第2話 契約と憎悪

『我は汝の命を助けた。

 契約の通り、汝にはやらねばならぬことがある』


ジョンが目を醒ました時には、あの水晶のような存在はなくなっていた。

代わりに、ジョンの身体のあちこちが、水晶のようなそれに置き換わっている。

左腕は完全に水晶のそれになっていたが、しかし問題なく、動かすことができた。

声は、自分の身体の中から聞こえてくるようだった。



『――先に、我のことを教えよう。 

 我は、迷宮核ダンジョンコア

 迷宮ダンジョンを作り出す魔の者なり』


ダンジョンコアと名乗るそれは、戸惑うジョンを尻目に、ただ言葉を紡いでいく。



『我が目的は、ただ一つ。

 ダンジョンを造り……そして、魔王を生み出すこと。

 そのためにお前には協力をしてもらう』

「そ、それは……」


ジョンは、ひどく狼狽した。

自らを救ったのが魔物であるという時点で噴飯ものだが、それが魔王を生むというのだ。

ジョンは冒険者ですらない単なる村人の子供にすぎない。

しかし魔王という存在は、教会の説法で、寝物語で、酒場の吟遊詩人で、あらゆる場所で聞く存在であった。

魔王は魔物を統べ、その暴力でいくつもの国を滅ぼした。

かつて勇者と呼ばれる英雄らが多大な犠牲を払いつつも討伐した、人間の宿敵。



「でも、そんな、俺は何をすれば……」

『ダンジョンを造り育む力は、我と一体化した汝に備わっている。

 その術は我が教えよう。

 汝は、汝の思うがままにその力を振るえばよい』


そう言い放つダンジョンコアに、だがジョンはもう1つ疑問を抱いていた。



「どうして、俺に、契約を持ちかけたんだ?」


何故死にかけの、単なる村人であるジョンに、命を救ってまで契約を持ちかけたのか。

魔王になるのであればジョンが死のうが関係ないだろう。

むしろ、人間が一人でも減るのであれば大喜びではないか、そう思ったのだ。



『それは汝が、人間を憎んでいるからだ』


ダンジョンコアの言葉に、ジョンは息を呑む。



『我々ダンジョンコアは、風が吹き、水が流れるのに心がないように、「心」というものを持たない。

 迷宮を造り、ヒトを喰い、魔王を生むという権能を持つためにある存在と言ってよい。

 だが、まどろみの中にあった我を覚醒させるほどの強い感情。

 人間に対する悪意。敵意。殺意。

 これほど強い思いは感じたことが無い。

 相違ないだろう?……汝は、人間を憎んでいる』


ダンジョンコアの指摘は、ジョンの心にしかし、すんなりと沁み込んだ。

ジョンは目を閉じる。


厳しくも優しい両親、自分になついて一緒に遊んだ妹。

敬虔な神父様、村のみんな。


父親は剣で貫かれ、母親は鈍器で滅多打ちにされた。

妹は矢で撃たれ、神父様は教会ごと火に焼べられた。


皆殺された。


人間に、殺された。


ああ、そうだ。


ジョンは息を吐いた。



「ああ、そうだ。

 俺は人間が、心底、嫌いになったんだ」


暗闇の中でジョンは呟く。

今は、ダンジョンコアだけがジョンのことを見守っていた。

感情のない冷たい視線だけが、ジョンの姿を確認する。

彼は、半月のような笑顔を浮かべていた。



「人間なんて一匹残らず、全部、殺してやる」

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