第11話 好きなお菓子

 6月も後半になって暑い日が続いてきた。もうすぐ夏になるのだろう。すっかり雨も降らなくなり、残すは梅雨の最後の〆の大雨くらいになった。今年のそれは6月の最後の数日間と言う予想だ。その大雨が済んだら本格的な夏。

 俺は冬生まれなので夏は超苦手だ。毎年夏は部屋で溶けている。夏なんて来なければいいのに。あんな暑いだけの季節なんて――。


 そんな感じで暑さに参っていると、何やら家が騒がしい。どうやら親戚一家が遊びに来たようだ。騒がしいのは親戚の子供がはしゃいでいるから。その内この部屋にも来るぞ。参ったなぁ。

 相手をする前に家を出ようとドアを開けると、そこにはショートカットでくりっとした目が印象的なアニメキャラのプリント半袖Tシャツを着たホットパンツの10歳の女の子が立っていた。Oh……何と言うバッドタイミング!


「こんにちは!」

「ああ……えっと……」

「入っていい?」

「あ、うん」


 有無を言わさずに部屋に入り込まれてしまった。10歳以上年齢が離れている異性。会話の糸口が見つからない。て言うか、俺の部屋に入って何が楽しいのだろうか。部屋にはゲーム機もないし、遊べるものなんて……。

 彼女の名前はリン。アニメキャラみたいな名前だ。容姿はまぁ多分普通くらいだろう。さっきまで賑やかだったし元気系だと思うけど、今はとても大人しい。本棚を勝手に物色して俺の漫画のコレクションを吟味している。多分それが目的で入ってきたのだろう。


 俺は台所に行って麦茶を入れて戻ってきた。やはり暑い季節には麦茶! 鉄板中の鉄板だ。ドアを開けると、目に飛び込んできたのは夢中で漫画を読んでいるリンの姿。

 何を選んだのか気になって表紙を見ると、彼女の生まれる前の世代の漫画だった。俺の本棚にはそう言う古い単行本が多いのだけれど。


「麦茶持ってきた」

「ありがと」

「面白い?」

「うん」


 読書に夢中なリンは会話を速攻で切り上げる。仕方ないので俺も漫画を読む事にした。自分が買い集めた本なので読み飽きた本が多く新鮮味はまったくないのだけれど、このまま部屋を離れる訳にも行かないので仕方がない。

 俺がギャグ漫画を本棚から抜き出して持ってきたコップに手を伸ばすと、そこで彼女は振り返った。


「食べていいのはお茶だけ?」

「あ、部屋にあるお菓子は別に食べていいよ。食べかけのものが多くてゴメンな」

「別に……」


 そう、俺は部屋にかなりのお菓子を並べている。ポテチやせんべい、クッキーにチョコレート、飴にピーナッツもある。更にはマシュマロにひとくちゼリー。それとウエハース。彼女はこのお菓子も狙ってたのかも知れない。

 て言うか、聞くまでは手を出していない。きっと家庭の躾がいいのだろうな。


 俺が許可を出すと、リンはいきなり食べかけのキャラメルコーンの袋の中を弄り始めた。そう言うの、あんまり気にしないんだな。俺はぐいっと麦茶を飲み干す。

 お菓子を食べている彼女の様子を見ながら、俺は話のネタをひとつ思いついた。


「最近はどんなお菓子食べてる?」

「ルマンドとか? 贅沢のやつ」

「あれ美味しいよね」


 俺が相槌を打つと、彼女は漫画をパタンと閉じて顔をこっちに向ける。どうやらお菓子ネタに食いついたみたいだ。


「後はせんべい系ね、雪の宿とか、揚げせんとか」

「三幸製菓好きなんだ」

「美味しいよ」

「ポテチとか食べんの?」

「食べるよ、春ぽてととかの季節ポテトはまず食べるよね」

「カルビー派なんだ」

「うん。湖池屋も美味しいけど、やっぱカルビーでしょ」

「ほほう。俺も一緒」


 意見が合ったところで俺達はニヤリと笑い合う。同世代で同性同士ならサムズアップをし合うところだ。流石に10歳の女の子相手にそれはちょっと恥ずかしい。ただ、意見が同じだったのは正直嬉しかった。

 俺が気分を良くしていると、彼女の口から不穏なワードが飛び出す。


「派閥と言えばさ……」

「それ以上言うな……っ! 戦争になる……っ!」

「デザイン的に言えばたけのこだよ」

「言っちまったァ……」


 決定的な言葉を聞いた俺は両目を手で覆い、少し大袈裟に嘆く。とは言え、実は俺もたけのこ派だ。この部屋に敵陣営はいない。だからほっと胸をなでおろした。

 俺の演技がかったリアクションに何かを感じ取った彼女は、少し不満げな表情を浮かべて口をとがらす。


「でも好きなものを好きって言うのはいいじゃん。きのこを悪く言わなきゃいいだけで」

「それで済むなら争いなんて起こらないぞ。じゃあきのこも普通に食べるん?」

「きのこは基本食べないねえ」

「ほら」


 きのこたけのこのどちらかが好きって明言出来る人は基本推している方の製品しか食べない。俺がそうだから間違いない。ないと思う。ないんじゃないかな。だから本当はリンが同じ趣向なのはハイタッチして喜びたいところだ。ただ、教育的にそれはどうだろうと言う気もして喜びを分かち合う事も出来ず、かと言って注意も出来ない感じになってしまう。

 この気まずい空気を何とかしようと、俺は話題を変える事にした。


「チョコは食べる?」

「まぁ普通に。タケル兄は?」

「そこまで積極的には……虫歯になるし」

「分かる」

「でもカカオ72%のチョコレート効果は毎日食べてるよ。健康に良さそうだし」

「72%より高濃度のもあるじゃん?」

「それ以上は苦くて無理……」

「だよね~」


 リンもチョコレート効果を食べた事はあるみたいだ。高濃度の味で共感したと言う事は、親が買ってきてるのかな? 苦いチョコは大人でも苦手な人が多いし、子供なら尚更だろう。まだ健康に気を使う年齢でもないし、好き好んで苦手なものは食べないだろうな。

 今度は彼女の好みを聞いてみようか。


「そっちはどんなの食べる?」

「じゃがりことか?」

「じゃがりこ人気だよね」

「食べんの?」

「食べんね。食わず嫌いなだけだけど」

「食べてみなよ。美味しいよ」

「じゃあ、機会があれば」


 じゃがりこもベストセラーお菓子のひとつだ。好きなお菓子ランキングではトップ常連でもある。でも俺は何となく食指が動かなかった。その流れでまだ手を付けられないでいる。でもそれはやっぱり勿体ないのかも知れない。

 とは言え、多分誰かにもらうとかしない限りは食べない気もするなぁ。普段食べないし……。


 俺が大人の対応をしたところで、彼女も麦茶を飲む。あまり暑さを感じていなかったのか、軽く一口飲んだだけだった。


「お菓子と言えば知育お菓子とかあんじゃん」

「ねるねるねるね的な?」

「そそ」

「ああ言うのは?」

「昔幾つか試して美味しくなかったから、もう試さないかな」

「ねるねるねるねも?」

「ねるねるねるねは食べてないな~」

「すぐに消えたものならともかく、定番は美味しいよ」


 この話しぶりから、リンはねるねるねるねを食べているみたいだ。俺の子供の頃からあった定番お菓子。これも食べずに過ごしてしまったためにスルーしてきたもののひとつだ。俺は今まで結構勿体ない事をしてきたのかも知れない。

 まぁでも、売れているお菓子は全部制覇しなきゃいけないって訳でもないしな。俺は食べかけのバタピーの袋から適当に摘んで口の中に放り込んだ。


「お菓子って季節限定的なのあんじゃん? さっきのポテチとかさ。そう言うのは食べてる?」

「これから夏に向かって色々出てきてるよね。私が好きなのはカルピス系」

「夏と言えばカルピスだね」

「私はカルピスゼリーが好き」

「あ、見た事ある」

「美味しいよ」

「もう出回ってるっけ?」

「この間スーパーで見かけて買って貰ったんだけど、次行った時は見なかった……」

「ええ……」

「また見つかるといいなぁ」


 カルピス系のお菓子、確かに夏になると出回っている気がする。去年の夏も売ってていた気がするけど、そう言えば今年はまだ近場のお店ではまだ見ていないかも。積極的に探せば見つかるのかな?

 今出回ってなくてもこれから棚に並ぶ可能性は高い。だって出せば必ず売れるから。だから俺は少し淋しそうな顔をしている彼女を慰めた。


「これからが夏本番だし、大丈夫でしょ」

「タケル兄はこれ食っとけってお菓子ある?」

「最近のマイブームはあるかな」

「何々?」


 彼女が興奮して俺の顔を見る。よっぽど興味があるみたいだ。そこで、俺は部屋に転がしているお菓子の袋の中から今の一番の推しお菓子を探し出して、リンの目の前に差し出す。


「これだぜ!」

「羊羹! しかもミニサイズ!」

「ええやろ」

「古風~!」


 そう、最近の俺のマイブームは羊羹なのだ。買い置きしている羊羹はミニサイズで様々な味のものがひとパックになっているやつ。その中の小倉餡の羊羹を彼女の目の前に置く。

 当然、リンは包装を破って食べ始めた。美味しそうに食べる彼女を見ながら俺は羊羹豆知識を披露する。


「羊羹って賞味期限ないらしいよ?」

「ほえ~。じゃあ買い溜め出来るね」

「すぐ食べちゃうんだけどね」


 その後もお菓子談義は続き、親戚一家の帰る時間になった。彼女は俺の所蔵するコレクションから幾つかを借りて笑顔で部屋から出ていく。遠ざかっていく足音を聞きながら、今回はうまく会話が噛み合って良かったと胸をなで下ろしたのだった。

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