5. 成功祝い


 パラッシータが去った後、レジは再び星命術の練習を始めた。星命術は、星の命を借りる術だ。そのためにも、星__宇宙と自分とをリンクさせない限り、術は発動しない。

 レジは第一段階基礎である「星を自分に宿らせる」ことは既に達成出来ていた。問題は、第二段階の「内に溜め込んだ星を外に放出する」こと。

 宇宙に対して曖昧なイメージしかなかったからか、レジは思うように力を放出出来なかった。しかし今は、少しづつイメージが固まりつつある。


「宇宙は自分自身、よしいける」


 レジは何度も繰り返してきた言葉を呟いて、大きく深呼吸した。それから、ゆっくりと目を閉じる。

 ふっと床が抜ける感覚がして、レジは落下した。真っ暗な闇の中を、彼は落ちていく。やがて、目の前には星の輝きが訪れた。


(ここから、どうにかして発展させないと!)


 レジはそう思いながら意識を集中させた。

 今までの考えは捨てる。宇宙は繋がるものじゃない。もう既に繋がっているのだから。彼はそう考えてから、再び目を開けた。視界に広がる無数の星々。彼はそれをじっと見つめた。

 すると、段々と宇宙の中に吸い込まれていくような感覚に襲われる。自分が宇宙の一部になったような感覚。自分と宇宙の感覚が曖昧になって、溶け合っていく。

 境界線が無くなって、レジは宇宙と一体化していた。彼はただひたすらに宇宙を感じる。

 レジの体は、もう落ちてはいなかった。


(……変な、感じだ)


 レジは自分の手を見つめた。手は微かに光を放っている。彼は手を握る動作を繰り返した。すると、手から光が溢れ出し、辺り一面に広がっていく。

 それはまるで、宇宙の煌めきのようだった。レジは思わず息を飲む。

 やがて意識さえも溶けてしまいそうになった時、レジ以外の声が空間に響き渡った。


「やぁぁっと成功したか! 遅いぞ!!」

「ふぁっ!?」


 驚いて声を上げると、目の前にはチェルカトーレが立っていた。レジは周囲を見回したが、そこは先程までいた場所とは全く違う場所だった。足元を見ると、床が存在している。


「あれ、宇宙は……」

「深く潜り過ぎだ大馬鹿者。成功して嬉しいのは分かるが、やり過ぎのラインさえも分からないのか」

「あ、トレーニングルーム」


 レジの意識は一気に覚醒した。目の前にある光景を見て、思わず呟く。そう、レジがいた場所は星命術の訓練を行う場所、トレーニングルームだったのだ。

 チェルカトーレは溜息をつくと、レジに向かって言った。彼の顔からは、疲れと呆れが入り混じったものが滲み出ている。


「パラッシータが帰って行ったからちょっと覗いてみれば、まさか危ないところまで言っているとは……。僕にどれだけ苦労をかけさせるつもりなんだ」

「すみません……。でも、危険なところって……」

「……星命術は自分と他の命を繋ぐような術だ。故に、自我をしっかり保っていないと取り込まれて消えてしまう。お前は宇宙と一体になる方法でこの術を進めたようだが、ハッキリ言ってその方法は危険だ。自分の存在を消しかねん」

「え」


 チェルカトーレの言葉に、レジは唖然とする。取り込まれて消える? 何に。まさか、あの宇宙空間に?レジの頭の中には疑問符が浮かんだ。

 そんな彼に構わず、チェルカトーレは話を続けた。


「僕が見に来なかったからどうなっていたことやら。まぁいい、次からは気をつけろよ」

「はい……」


 レジは神妙な面持ちで返事をする。しかし内心では、宇宙に飲み込まれることを想像してブルッと震えていた。

 そんな彼の様子を察してか否か、チェルカトーレは小さく笑みを浮かべると、彼の肩に手を置いた。そして、励ますように言う。


「まぁ何にせよ、進歩したなら十分だ! ところで僕は物凄く腹が減った! 食事にするぞ、ついてこい!」

「えっ、貴方食事出来るんですか!?」

「君は僕を何だと思ってる!!」


 チェルカトーレは怒りの声を上げたが、レジは気にせず笑みを浮かべていた。その顔を見て、チェルカトーレは舌打ちで返す。


「脳天気な面をしやがって……次何かミスってても無視してやるからな!」

「えっ待って待ってごめんなさい!」


 怒ったようにトレーニングルームを出ていくチェルカトーレの後を、レジは慌てて追いかけた。






 長い廊下の端の方に食堂は存在していた。正しく言うならとてつもなく広いダイニングルームとでも言うべきか。その部屋の中央に置かれた巨大なテーブルには、色とりどりの料理が並べられている。どれも高級感漂う見た目をしており、見るだけで食欲をそそりそうだ。

 その部屋に入った瞬間、レジは思わず目を見開いた。それから、ゴクリと唾を飲み込む。こんなにも豪華絢爛な食事を目にしたのは初めてだった。


「す、凄いですね」

「だろう?」


 レジが呟くと、チェルカトーレは得意げに笑ってみせる。それから、椅子を引いてそこに座った。レジも同じように席につく。


「この準備、まさかチェルカトーレさんが一人で……?」

「僕の発明品にかかればレトルト食品もあら不思議、一流料理へ早変わり」

「レトルト!? この出来で!?」


 湯気を立てている料理の数々は、どう見てもレトルトには見えない。一人暮らしの人間からすれば革命の起きる発明品だな、とレジは想像した。


「便利な発明品も作れるんですね」

「は? それどういう意味だい。……ま、出来る限り生活に関しては楽したいんだよ。この空間には僕と君しかいないんだから。まぁ時々邪魔は入るが……」


 戸締りはしっかりしているはずなんだかなぁ、と呟いたチェルカトーレの表情はどこか暗い。レジは不思議そうな顔をしていたが、それ以上何も言わずにフォークを手に取った。


「これ、食べていいですか」

「君って想像よりだいぶ神経が太いな? いやまぁ食べていいんだが。どーぞ」

「いただきます!」


 そう言ってから、彼は目の前の肉を口に運んだ。柔らかすぎず固過ぎない絶妙な焼き加減。口の中で蕩けるような食感に、レジは思わず頬を緩ませた。

 次にスープを飲む。これもまた美味しい。野菜の旨味がしっかりと引き出されており、いくらでも飲めてしまいそうだった。

 次はパンだ。サクサクとした生地の触感が堪らない。一切れ食べるごとに、レジの口からは幸せのため息が漏れた。

 そうやって次々と皿を空にしていく彼を眺めながら、チェルカトーレは不思議そうな声を出す。


「体が大きいわけでもないのに、結構量を食べるんだな」

「知らないんですか? 食べ物は食べれる内に食べられるだけ食べといた方が良いんですよ」

「そんな戦争前の戦士じゃあるまいし」


 チェルカトーレはそう言ってから、この青年の数分先の未来を考えて、あながち間違っていないかもしれないと一人静かに納得した。カトラリーに手を伸ばして、指先でそれを弄ぶ。


「死んだ食材をよくもまぁ、そんなに美味しそうに食べられるもんだな」

「いや、逆に死んでない食材って何ですか」

「そりゃあ、こういうのだな」


 チェルカトーレは右手に持ったフォークをくるりと回してから、手前のサラダを食べ始めた。シャキシャキという音を立てつつ、彼は咀嚼を続ける。

 それを見たレジは首を傾げた。


「野菜もある意味死んでません? 摘まれてる時点でもう育たないじゃないですか」

「何を言ってる。種を植れば根をのばし、やがて新たな命を生み出す。命を続けられる可能性がある限り、それらは未だに生きている。それに比べて肉やらは死んだら終わりだからな」

「……さてはヴィーガン!」

「違う。生きてる生物なら肉でも食うさ」

「……え”」


 チェルカトーレの言葉に、レジの思考回路は完全に停止した。彼の手から滑り落ちたナイフが、カランと乾いた音を響かせる。

 しかしチェルカトーレは特に気にすることもなく、話を続けようとしている。それを止めたのはレジだった。


「ス、ストップ! ちょっと待ってください、生きてる肉って……踊り食い的な……」

「それはジャパニーズカルチャーじゃないか? まぁ似たようなものではあるな。牛なり豚なり、そういうものは生きているものを丸かぶりする方が……」

「ギャー! 食事中です! そういうグロい話はやめてください!!」

「話を始めたのは君だろ」


 チェルカトーレは呆れたようにため息をつく。そのままステーキにフォークを突き刺すと、ナイフで切り分けもせずに口に放り込んだ。

 モグモグと口を動かし、ごくりと飲み込んでから、彼は言う。


「まぁ嘘なんだけどな」

「この野郎!!」


 レジは叫び声を上げると、机に突っ伏した。何だよ何なんだよとブツブツ呟きながら、顔だけをチェルカトーレの方に向ける。

 彼はニヤリと笑うと、口を開いた。


「まぁ冗談はこれくらいにしておいて……」

「え?」


 突然真面目になった彼の様子に、レジは驚いて体を起こした。チェルカトーレはそのまま続ける。


「君は最低限は星命術が使えるようになったわけだ。おめでとう。そこで君にお使いを頼みたい」

「お使い、ですか?」

「ああ。ちょっとした、簡単なものだよ」


 そう言い終わると同時に、チェルカトーレはパチンと指を鳴らした。すると、彼の手元には一枚の紙が現れる。その紙をレジに手渡しながら、チェルカトーレは言った。


「そこに書いてあるのは魔法具の一種だ。それは僕の発明品のうちの一つなんだが、ちょっと前に人界に行った時に落としてしまったみたいでね。回収を忘れてしまったんだよ。そこで君にはそれの回収に向かって欲しい」

「吸収型魔力維持装置ハルニゲス……。何なんですか、これ」

「簡単に言えば、空気中の魔力を吸収してエネルギーに変える機械だな。生まれつき魔力を持たない奴でも、それさえあれば魔術が使えるようになる」

「へぇ! それって俺も使えますか?」

「はぁ? 君には星命術があるんだから魔術なんてチンケなもの必要ないだろう。無駄だよ無駄」

「えぇ〜……」


 レジは不満げな声を上げた。チェルカトーレはそれを気にすることなく、話を続ける。

 彼が言うには、この装置は人界のとある場所に落ちてしまってから行方知らずになっており、普通なら探すにはかなりの時間を要するらしい。しかし、その装置は星命術により作られたものなので、星命術の使い手であればある程度の場所を探知できるとのことだ。


「僕もある程度探してたから目星は付いてるんだ」

「どこなんですか?」

「サルヴァドールの本拠地」

「さるばどーる」

「君が生前対峙した刀くんのいる組織だな」

「はぁっ!?」


 チェルカトーレの言葉を聞いて、レジは思わず大きな声を出した。

 刀男。殺気を振りまいて、本気で殺しに来たあの恐ろしい男のいる組織? 何だそれは、どんな悪の組織だよとレジは思った。何なら声に出した。それに対してチェルカトーレは一言。


「いや、あそこは逆に世界を守る正義の味方の集いだよ」

「……え”」


 レジは再び固まった。チェルカトーレはそんなレジを気にもせず、話を続けた。


「と言っても、僕からすればアレは阿呆の集いだけどな。正義だなんて口だけで、無闇矢鱈に正義という建前で飾り付けた拳を振り上げてるだけさ。結局、救えるものも救えていない傲慢組織なんだよ」


 チェルカトーレは吐き捨てるようにそう言って、グラスに注がれていたワインを飲み干した。それから、再び口を開く。


「ま、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく、君にはそいつを回収してきてほしい。これくらいの仕事なら出来るだろ? 別に破壊活動をしろってわけじゃないんだ。気軽に探してくればいい」

「ままま待ってください。もしかしなくても、それって俺らの立場は……」

「まぁ、世間一般の目で見れば紛うことなき悪だな」

「おあー!!」


 レジは頭を抱えた。考えてみれば確かにそうだ。世界を救うと言いながら、人類を間引こうとしている奴が自分の上司なのだ。そりゃあ世間の目から見たら完全なる悪人だろう。

 レジはしばらくうんうんと悩んでいたが、やがて諦めて顔をあげた。目の前にいるチェルカトーレは、相変わらずニヤニヤと笑っている。


「装置は発見、回収し次第僕に連絡をすること。そしたら迎えに行ってやる」

「連絡はどうすれば……」

「そんなもんテレパシーに決まってるだろ」

「俺にそんなの出来るわけないでしょう!?」

「いや大丈夫大丈夫。多分いけるってきっと」

「うわっ不確定要素を並べやがった!」


 レジはそう叫んで机に突っ伏した。もう嫌だと言わんばかりに、顔を上げようともしない。

 チェルカトーレはその様子を見てから、またニヤリと笑う。そして、そのまま言葉を発した。

 それは、とても優しい声色だった。


「安心したまえ、レジストラトーレ」


 レジはゆっくりと顔を上げる。そこには、穏やかな表情をしたチェルカトーレがいた。

 彼は優しく微笑みながら言う。その声色は、まるで幼子をあやすようであった。


「僕は君に期待してるんだ。そして信用している。君ならこのお使いをしっかり果たしてくれると……」

「チェルカトーレさん……!」


 レジは感動していた。こんな素敵な人が自分のことを認めてくれているのかと。彼は嬉しさのあまり涙ぐんでいたが、チェルカトーレはそれを気にすることもなく口を開いた。


「てなワケであとはよろしく。じゃーね」

「え」


 スコンだか、スポンだか。取り敢えずそんな軽い音と共に、レジの足元に穴が空いた。レジは咄嵯に手を伸ばしたが、それは空を切る。重力に従い落下していく彼の耳に届いたのは、チェルカトーレの笑い声だけだった。


「行ってらっしゃ〜い!」

「こ、こんのクソ野郎がぁぁぁぁ!!!」


 こうして、レジは深い闇の中へと落ちていった。

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