現実が変わる訳もない。俺は今までの自分の愚かさを改めて反省する。早く何とかしないと……。


『せめて新しく買うのはやめなよ』

『気が付くと買うてもうとる。この手が、この手が悪いんや!』

『ダメだこりゃ』

『分かってんねん。買うたらあかん言うのは』

『意志を強く持つんだ!』


 俺の情けない独白に対して、サワは強く応援してくれる。この声に応えなければと言う義務感も少しだけ芽生えてきた。やはりダイエットと言うのは誰かに見守られていた方が続けやすいんだろう。1人で出来ないなら、人に見守ってもらうのも悪くない。

 それでも続くかどうかは俺の意志次第なのだけど……。なんで俺はこんなに……。


『食べるのは仕方ないんやから、ここは運動で何とかせなな』

『でも続かないんでしょ?』

『どうしたら続くんやろなあ』

『癖にするしかないよ。やらないと気持ちが悪いと思えるようになるまで』

『継続は力なり言うやつやね』

『そそそ』

『それが出来たら苦労せえへんねん』


 運動、俺がしているのは軽い筋トレとウォーキングだ。筋トレはまだ続いているんだけど、ウォーキングの方はサボりがちになってきている。やっぱこれは季節的なものも大きいのだろう。今からの3ヶ月の間は、外を歩いたら熱中症のリスクも高くなる。

 朝か夜に歩いたらいいのだろうけど、朝は寝ていたいし、夜は作業をしたいんだよな……。


 俺が八方塞がっていると、この分野の先輩っぽい彼女が有り難いアドバイスをくださった。


『摂食もダメ、運動もダメなら……』

『なら?』

『食事のリズムを直す!』

『ほう』

『特に晩ごはん。20時までには食べる!』

『無理や!』

『即答かい!』


 食事の時間で太ると言う話は聞いた事がある。確か食事の後4時間は起きていた方がいい、だったかな? つまり食べてすぐに寝ると太ると言うものだ。つまり22時にご飯を食べても3時に寝るなら問題ないと言う事になる。……なるのかな?

 20時までに食事を済ませると言うのはつまり、夜も早く寝ろと言う事なのだろう。そんな規則正しい生活を俺にしろと? それは無理ゲーだ。俺は夜こそ本領を発揮出来るのだから。


『実際どこまでメタボってんの?』

『標準体重プラス10キロくらい?』

『ヤバいね』

『ヤバいやろ?』

『やっぱ運動と食事制限よ』

『うう……』


 ダイエットに近道はない。分かってはいたけど、だからこそ道は険しく長期戦になりそうだ。ジムに通って短期間で痩せる方法もあるようだけど、俺にそんな気力はない。そもそも、一気に痩せるとリバウンドもありそうだから、そんな簡単な話でもないのだろう。

 とは言え、出来るだけ楽に痩せたいと思うのは人情だよな。俺はその気持ちを無意識に吐き出していた。


『簡単に痩せる薬とかないやろか?』

『そう言うのに頼ったら命も痩せ細るよ』

『せやなあ……』

『ダイエットは地道にコツコツとね』

『千里の道も一歩から……か。先は長い』

『まずは今日からおやつ抜きで行こっか』

『明日から本気出すわ』

『駄目だこりゃ』


 サワに呆れられてしまい、このテーマでの会話は終わる。まぁどんなにアドバイスをしても暖簾に腕押しではやる気もなくなって当然だろう。そもそも、俺に本気で痩せる気がないのが悪い。そりゃ痩せないだろう。でもせめてこれ以上体重を増やさないようにしなければ。

 俺は今後は徐々におやつの量を減そうと強く誓い、この日の会話を終えたのだった。

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