2. 理の破壊師
一方その頃、チェルカトーレは屋上にて三人を相手に善戦していた。大振りの槍を振り回すグリフィンをあしらい、リリッカの撃つ銃弾を跳ね除け、ベルラの拳を受け止める。その動きには無駄がなく、チェルカトーレの強さが伺えた。
「数が多いと面倒くさいな。君達もやりにくいだろう」
「生憎連携には慣れてるんでな!」
「ワオ、僕とは正反対だ」
チェルカトーレは笑いながらそう言うと、一旦大きく距離を取った。
そして空中へと飛び上がり、手袋を脱ぎ捨てた。その下にはネイルの施された指があり、チェルカトーレはその内の親指を撫でる。すると指から色が抜け落ち、やがてそれは弓へと姿を変えた。
「新発明だよ。凄いだろ」
「無駄な発明ばかり進めるんだな」
「無駄じゃないさ。僕にとってはね」
チェルカトーレはニヤリと笑みを浮かべると、空へ向かって矢を放った。
次の瞬間、チェルカトーレの頭上に雷雲が現れた。ゴロゴロと音を立てながら、黒い影を落としていく。そして次の瞬間、眩い光と共に一筋の稲妻が地上に向かって落ちた。
「ぐッ!?」
「うぉおお!?」
「きゃああ!!」
「おや、外したか」
チェルカトーレは肩をすくめ、屋上に視線を向けた。そこには大きな穴が空き、真っ黒に焦げている。そしてその周りには、多少焦げてはいるものの未だに意識を保っている三人の姿があった。
「頑丈だなぁ。僕の攻撃を受けて生きているなんて」
「お前がそれを言うか……!」
グリフィンが苦々しい表情を浮かべると、チェルカトーレはまたもや笑い声を上げた。
それから、再び上空に向かって矢を放つ。すると今度は、大量の水が降り注いだ。雨のように激しく打ち付ける水は、まるで意思を持っているかのようにグリフィンたちを飲み込んでいく。
「くそっ、なんだこれは……!」
「こんなもの……!」
「あら、まだ元気みたいだな。ならもう少し強くしようかな」
チェルカトーレが指を鳴らすと、水の勢いが増した。彼らは為す術なく、その水流に飲み込まれてしまう。やがて水は屋上から滝のように流れ落ち、三人は巻き込まれるようにして下へと落ちていった。
「研究に付き合ってくれてありがとー! もう来なくていいよー!」
チェルカトーレは手を振ると、その場に座り込んだ。それから、ふぅと息を吐いて呟く。
「早く終わらせて帰らないとな……。ジョセフィーヌはどうなったかな?」
チェルカトーレは立ち上がって屋上の端まで行くと、そこから下の様子を見下ろした。その光景を見て、思わず目を丸くさせる。
ジョセフィーヌはボロボロの状態で地面に横たわっており、辺り一面は瓦礫だらけになっていた。そして、そんなジョセフィーヌを庇うようにして立ち塞がるあの青年と、刀を構える男。
「……チッ。やっぱり弱いな、彼は!」
チェルカトーレは顔を歪めると、すぐに踵を返した。
ジョセフィーヌの元へと向かう途中、チェルカトーレは背後から飛んできた銃弾を避けた。振り返れば、そこにいたのはリリッカだった。ビルの上部にワイヤーが引っかかっており、彼女はそれでここまで登ってきたようだ。
「悪いけど、ここから先には行かせないわよ」
「おや、見た目の割には随分とタフネスだな」
「覚悟!」
リリッカが銃口をチェルカトーレに向ける。だがしかし、チェルカトーレはそれを軽くあしらうように避けてしまった。
リリッカは悔しそうに歯噛みし、再度攻撃を仕掛けようとする。だがそれよりも前に、チェルカトーレがリリッカの胸ぐらを掴んだ。そのままリリッカの銃を奪い取ると、ワイヤーを素手で引きちぎった。
「この銃貰うね!」
「え、ちょ、きゃあああぁぁぁ!?」
体重全てを支えていたワイヤーを切られた結果、リリッカは真下へと墜落していく。その下にグリフィンの姿が確認できたから、恐らく彼女は無事に着地が出来ることだろう。
チェルカトーレは銃を握り直し、再び壁を蹴ってジョセフィーヌの元へと急いだ。
「いいから退け!」
「退きません!」
煙の吹き出す音を聞きながら、ジョアンは背後のジョセフィーヌを庇うようにして男へと向き合っていた。数分前までは男の攻撃から逃げる一方だったのだが、ジョセフィーヌが崩れ落ちたことによりその足を止めた。
男に斬り殺されるのも怖いが、それよりもあの男__チェルカトーレに殺される方が余っ程恐ろしく感じたのだ。ジョアンは別に生に執着はしていないが、死に対しての恐怖心は凄まじい。
(チェルカトーレさんまだ!?)
そんなことを考えながら、ジョアンは迫り来る男の攻撃を必死で耐え続けていた。
「そこを退けと言っているだろう!!」
「嫌です!」
「貴様はどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!」
「取り敢えずチェルカトーレさんが来るまでは!」
男が苛立った様子で刀を振り下ろす。それをギリギリのところで避け、握りしめた瓦礫の欠片で反撃を試みる。だがそれもあっさり避けられ、逆に腹へと蹴りを入れられてしまった。
「ぐっ……」
「これで終わりだ」
男は冷たくそう言い放つと、再び刀を構えた。そして、一気に振り上げる。
「……ッ!」
反射的に、ジョアンは目を瞑ってしまった。その直後、何かがぶつかる音が聞こえる。
何が起こったのか確かめるために目を開けると、そこには男の刀を素手で受け止めるチェルカトーレの姿があった。
「チェルカトーレさん!」
「おや、いつの間に僕の名前を知ったんだ? まだ自己紹介もしていないのに」
「あれっ、なんかイメチェンしました!?」
「気にするのそこかい?」
チェルカトーレは笑みを浮かべながら、男の刀を押し返す。すると男は舌打ちをし、後ろへ飛び退いた。
チェルカトーレは余裕のある笑みを浮かべたまま、ジョアンに問いかけた。
「ジョセフィーヌに何があった? 随分と姿が変わっているじゃないか」
「すすすすみません! 僕じゃなくてあの男がやったんです!」
「破損部のことを聞いているんじゃない。ジョセフィーヌはこんな形をしていなかっただろう。いつ変形した? どう変形させた?」
「へ、変形したのは、その……俺があの人に切られそうになったときだと思います。急に吠え出して、そしたらあんな姿に……」
「ふーん」
チェルカトーレは興味深そうな表情を浮かべ、ジョセフィーヌを見つめた。ジョセフィーヌはグルルと喉を鳴らしており、まるで獣のような雰囲気を放っている。
チェルカトーレは顎に手を当て、何かを考えるような仕草を見せた。それから、ゆっくりと口を開く。
「もしや君、僕の後継者だったりする?」
「……は?」
「考えれば考えるほどそうだとしか思えないな。ジョセフィーヌが興味を示したのも、発展を遂げたのも、僕の後継者だからという理由が付くのなら納得ができる」
「あ、あの。何を言って……」
戸惑うジョアンを無視して、チェルカトーレは一人うんうんと首を縦に振っている。困惑しているのはジョアンだけでなく、刀の男もであった。
(理の破壊師の後継者……!?こいつが!?)
刀を持つ手に力がこもり、ギリっと歯を食い縛る。刀の柄を握るその手は怒りによって震えていた。
「ふざけるなよ……! これ以上厄災が増えて溜まるか!」
「君、ちょっと煩いよ」
チェルカトーレはそう言うと、先程リリッカから奪った銃の先端を男へと向けた。そのまま引き金を引く。
「ガッ!?」
銃から飛び出たのは銃弾ではなかった。種のようなそれは男に被弾すると、即座に発芽して根を張り巡らせた。そこからどんどん成長していき、あっと言う間に男を拘束してしまった。
「へぇ、耐久性の高い銃だな。僕の術式を掛けても壊れないなんて」
「き、さまァ!」
「喋るなよ」
やがて根は男の口元までやってくると、口枷の様になって男の声を封じてしまった。
「さぁて、それじゃあ青年。申し訳ないんだが、君の席は用意されていない」
「あ、あの」
「いやぁ! 僕は探求者(チェルカトーレ)としてこの役職を下りる気は更々ないんだよね。だから君に来られても僕は退くつもりなんて全くないし」
「あの!」
「僕の話を遮るな!」
「何の話をしてるんでしょう!?」
「……は?」
ジョアンがそう叫ぶようにして言えば、チェルカトーレはポカンとした顔で、間の抜けた声を上げた。それから、大きくため息を吐く。
「だから、君は僕の後継者としてこの街にやって来たんだろう?」
「いや、何の事かサッパリ分からないです……。俺、たまたま巻き込まれて来ただけなんで……」
「……え、本当に?」
「嘘つく必要ないでしょ……」
ジョアンがそう答えれば、チェルカトーレは(星雲のせいで見えないが)目を丸くさせて驚いた。チェルカトーレは少しの間黙り込んだ後、やがて小さく笑い出す。
「はははっ。考えれば考える程に有り得ない! じゃあ君は何なんだ? 僕の後継者じゃないくせに、星命術に触れている。全く分からないな、君の事が」
「俺に言われても……」
「そもそも後継者じゃないなら何故僕の無理難題に付き合った? もっと全力で拒めば良かっただろう」
「無理難題な自覚あったんですね!? ……その、理由は特にないんですけど」
チェルカトーレに問われ、ジョアンは言葉を詰まらせた。
「……まぁ、強いて言うなら、貴方が困ってたからですかね。俺、生まれつき勘が鋭いんですけど、悪い人とそうでも無い人の区別がある程度つくんですよ。それで、貴方はそこまで悪い人にも思えなかったので……」
いやまぁでもほんと、気付けば体が動いてたって感じで。命の危機とかも感じてたから雰囲気でゴリ押したって感じが強くて。
ジョアンはそう続けたが、チェルカトーレは呆れたように頭を抱えていた。
「……君は馬鹿なのか? 自分が今どんな状況にあるのか分かってないんじゃないか」
「う、うるさいですね! 仕方ないでしょう、そう思ったんだから!!」
「はぁ。……もういい。とりあえず僕はジョセフィーヌを連れて帰るよ。後継者じゃないなら君はもうどーでもいい。サラバだ青年」
「あ、ども……」
「だが僕個人として君に多少の興味が湧いた。一般人でありながらジョセフィーヌをここまで懐かせるなんて君は一体何をどうしたら__」
(……今のうちに逃げよ)
ジョアンは軽く会釈をすると、これ以上面倒事に巻き込まれない内に逃げてしまおうと踵を返した。その瞬間。
「Grgaa!」
「えっ」
「あっ」
突如起き上がったジョセフィーヌが、その前足を高く掲げた。そして振り下ろした先には、ジョアンが。
それは、一瞬の出来事であった。
「__嘘だろ」
激しい衝突音と共に、ジョアンはジョセフィーヌの下敷きとなった。ジョアンは悲鳴を上げる間もなく、その命を散らしてしまったのだ。
「おいおいジョセフィーヌ。何をしている」
「gruuuvvv」
「……これは、もう駄目だなぁ」
四肢は有り得ない方向に曲がり、腹は歪に裂けて内蔵が飛び出ている。頭も潰れていて、誰が見ても即死だと分かる状態だった。
そんな状態のジョアンを見て、チェルカトーレは顔を顰めた。
「まだ質問の途中だったんだが……」
チェルカトーレは口元に手をやり、考え込む仕草を見せた。それからすぐに、何かを思い付いたような表情を浮かべると、パンッと両手を合わせる。
「そうだ! 折角なら実験台にしてしまおう」
失敗してもしなくても、どちらに転んでも面白い結果になりそうだ。チェルカトーレは楽しげな笑みを溢すと、死体に手を向けた。直後、ジョアンの死体は眩い光に包まれる。
「成功したら名前でも付けてやるか」
光が収束していく。やがて光が消えるのと同時に、チェルカトーレとジョセフィーヌもその場から姿を消した。
そして物語は序盤に戻る。
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