2://戦闘開始!

 中型艦艇――ミッドガル級巡洋戦艦の副砲から放たれたビームが灯里の乗機側頭部バリアの近くを通り、チリチリと熱吸収機構が飽和する音が聞こえる。

(このゲームでは演出上の意図として宇宙空間で音が鳴る。テストプレイの結果、無音の宇宙空間が一般人にもたらすストレスは想定以上に大きいことが判明したためである)


「うわ、ちょっとよそ見してた。AIの精度上がったのかな。それともあっちも肉入りかな?」


 灯里の乗機――シロは名前の通り全身が白いマットな装甲で覆われた、軽量級格闘特化ヒューマノイドアーマーである。

 高速戦闘を得意としており、防御能力や遠距離攻撃手段を捨てその分の容量を加速器に全振りしている。背中には大型のプロペラントタンクと複数の急加速対応バーニアを備えている。

 感覚没入型VR機器《オムニスフィア》の感覚没入解像度は前世代のそれを圧倒しており、その解像度・更新レートの恩恵を十分に受けたこのゲーム《ヴァルキリア・オブ・ヴァルハラ》――通称VoV――は人間の限界を超えた高速戦闘を可能にする環境であった。

 灯里はプレイヤーの中でも特殊な感受性を持つ者であったらしい。普通の人であれば目を回すような高速戦闘を得意とし――かつその速度に完全に魅入られてしまったのだ。


「砲撃による損害は無視できない――、か。じゃあシロ、行こうか」


 灯里がフットペダルを強く踏み抜く。すでに貯留を完了していたバーニアがそのエネルギーを放出し、機体は爆発的に加速した。

 ――この宙域での戦闘がはじまってからしばらく経過していた。包囲したのちの最初の奇襲こそ上手くいったものの、思ったより賊側の立て直しが早く、巡洋戦艦が出てきてからは一進一退の攻防が続いている状態であった。


「上手く行けば――報酬の上乗せは確実!」


 灯里はそんな皮算用をしつつ、戦艦に接近していく。戦艦から無数の弾幕が張られるものの、それら全てを全身に配置された加速器から発せられるクイックブーストで回避する!

 時折、機体の周囲に纏ったバリアが弾をかすめてジュッと焼けたような音を発するが、バリアはすぐに回復するので直撃でなければ何も問題はない。(その代わり、出力をバリアに振っていない本機では、戦艦クラスの攻撃は何が直撃しようと大ダメージは免れないのだが)

 灯里はついに巡洋戦艦の甲板に到達した。減速もそこそこにシロの両足が甲板を踏むと、メキャリと音を立てて数枚の甲板が割れた感触が返ってくる。

 周囲を見ると、甲板に取り付いた敵機――ちょうど自分のような――を迎撃するための砲門が四方八方にあり、こちらを凝視しているのがわかる。


「まずは……対空砲!」


 シロが腰にマウントしていた二丁の拳銃を両手に装備する。その見た目はトラディショナルなリボルバー式拳銃だが、その性能はエネルギー弾をガトリングのように連射する近距離用射撃兵装である。

 シロは戦艦の外装をブーストを吹かして滑走しながら、こちらを向く対空砲を翻弄するようにフラフラと回避。それらを青白いエネルギー弾で破壊していく。


「だいたい片付いたかな。じゃあ……仕上げだ!」


 シロはほとんど制圧された戦艦の中央付近に位置取ると、拳銃をしまう。その代わりに背中から取り出したのは、シロの全身ほどもありそうな長大な武装――大太刀・シラヌイである。

 シロがシラヌイを大上段に構えると、ジェネレータから供給される莫大なエネルギーのほとんどをシラヌイが吸い込んでいく。すると次第にシラヌイが雷光を帯び、明滅する光は鼓動となり脈打ち始める。

 それはシラヌイの最大出力を発揮する対艦用奥義、《アマノハシダテ》。

 シロの加速と共に振り抜かれる斬撃はエネルギーの解放により戦艦の胴体を丸ごと飲み込むような長さに伸びる。

 それは一瞬だけ、この宇宙を真っ二つに切り裂くような軌跡を残す。

 そのエネルギーの奔流に、巡洋戦艦はなすすべもなく胴体から折れ、まばゆい光を残して爆発したのであった。



 それからの展開は一方的であった。残るもう一隻の戦艦も遠距離砲撃を主軸とした飽和攻撃で撃破され、戦艦の戦力をアテにしていた宙賊たちは連携もロクに取れない状態で、一気に殲滅されたのであった。


「相当な活躍だったじゃないか、トーチ」


 戦績確認をしていた灯里の隣に、ユージンの機体が近づいてきた。この宙域は戦闘の余波で様々な阻害要因が溢れており、ある程度近づかないと通信出来ないのである。


「ユージン。生きてたんだ」

「そりゃあご挨拶だぜ。俺だって二隻目の戦艦への砲撃ダメージMVPで賞金出てんだからな。その点で言えば、お前は戦艦一隻丸ごと食っちまったわけか。いくら儲かったんだ?」

「秘密」


 そうそっけなく答えて、灯里はすでにチャージしていたワープドライブを起動し、宙域から離れたのであった。


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