3://ここは……?


 ……自身の身体が徐々に冷えていく感覚をおぼえて、灯里は目を覚ました。

 薄暗い視界の中、自身の息が白くなっているのが見える。

 自分が何をしていたのか思い出そうとして、直前の記憶が曖昧なことに気付く。

 たしか、そこそこの規模の討伐ミッションに出かけて、かなりの戦果をあげて帰還するところだったはずだ。

 その後、ワープドライブを起動して――寝落ちしたのだろうか?

 自分にしては珍しい、と両腕を伸ばして、何かにぶつかる。

 VR機器は寝落ちを検知すると自動的にログアウトするよう設定されている。そのため、彼女は今自室のベッドに横になっているはずだったのだが、そこはベッドなどではなかった。


「……へ? シロのコックピット?」


 そこは紛れもなく、灯里のよく知るシロのコックピット内部であった。

 周りの計器類やモニターは静かに眠っており、明かりは非常灯を残すのみで薄暗いものの、慣れ親しんだ機器の配置はここが間違いなく愛機のコックピットだとわかる。


「うう、さむ……、シロ、起きて……」


 それにしても、ここはあまりにも寒い。まだ意識はぼんやりしているが、ひとまずシロの起動コードを呼ぶ。

 すると、灯里の背後でいつもの駆動音が鳴り響き、まもなくメインの照明が灯った。


『――メインシステム、起動。各部チェック……電装系に軽度の断線を検知。システム、戦闘系に一部起動不能武装を検知。早急に修理をおすすめします。ご武運を』


 機体の各部に異常を知らせるそのメッセージは、灯里の聞いたことのないものであった。

 多少不安にはなるものの、機体を起動させたことでコックピット内が暖気されたのは安心できる要素である。


「ああ、死ぬかと思った……。いや、まって――?」


 暖気して覚醒し始めた灯里の脳内に気づきがあった。

 自身がプレイしているゲーム、VoVを起動するためのVR没入機器には、温度を再現する機能はなかったはずだ。加えて言えば、今コックピットに漂っているいかにもな金属のわずかな香りも、VRでは再現できない『香り』の要素である。


 なるほど、これは夢か――。


 灯里はVoVのヘビーなプレイヤーであり、ゲーム世界が夢に出てきた経験など枚挙にいとまがない。

 見れば、自身の身体は灯里のままで、いつも使っている男性アンドロイドのものではないというのも、逆に現実感がなくなる要因である。

 メインモニターをミラーモードにして自身の姿を確認するが、やはり頭の先から爪先まで自身そのものだ。服装はなぜかログイン直前に着ていた学校のセーラー服である。強化された機械化人間などではないし、黒髪黒目の標準的な日本人だ。


「シロ、周辺宙域情報ちょうだい」


 夢ならば遊んでいてもいいか。VoVジャンキーの灯里は気楽にそう考えて、シロの情報処理モードを立ち上げる。


『――アンディファインド、ネガティブコンタクト。周辺の宙域情報はデータベースにありません。周辺には激しい次元断層を広域に確認」


 シロがモニターに表示した宙域図には、言葉通り何の情報も記されていなかった。

 そこそこの広さを持つ宙域の周囲は、専用装備なしで入ろうものなら一瞬で四次元的にペラペラに圧縮されてしまう次元断層が広がっており、この宙域はまるで宇宙の中にぽっかりと浮いた無人島のようである。

 ただ、全く無人というわけでもないらしく、シロの敏感なセンサーは時折視界の遥か遠くで動く存在を多数検知していた。

 

「誰かがいる……ってことは、ちゃんと他から出入りできる宙域ってことか」


 灯里はそう気楽に考えて、シロをゆっくりと前進させ始めた。

 心なしか、移動時のGをいつもより身体に強く感じる気がする。

 自身がいつもの機械化人間ではなく生身だからだろうか?

 夢なのに、細かいところまで律儀なものだ。


 ――その時、甲高い警告音がコックピット内に響いた。


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