3. 生まれ変わり


「ハッピーバースデイ、レジストラトーレ。君の誕生を心から歓迎しよう」


 そう言って手を差し伸べてきたチェルカトーレを見て、ジョアン__改めレジストラトーレは、ただ茫然と相手の顔を見つめていた。


「レジ……? というか、ここって何処ですか。俺に一体何が……」

「まぁまぁ、落ち着きたまえ青年。ちゃんと順を追って説明してやるさ」


 混乱するレジストラトーレを宥めるように、チェルカトーレは口を開く。


「まずは僕の自己紹介からいこうか。僕の名はチェルカトーレ。果てなき探求者であり、世界一の術師とも呼ばれる凄腕の男さ。よろしく」

「……はぁ」

「僕が得意とする術は星命術と言ってね。物に命を吹き込む術だ。僕はその能力を用いて、君の死体に命を吹き込んだ」

「……やっぱり俺は、死んだんですか」

「死んだね。そりゃもう酷い有様で」


 チェルカトーレはケラケラと笑いながら言った。それを聞いて、レジストラトーレは顔を青くさせる。

 あの時、ジョセフィーヌに踏み潰されて自分は死んだ。それは間違いない。それなのに、彼は自分を生き返らせたというのだ。


「死者蘇生ってことですか……」

「違う! 話聞いてたかい? 星命術は『死者蘇生』じゃない」

「え?」

「星命術は『生命付与』に限りなく近い術式だ。僕は君を生き返らせたんじゃなく、君の死体に命を与えただけ。お分かりかい?」

「……でも俺、色々記憶残ってますけど」

「脳味噌だけ再生させたからね。記憶は残ってるが、君の魂はもう人間のものじゃない。僕とお揃いだよ、泣いて喜べ元人間」

「訳が分からない……」


 チェルカトーレの説明を受けて、ますます意味が分からなくなった。そもそも星命術というもの自体、何なのか理解していないのだ。説明されたところで理解できるはずもない。

 そして疑問は疑問を連れてくるものだ。レジストラトーレ(このままでは長いから、ここからは「レジ」と呼ばせてもらう)の頭は疑問でいっぱいだった。


「そ、そもそもレジストラトーレって何ですか! 俺はジ__」

「わー! 聞こえない聞こえな〜い!!」

「ちょっと!」

「君はもう僕と同族の選人エレートだ。人間の頃の話はするんじゃないよ」


 チェルカトーレは耳を押さえて首を横に振る。どうやら、レジストラトーレという名前は既に決定済みのようだ。

 レジはため息をつくと、チェルカトーレに問いかけた。


「……俺を生き返らせた理由は何ですか」

「だから生き返らせた訳じゃないって言ってるだろ! ……理由、か」


 チェルカトーレは顎に手を当てて考え込む素振りを見せると、やがてゆっくりと口を開いた。


「僕個人として、君に興味があったから」

「興味が?」

「あぁ。ジョセフィーヌの件もそうだが、君は人間の割に五感が優れていた。というより第六感が発達しかけていたのだろうな」

「第六感が? ……嘘でしょ」

「後はそうだな、君が親切でお人好しの大馬鹿者だったからだな!」

「えっ、なんで急に悪口!?」

「アッハッハッ!」


 突然の罵倒にレジが困惑している中、チェルカトーレは楽しげに笑っていた。そんなこんなで話が脱線した所で、チェルカトーレはようやく本題へと戻る。


「ま、理由なんかどうでもいい。重要なのは結果だ。君は無事に選人エレートへと生まれ変わったわけだが……」


 チェルカトーレはレジの顔を覗き込み、ニヤリと口元を歪ませた。その表情を見たレジは、背筋が凍るような感覚に襲われる。


__この人は、ヤバい。


 そう直感的に悟った。

 チェルカトーレは楽しげに言葉を続ける。


「さて、そんな君にはやって貰わなければならない事がある」

「……何をですか」

「僕と一緒に、世界を救ってくれ」

「……は?」


 世界を救う。チェルカトーレは確かに、そう言った。予想外すぎる展開に、レジは目を見開いて固まってしまった。


「ど、どういう事ですか」

「そのままの意味さ。僕と共に世界の救済を目指すんだ」

「いや、待ってください。え、あれ。おかしいな。思ってたのと違う」


 レジは額に手をあて、必死になって思考を巡らせる。しかしいくら考えても、チェルカトーレの考えを理解する事は出来なかった。レジは戸惑いながらも、何とか言葉を絞り出した。


「……ヒーロー願望持ちのお方でしたか」

「ちっが〜う! こんの大馬鹿者!!」


 レジの的外れな発言に、チェルカトーレは思わず声を荒げた。それから少しの間沈黙が続き、チェルカトーレは深く深呼吸をする。

 そして落ち着いた様子で、再び口を開く。まるで、自分に言い聞かせるように。


「この世界は永久のものでは無い。救うべきものと消すべきものの二つのバランスが噛み合って何とか生存を続けられているんだ。が、しかし。現在はその天秤が大きく傾きつつある。このままでは、いずれこの世界は滅亡してしまうだろうな」

「滅亡!?」

「そこで僕達選ばれし者は、その傾きを修正しなければならない」

「……なるほど」

「分かったかい?」

「全く」

「おい!」


 レジは即答する。するとチェルカトーレは、苛立ったようにレジの胸ぐらを掴んだ。

 レジは苦しそうな表情を浮かべながら、チェルカトーレの顔を見る。その顔は、今にも炎が吹き出しそうだった。

 そんなチェルカトーレを見て、レジは慌てて弁解を始める。


「いやだって! そもそもまだ状況がよく理解出来てないんですよ。こんな身体になって、それで急に世界がどうのとか言われても……ついて行けません」

「はぁ、これだからおマヌケ君の相手は大変なんだよ」

「だから何でディスるんですか!」

「優しい僕に感謝しろ、もっと簡単に言ってやろう」


 チェルカトーレは手を離すと、呆れたような表情を見せた。そして、はっきりとこう告げる。


「邪魔な命を排除し、選ばれた者達のみの世界を作る。僕らの目的はそれだ」

「邪魔な命を排除、って。ま、待ってください。それって……」

「昔話で例えるなら『ノアの方舟』だな。ま、あんな大掛かりなものじゃないが」

「……神にでもなったつもりですか」

「まさか! 僕らは神じゃない。ただ、神が仕事をしない分、僕らがその尻拭いをしなければならなくなっただけだ」


 僕らはそれが出来るだけの力を持っているからね。チェルカトーレはそう付け足して、不敵な笑みを浮かべた。

 レジは絶句していた。目の前にいる男は狂っている。そう確信したのだ。


 レジにとって、チェルカトーレの思想は全くもって理解出来ないものだった。彼は元々無神論者であったし、宗教にそこまで関心があった訳でもない。それでも、彼がここまで狂ってしまう程の何かがこの世界にはあるのだろう。それは分かる。

 しかし、分からないのだ。

 何故自分がその歯車に組み込まれなくてはならないのか。レジにはそれが分からなかった。


(俺は、ただの人間だ)


 そう思いながらレジは自分の手を見つめる。指は五本。人間のものとは違うが、それでも形は人間のものだ。

 レジは拳を強く握りしめ、チェルカトーレの目を見据える。


「俺は……嫌です。俺にそんな事をさせる権利は、貴方にない」

「ふむ。断るか」

「はい」

「じゃあ、君を殺すしかないな」

「……え?」


 レジが疑問の声をあげると同時に、チェルカトーレはレジの心臓目掛けて腕を伸ばし____


「なんちゃって!」

「……ッ!」


 __突き刺す寸前で、ピタリとその動きを止めた。

 レジは目を丸くしたまま固まっている。そんな彼に対して、チェルカトーレは笑顔を向けた。そして、レジの肩に優しく触れる。

 チェルカトーレの手から伝わる体温は、酷く冷たいものであった。


「残念だけどね、僕にはその権利がある。そして君に拒否権は無い」

「……なんで」

「質問はもう終わりだ。そろそろ君も立てるようになっただろう。立ちたまえ。この空間の案内をしてやる」


 チェスルトーレはレジの腕を掴むと、無理矢理立たせた。そしてそのままレジを引きずっていく。

 チェスルトーレは、楽しげに笑っていた。




 チェルカトーレに連れられた先は、ステンドグラスの飾られた広大な廊下であった。壁際には複数の扉があり、そこから別室へと繋がっているようだ。

 二人は長い廊下を突き進んでいく。

 すると突然、一つの大きな両開きドアの前で、チェルカトーレは足を止めた。そのまま勢いよくドアを開けると、部屋の中へと入っていった。レジもそれに続く。

 部屋に入ると、まず最初に目に飛び込んできたのは大きな窓だった。外からは眩しい光が差し込んでおり、外の様子が見えるようになっている。

 その窓から見える景色は、一言で表すならば〝宇宙〟だった。青と紫と黒が混ざりあったような世界の向こうに、キラキラと何かが光を放っている。幻想的で、非現実的な空間が、そこには広がっていた。


「ここが僕の執務室兼応接間だ。君にはここで雑用をしてもらう事になるだろうから、場所はしっかり頭に入れておくといい」

「ここって宇宙空間の何処かだったりするんですか?」

「宇宙に限りなく近い別空間さ。僕オリジナルのね」

「……貴方って本当に何者なんですか」

選人エレートだと言っただろう。自分と上司の種族名くらいそろそろ覚えろ!」

「……え、上司?」

「ああ、そうだが? 僕は君の上司であり師匠であり親であり恩人であり先生であり飼い主である存在だ。敬いたまえ」

「多くないですか!?」


 チェルカトーレは得意げな表情を浮かべると、レジの隣に立った。そして、窓の外に広がる星空を眺めながら、言葉を続ける。


 レジは、そんなチェルカトーレの横顔をじっと見つめていた。チェルカトーレはそれに気がつくと、小さく溜息をつく。


「視線が邪魔だな」

「あっ、すみません」

「まあいい。これからは毎日見ることになるんだからな」

「……はい?」

「おいおい、忘れるんじゃないよ。君は僕の弟子になった。つまり、この僕と同じ術の習得を目指すという事だ」

「……マジすか」

「大マジだ。特訓は今日から! ここの場所は覚えたな? 次行くぞ次!」


 チェルカトーレはそう言うと、歩き出した。レジは慌ててその後を追う。


 次に辿り着いたのは、先程まで居た場所とはまた違った雰囲気の部屋だった。真っ白で清潔感のある空間で、中心には黒い魔法陣が描かれている。


「ここは君用のトレーニングルームだ。君にはここで星命術の特訓を重ねてもらう。スパルタにいくからな、覚悟しておくといい」

「俺、そういうのの基礎も分からないので優しく教えてほしいな〜、なんて……」

「君はもう基礎は完成しているんだが?」

「えっ」

「目を見れば分かるだろう」


 チェルカトーレの言葉を聞いて、レジは自分の瞳を思い出した。瞳孔の境目もなく、目の中いっぱいに広がった無限の宇宙のようなソレ。よくよく思えば、その柄はチェルカトーレの目元の靄とよく似ているではないか。


「……この目が基礎って事ですか」

「おや、君にしては理解が早いな。その通りだ」

「…………」


 レジは自分の目元に手を当てて、軽く撫でた。それから顔を上げて、チェルカトーレを見る。

 チェルカトーレは、相変わらずの笑みを浮かべながらレジの事を見ていた。その笑みが妙に不気味に感じられて、レジは思わず目を逸らす。


「まあ、その話はいいとして。この部屋の説明に移るとしよう」

「……お願いします」

「この部屋は術力の流れを最大限に高める魔法陣が仕掛けられている。足元のソレだな。上手く術力を込められれば、この部屋は一面の宇宙模様へと柄を変えることになる。それを基準として、数々の星命術へと姿を変えていくのが大まかな流れだ。まず大前提として、君には術力を外に流せるようになってもらう。今の君は体の中に術力を溜め込んでいるだけの状態に過ぎないからな。おーけい?」

「のーおーけい……」

「頭パンクしてないか!?」


 レジはチェルカトーレに頭を叩かれて、ようやく我に返った。チェルカトーレはそんな彼を見て呆れたように溜息をつき、説明を再開する。


「とにかく、実演で試していこうじゃないか。見て覚えろ、感じて覚えろ。説明は以上!」




 そして、数分後。レジは再び意識を失いかけた。というのも、チェルカトーレはレジに一切の手加減をしなかったからである。


「ほら頑張れ! あとちょっとだ!」

「む、無理です……! これ以上はもう……!」

「無理じゃない無理じゃない!」

「鬼!」


 チェルカトーレがパチンと指を鳴らすと同時に、レジの足下の床が消え去った。重力に従って落下していく身体。それと同時に、視界全体に美しい星々が広がる。

 レジは必死になって手を伸ばし__そして、再びチェルカトーレによって引っ張り上げられた。


「だからそうじゃないと言っているだろう! 宇宙を空間として捉えるんじゃなく、自分の内側と外側とを繋ぐトンネルのように考えるんだ!」

「無茶言わないでくださいよ!!」

「それが出来なければ死ぬぞ! ほらもう一回!」

「うわぁああああああ!!!」


 レジは叫び声をあげながら、何度も何度も星空を眺めることになった。修行はまだ続く。

 悲鳴と絶叫を上げるレジを見てチェルカトーレが考えていたことは、


(ちょっと前まで僕のことすら否定していたのに、もう十分馴染んできてるんだよなぁ。なんというか……チョロいな)


 という失礼なものであったという。

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