第3話 仕事は最良の修練場
専門学校で授業料を払って学びにいらした生徒達を教えているが、私が思う最良の絵の上達法は「仕事をする事」だ。
専門学校は受験が無く、生徒の技量もメンタルの状態も実に様々。
若者は大体ナイーブなもので、生徒作品を添削する際、そのメンタルの状態に合わせつつ指摘をする。つまり、忖度して指摘しているのだ。サービス業だから。
私の画道は独学である。高校の頃は美術部が無く、絵の予備校に通える経済的余裕もなく、美大に行く素地が無かったから文学部を専攻した。とりあえず授業料免除制度で行ける国立大ならばどの学部でもよかった。卒業後は高校国語の臨時教員を数か月勤め、その後に地元の新聞社で取材記者として入った。新聞社では制作部の業務にも携わり、絵描きの基本ソフトであるPhotoshopでの写真加工やIllustratorでの見出しの作成を学んだ。
このまま定年まで記事を書く生活をするのかと思いきや、男所帯ならではのパワハラで鬱病が更に悪化して、3年半で辞めざるを得なかった。
私は大学に入ったあたりから鬱病の症状で、文章を読むのが困難な状態だった。気分がひどく憂鬱な上に、本を読んでもなかなか頭に入ってこない。在学中も卒業後の勤め先でも平静を装うのに必死だった。現在は寛解してもう10年以上経っただろうか、安穏とした生活を謳歌している。
新聞社を辞めた後、文章を扱う仕事が無理だというなら、絵描きを目指そうと決意して、上京したわけだ。
最悪の精神状態で夢を追って上京とは、今思えば無謀すぎた。しかし私らしいとも思う。私の信条は「不屈」の2文字だ。たとえ神様が私の頼みの綱の知能さえをも奪ったとしても、絶対に屈したりしないのだ。
最初の数年はメンタルがかなり弱っていたので、バイトやパートで食いつないでいた。だが少しずつ復調するにしたがって、イラストの仕事は増えていった。
上京して2年目に、営業をして初めて頂いたのはオンラインゲームのカードイラストだった。最初は1点2万と安価ではあったが、定期的に注文を頂き、「私は絵描きだ」という誇りを抱かせてくれた。サービス終了までの間に70枚近くは描かせて頂いただろうか。「悪夢」「罪悪感」とかいった、抽象的なシチュエーションの発注内容が多かったので、おかげさまで表現力に広がりができたと思う。ありがたいことだと振り返る。
私はフリーランスのイラストレーターとして、様々な仕事を引き受けて場数を踏んだ。関東での知りあいの企業家も増えて、時には彼らに頼まれるままポスターやチラシ、CDジャケットやホームページのデザインもした。頼まれると断れない性格でもある。要するスキルはその都度覚えていった。
イラストの仕事に少々実績がついた頃に、専門学校の非常勤講師を務めることになった。生徒たちの画風はリアル系、女性向け、男性向け等と多様で、あらゆる画法を理解し、指導できなければならない。
「教える」という行為は自分自身の学びそのものだった。若者たちの新鮮な感性からは大いに刺激を受けた。かつて絵の学校に行きたかった私の欲求も、教えてるうちにいつしか満たされていった。講師を始めてから更に自身の技量と表現力の幅が広がり、より多様な仕事を引き受けられるようになったという手ごたえがあった。
絵の仕事はまず、業務契約を結んだ後、クライアントから「こういう絵を描いて欲しい」という注文書を貰う。
それから、具体的にどんなテイスト、どんなタッチを求められているのかすり合わせる。これは案件によって求められることが様々である。
絵の仕事というのはすなわち、クライアントの頭の中のイメージを、絵描き側の頭で理解して、手で描き出すという作業である。他人が抱くイメージをできるだけ忠実に再現するスキル。これはもう誰かに教えを乞うよりも、経験を積むしかないと断言できる。
すり合わせが出来上がったら執筆し、完成したら納品する。
クライアント側からの忖度のない要求や修正依頼は、確実にスキルアップにつながる。
ごくたまにクライアントとのすり合わせが上手くいかないときもあったが、これもまた経験だと真摯に受け止め、改善点を整理して前に進む。
私は仕事を通して絵を学んだ。
現在でも、たとえ多少安価でも実績公開不可でも、学べそうだと思った案件には食いついていくようにしている。
他人が何を考えているのか、人間の共通認識とはどのようなものか、三者三様の感性の吟味と思考の原理の追求には、興味が尽きないからでもある。つまり楽しいのだ、仕事が。
(お世話になったオンラインゲームでのイラスト)
「凄惨な光景 -悪夢-」Alteil II COREEDGE/2008
http://agdes.net/shigoto/akumu.html
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